「源氏物語」シリーズで毎月、登場人物に着想した和装小物を制作いただいているアテナリ(ATENARI)のデザイナー・角元弥子さんへの初インタビュー。夏のコモノ展、冬のコモノ展でも毎回素敵な作品を届けてくださるアテナリさんに、これまでの道のりや制作で大切にされていることなどを伺いました。
—「源氏物語」シリーズは大変好評をいただいております!有難いことに毎回すぐにご縁をいただいておりまして、お客様も「次は何かしら」と心待ちにされていらっしゃいます。
角元さん:ありがとうございます。お客様に喜んでいただけているというのが、何よりも次の制作の励みになります。
—1月にスタートして「藤壺」「若紫」「葵の上」「末摘花」「光源氏」「花散里」、今振り返っても個性豊かで、作品を初めて見た時のときめきが蘇ります。12月まで、後半戦もよろしくお願いいたします。
角元さん:後半も魅力的なキャラクターが揃っていますね。どんな作品になるのか私自身も楽しみにしています。
ブランド名「アテナリ」とは
—「アテナリ」というブランド名の由来は「貴(あて)なり」と伺いました。枕草子には「あてなるもの」という一節が出てきますし、蒔絵は平安貴族に愛された加飾技法ということもあって、アテナリさんの作品は貴族文化の美意識と令和の現代を繋げてくださっているような感覚を持っています。あらためて「アテナリ」という名前に込めた思いを教えていただけますか。
角元さん:「どういう意味ですか」と聞かれると、だいたい「品のある美しさ」という意味です、と答えているのですが、実はぴったりと当てはまる現代の言葉が見つからないのです。
「品」というのは形ではないですよね。香りのような、漂っているもの。そして「美しさ」は視覚的に目を楽しませるもの。そのどちらも兼ね備えていたい。それは作品も、自分自身もそうでありたいし、身につけるお客様もそうであってほしいという願いを込めた名前です。
—アテナリさんの作品をうっとりとずっと眺めていられる理由がわかりました。色形だけでなく漂うもの、香るもの全体を感じているのですね。
日本舞踊やピアノ、美術専攻を経て
就職はIT系企業へ
—幼少期から和文化や伝統工芸に親しむ環境だったのですか?
角元さん:ごく普通の家庭ではあったのですが、子供の頃に10年ほど両親が日本舞踊を習わせてくれたことが、銀座もとじさんの和装小物の仕事では役に立っていると思います。結局最後まで好きになれなくて、両親には申し訳ない気持ちがありますが。着物や舞台、挨拶の仕方、日本の伝統的なものに触れることが日常にあったので、和への距離感を感じないという点で助かっていますね。
—それでも10年も続けるというのはすごいですね。ピアノも長く続けられて、かなり本格的にレッスンされていたようですが、大学では美術を専攻されました。
角元さん:音楽で食べていくイメージが湧かず、デザインやアートの分野の方が色々な職種があると思ったんです。美術教育なので教育実習もしましたし、時間を最も費やしたのは彫刻などの立体作品ですね。
—それは今の作品制作にも繋がるイメージですね。でも就職はIT系?
角元さん:IT系の企業で、プログラマーが作ったものをユーザーが使いやすいようデザインを整えていくインターフェイスデザインの仕事をしていました。尊敬するご夫婦が創業オーナーの会社で、家からも通えるから良いかなと思って。5年ほど働いて退職して、東京の専門学校に一年間通った後、ジュエリーの会社へ転職しました。
紀元前の粒金細工をきっかけに
ITからジュエリーへ
—ITからジュエリー、と大きな変化ですが、何がきっかけだったのですか?
角元さん:ITの会社は一つのプロジェクトが終わるとまとまった休暇が取れて、イタリアで紀元前7〜8世紀に作られた金細工を見る機会があったんです。エトルリア文明の粒金(りゅうきん)細工というもので、細かい均一な金の粒を並べた装飾品なのですが、すごく綺麗で繊細で、古いのに全然プリミティブな感じではない。ITの仕事は長くても数年で消えてしまう、形が残らない仕事ですよね。一方で紀元前のものが自分の目の前で輝いていて、その制作技法は現代でも解明されていない。
エトルリア王国の粒金細工の装飾具(紀元前530-430年頃)
出典:大英博物館 パブリックドメイン
—アテナリさんのホームページに「技術、素材、美が持つ永続性」に惹かれるという言葉がありますが、まさにそのような体験ですね。
角元さん:紀元前7世紀といっても2000〜3000年前だから「永続」というほどではないかもしれないけれど、数年で姿を消してしまう世界に浸かっていたので近いものを感じました。その頃疲れていたのかもしれないですが、色々考え始めたのはそこからだと思います。
—本当に追い求めたいものは別にあると気づかれたのですね。そして、一年間ジュエリーの学校に通われたあとで、ジュエリー制作会社に就職。
角元さん:はい、全く異業種からきたのにチャンスをいただけてありがたかったですね。
—どういうジュエリーを作られていたのですか?
角元さん:一般的なファッションジュエリーです。一つの製品を少なくとも何十個、時には何千個、何万個と作ることもありました。それまで会社で作ったことがないタイプのブランドを企画して立ち上げたり、何でも経験させていただきました。海外出張に連れて行ってもらえたのも今の仕事に繋がっています。
—めきめきと頭角をあらわして・・
角元さん:わがままなだけ、なんですけどね(笑)
—分業ですよね、デザイナーだったのですか?
角元さん:デザイナーですが、どちらかというと絵を描くデザイナーというよりも、企画をする方ですね。例えば、クリスマスが最大の商戦期なので、今年のクリスマスに向けてこういう企画でいくらのものをどういう素材を使って、どういう所に売っていきましょう、というような。
パリで見た蒔絵の異質な魅力
「負けていない、これで戦える」
—企画からデザインまで、かなり中枢で仕事をされていたのですね。そこから独立され、いよいよ「アテナリ」を立ち上げるわけですが、作品の特徴の一つである「蒔絵」とはどこで出会われたのですか?
角元さん:蒔絵は日本でももちろん見たことはあったのですが、全く見方が変わったのがパリです。ジュエリーの会社では出張の時に必ず丸一日フリーの時間をいただけて、ある時パリの装飾美術館に装身具を見に行ったんです。そこに日本の装身具の代表として、江戸時代に作られた蒔絵の櫛やかんざしが展示されていて。全てが異質なんですよね、デザイン、素材から何から全て。異質だけれども同じかそれ以上に洗練されていて、緻密で、確立されたスタイルがある-「これで戦えばいいんじゃない?」と思ったんです。
八橋蒔絵螺鈿硯箱(やつはしまきえらでんすずりばこ)
国宝 尾形光琳作(江戸時代・18世紀/東京国立博物館)
有名な『伊勢物語』第九段、三河国八橋の情景を描いた硯箱。
—独立のきっかけにもなったのですか?
角元さん:その会社ではできないというか、会社でできることを超えているなと思いました。蒔絵は、工芸家の方で教室を運営されている方も多いので、会社勤めをしながら延べ3人の先生の元に通って学びました。
片輪車蒔絵螺鈿手箱 (かたわぐるままきえらでんてばこ)
国宝 (平安時代・12世紀/東京国立博物館)
平安後期の工芸を代表する蒔絵の名品。「平安期の蒔絵は、技術的には江戸時代のものには太刀打ちできませんが、几帳面すぎない所が優雅なんです。」と角元さん。
「天然石」は数十億年の時が
作る「地球のかけら」
—「蒔絵」と同様に、個性豊かな「天然石」もアテナリさんの作品を語る上では欠かせない要素です。石やパールなどの素材の勉強はジュエリー会社時代に?
角元さん:専門学校でも鑑別のことは学びますが、どういう場所に行けばどういう素材が見つかるかというのは、海外に出張に行かせてもらってたくさん勉強しました。
—以前に伺った「これは地球のかけら、地球の一部なんです」という言葉が印象的でした。紀元前7〜8世紀の装飾品を「それほど永続的ではない」と仰られていたのは、天然石の歴史に比べれば・・
角元さん:そう、一瞬、つい昨日のこと、という(笑)
角元さん:その通りなんです。しばらく手元において、どういう風にしてあげたら魅力を引き出せるかを考えています。石の買い付けをする時も、気に入ったものはスポットライトが当たって、他のものがグレーアウトするように見えます。
—「買う」というより「出会う」という感じですね。まるで人と人のよう、恋愛のようです。出会った瞬間に作品イメージを思い浮かべるものですか?
角元さん:石の魅力に惹かれて手に入れて、その後すぐに何かに作ることもあれば、二年三年寝かせることもあります。素材からものを作る時は一貫してそうかもしれないですね。
—いつも作品の一つ一つに「人格」があると感じていましたが納得しました。
角元さん:真珠が一番好きなのも、人間と似ているんですよね。他の石はカットして綺麗に磨いて身につけるんですが、真珠は貝から生まれたものを、ほぼそのままの形で身につけることになるので、一つ一つの個性が活かせるというのは人と同じ、人間らしい石だと思います。
一つ一つの表情を活かしてデザインされたケシパールの帯留
—真珠の次に好きな天然石は?
角元さん:今だったらルチルクォーツ。透明の水晶に金の針が入っていて、それだけで神秘的で・・これが自然に作られるなんて嘘みたい(笑)
買う人を探すより
作る人を探す方が難しい
—独立されてもう15年以上経ちますが、ものづくりにおいてアテナリさんを支えてきた言葉などはありますか?
角元さん:ジュエリーの会社で色々経験させてくださった社長が仰っていた言葉で、一度しか仰らなかったんですが、忘れられない言葉があります。
「ものを作って、それを買ってくれる人を探すよりも、それを作ってくれる人を探す方が難しいんだよ」
何かを作ってもらって対価を払う。それは他に手段がないからお金を払うのであって、かけがえがないものだと思うんです。
買い手は、見合った値段をつければ見つかるけれども、作ってくれる人を見つけて作り続けていただくことは難しいんですよね。ジュエリーの会社時代に、望み通りのものを作ってくださるメーカーさんにはいつも感謝を伝えるようにしていましたし、今も素材や必要なものを作ってくださる方にはそのようにしています。
—本当に仰る通りですね。いくらお金があっても、作る人がいなければ買うことができない。私たちは作れないから、作り手の方が続けられるように、できることをしていくしかないと思っています。
感覚を研ぎ澄ます
それは健康管理のようなもの
—インスピレーションの源を伺ってもよいでしょうか?
角元さん:すべてです。今のこの時間かもしれないし、今日は天気が良いので空かもしれない。人間が作ったものから刺激を受けることもあれば、自然や香り、味だったり。
この筆先はこの後真っすぐがいいのか、カーブした方がいいのか、瞬間瞬間にジャッジしているわけです。どういうものを快いと思うのか、その感覚はいつも研いでおかないといけない。どんなに忙しくても、自分が良いと思うものを見て触れるよう心掛けています。
書き留めたことを後で見ることはほとんどないので、何かを感じてもメモはしません。深く刺さったことは長い時間が経っても忘れないので、感覚をいつも研いでおくよう気を付けています。それは体調管理に近い感じかもしれないですね。
ATENARI(アテナリ)さんについて
蒔絵で表現する、あてなる美しさ。
天然石やパールなど自然素材の和装小物。
「ATENARI(アテナリ)」は、ジュエリーデザイナー・角元弥子さんが手がけられるブランドです。日本の伝統技術である蒔絵の技法を天然石やパール、木地といった自然素材にほどこして、帯留め、かんざし、羽織紐などを制作されています(和装小物は銀座もとじのみでのお取り扱いです)。「あてなり」とは、日本の古語で「品のある美しさ」を表す言葉。パリで出会った日本の古い装身具の、蒔絵の表現力に強く惹かれたことをきっかけに蒔絵を学ばれ、「現代の女性のスタイルに合う、蒔絵の装身具を作りたい」という思いで2007年にATENARIをスタートされました。 ひとつひとつ表情の異なる天然素材と対話しながら丁寧にデザインされ作られる作品は、季節の小物展を中心にご紹介しています。
銀座もとじ和染 2018年特別展開催
2020年40周年記念展出品
毎年「夏のコモノ展」「冬のコモノ展」に出品