「和更紗 中野史朗展」
会期:2026年5月15日(金)~17日(日)
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「自分の生きる道は手仕事の世界にしかない」と決意し、
建築事務所を退職したのは22歳の時。
夢への思いを覚悟へ導いてくださった恩人が、伊勢型紙 突彫師内田勲氏です。
この道を歩み25年、「本物の職人」に一歩でも近づきたい一心で歩んでまいりました。
2019(平成31)年の初個展以来7年ぶり、着尺も初お披露目となります。
どうぞお運びいただけましたら幸いです。
中野史朗
こちらは、銀座もとじが繭からプロデュースしている極上の純国産絹糸「プラチナボーイ」の絹布を用いて、中野史朗さんに染め上げていただいた特別な作品です。
和更紗作家 中野史朗さんの九寸帯作品のご紹介です。
和更紗は明治、大正、昭和にかけて複雑な超絶技法へと発展し、一枚の着物に300枚の型紙が使われることもあったといいます。しかし、行き過ぎた技法に担い手は激減、型紙の入手も困難となりました。
中野史朗さんは染色工房で江戸小紋や更紗を請け負う中で、「このままでは和更紗の技法は途絶えてしまう」「今、技法を残さねば」という使命感を感じ、多難な和更紗にあえて挑み、和更紗職人として2013年に独立され、2019年に銀座もとじ「ぎゃらりー泉」にて自身初となる個展を開催いたしました。
現在は石川県に工房を構え、江戸小紋師の故・藍田正雄氏から譲り受けた長板などを用い、伊勢型紙の突彫師・内田勲氏の力添えとともに新たな型紙を制作しながら、和更紗に取り組まれています。
中野史朗さんの一番のこだわりは、今までにない更紗への挑戦、そして現代的であることだそう。ただあくまでも奇抜にならないように、現代の街並みに似合うセンスを大切に制作されています。
こちらは、22枚もの型紙で、616回繰り返し染められた更紗文様。
中野さんが考えた図案で、フランスの更紗と日本の更紗を掛け合わせたデザインとのこと。大変複雑なデザインで、糸目用の型だけでも10枚、なおかつ色同士を重ねたり、濃淡を付けたり、かなり実験的な挑戦を重ねた作品だそうです。その型作りも大変複雑で、22枚の型彫を依頼した彫師・内田勲さんもその難しさにかなり苦心されたそうで、型作りだけでも半年を費やされました。試験染だけでも相当な時間がかかり、やっと納得のいく出来栄えとして制作した力作と仰っていました。
多様な型紙を多数使用して染め上げることでしか実現でき得ない、複雑な文様構成と、複雑な味わいのある彩りには、中野史朗さんの和更紗ならではの深い美しさと洒落感が宿ります。
作品には制作工程に携わられた方の名前も丁寧に記されており、中野さんのものづくりへの想いが伝わります。
作品名『更紗リボン 22枚型』
生地:プラチナボーイ使用
図案・染色:中野史朗
型紙:内田勲
染料:藍熊染料
蒸し・水洗・湯のし:旭染色整理店
型紙サイズ:14.9×39.6cm
摺り型捺染:616回
洗練された更紗柄の帯は、小紋や紬、綿きものに合わせて。
ギャラリー巡りや趣味の集まり、食事会へいかがでしょうか。
更紗の趣味的な雰囲気は、洋装と集うシーンにもおすすめです。
中野史朗さんについて
1974年千葉県出身。建築設計事務所に勤務の後、手仕事の職人に憧れて型染めの世界へ。染色工房で江戸小紋や更紗の染めを請け負う中で、伊勢型紙の突彫師・内田勲氏、江戸小紋師の故・藍田正雄氏と出会う。日本で独自に発展した和更紗ならではの、何枚もの型を重ねて細かい模様を多色染めする伝統的な技法を残したいという思いから、2013年に和更紗職人として独立。また、和更紗の型彫りの技術を知る職人もほぼいない中、内田勲氏に師事し自ら和更紗の“追っかけ型”の技術を学んでいる。2019年3月、銀座もとじ「ぎゃらりー泉」にて初個展開催。
【作家産地】和更紗 中野史朗 記事/作品一覧
中野史朗さんの工房レポート(東京在住時の工房。現在は石川県在住)
「ぎゃらりー泉」とは
2017年、銀座もとじ「ぎゃらりー泉」を舞台とした新進作家の夢を叶える企画がスタート。その第3回目の作家として、中野史朗さんの初個展を開催しました。
「ぎゃらりー泉」は新進作家の夢を叶えるプロジェクトの舞台です
プラチナボーイについて
【プラチナボーイ】は37年かけて日本の研究者が開発した、世界で初めてオスだけの繭から作られた特別な絹。銀座もとじが繭からプロデュースし、すべての商品に作り手たちの詳細を記し、履歴のわかる“純国産”のものづくりを進めています。2015年には『農林水産大臣賞』を受賞。その開発から、養蚕、製糸、染織、着物につくられるまでを追ったドキュメントは一冊の本『天の虫 天の糸』に綴られています。
【銀座もとじの挑戦】プラチナボーイ
【和織物語】プラチナボーイ物語「天からの贈りもの」