■プラチナボーイ20周年記念展「源」―絹の源を守り、次代へ継ぐ―
会期:2026年3月13日(金)~22日(日)
トーク:14日(土)養蚕農家 / 22日(日)作家
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銀座もとじが繭からプロデュースしている純国産絹糸「プラチナボーイ」が2026年に20年目を迎えるにあたり、「プラチナボーイ20周年記念展」を開催いたします。
本展では、染・織・繍、49名の作家と各産地の方々が、「プラチナボーイ」を素材として「源(みなもと)」をテーマに、約70点の渾身の作品を創り上げました。この20年、私たちは全国各地のものづくりのトップランナーの方々とチームを組み、対話を重ねながら歩んでまいりました。現代に受け継がれる至高の技の美を、「プラチナボーイ」という最良の素材を通して、あなたの五感へと語りかけます。あなたの魅力を、よりいっそう輝かせる一枚に出会ってください。
純国産絹糸「プラチナボーイ」とは
プラチナボーイは、2007年、37年にわたる研究の末に世界で初めて誕生した、蚕種から養蚕、製糸に至るまで全工程を日本国内で行う、純国産の雄蚕のみの蚕品種です。白く輝く糸を吐くことから「プラチナ」、雄のみが糸を作ることから「ボーイ」と名付けられました。 2015年5月には「農林水産大臣賞」、同年11月には第54回農林水産祭において「日本農林漁業振興会会長賞」を受賞。提携グループ「“絹を未来に”プラチナボーイ研究会」として歩んできた道程は、日本の絹産業とものづくりの未来を見据えた取り組みとして高く評価いただき、現在では「プラチナボーイ」は銀座もとじのものづくりを象徴する、欠かすことのできない存在となっています。
【銀座もとじの挑戦】プラチナボーイ
【和織物語】プラチナボーイ物語「天からの贈りもの」
【森康次】(男性もの)日本刺繍 絵羽羽織「晨光」
《作品コメント》
「源」は水源と光源があります。今回私は「光の源」光源をテーマとモチーフにして制作に取り組みました。発光源そのものをデザイン化し文様にしたのです。生命の誕生と同時にその生物は光を放ち「生物発光」が進化します。プラチナボーイも暗闇や蚕棚で光を放ち大きくなっていきます。源から消えゆくまでを形にし線の集合体から薄く消えていくまでを面と線と点で表現し、そして刺繍の技と刺繍糸の太さ、細さ、密度をもって変化させました。繍技は、芥子繍、菅繍、まつい繍でまとめています。色使いでちょっと悩みながら掘り下げました。
絵羽羽織「晨光」
夜明けの朝の日の光
早朝の静けさと美しさを表現しました。
《御祝いメッセージ》
プラチナボーイとの取り組み20年目おめでとうございます。
この20年、日本経済は停滞と衰退を引きずり、世の中混沌としているなか、特に着物文化、着物業界の動きは小さくなり続けています。そのような中で和装品の根源である絹糸その物に注目して見つめ直し、その「蚕」までを大事にしようとしたその取り組みには尊敬以上に凄いことをされているのだと感心しているのです。
和装品を作ること、その前の「絹糸」にです。
幾つもの困難、ご苦労を乗り越えて20年を迎えられましたことが、いまの「銀座もとじ」様であると確信しています。
日本らしさと日本固有の着物文化が日に日に薄らいでいく中で、「銀座もとじ」様の取り組み、ご活躍、大変なこともいくつもおありと思いますが、日本の着物文化のためにも引き続いてのご奮闘祈念いたしております。
このプラチナボーイ20周年という貴重なこの瞬間に同席できましたこと この上もない喜びでいっぱいです。ありがとうございます。
森康次さんについて
京都上賀茂に工房「アトリエ森繍」を構える森康次さん。1946年、京都市中京区に生まれ、刺繍を生業とする「ぬい屋」の長男として15歳で家業に従事。当時の刺繍の役割はあくまで友禅へのあしらい的なものでしたが、次第に刺繍を主役にした作品を創作したいという気持ちが大きくなり、写生や水彩画の勉強を始められます。「ものをよく見て、その命のありようを『形』にする」――よく口にされるこの言葉には、「五感で感じた、形になりにくいものを形にしたい」という想いが込められています。また、色についても同様に「何色と一言で言えないくらいの色が綺麗だと思う」と仰います。刺繍の色糸はすべて森さん自らが染められ、工房にある糸専用の引き出しには夢のように美しいグラデーションを描いて2500色以上の糸が整然と並んでいます。刺繍糸の色や明度を抑えた穏やかで優しいきものづくり。纏う人のことを一番に想い、決して目立ちすぎない上品なきものは時代に左右されない真の魅力があります。
>>【作家産地】「森康次」記事/作品一覧
森康次さんにつきましてはぜひこちらをお読みください。
著者:田中敦子(工芸ライター)
>>【和織物語】「絹の光跡〜森康次 日本刺繡の世界〜」(2018年)