ご注文・お問い合わせはこちら(11:00〜19:00) 03-5524-3222
銀座もとじ
EN

読みもの

  • 松原伸生の長板中形「藍冴える型模様の天晴れな美」《紫綬褒章受章記念展》| 和織物語(2022年公開)

松原伸生の長板中形「藍冴える型模様の天晴れな美」《紫綬褒章受章記念展》| 和織物語(2022年公開)

松原伸生作 長板中形 着物 「椿文 裏変わり」

※こちらは2022年に公開した記事です。

《紫綬褒章受章記念展》
松原伸生の長板中形
「藍冴える型模様の天晴れな美」

著者:工芸ライター 田中敦子

※文中の青字部分はページ下部に用語解説や画像等の補足情報があります。

 長板中形とは、江戸時代に広まった本藍による型染め浴衣地、またはその技法だ。長板は、作業に使う三間半(6.5メートル)の樅(もみ)の板を指し、中形は、遠目に無地の小紋と武士の礼服である大紋(大きな家紋を配したもの)の、その中間サイズの紋様をいう。伊勢型紙を使った染めであり、生地は木綿や麻である。

 白地に藍、または、藍地に白の、涼感あふれる浴衣は、歌舞伎役者から長屋の職人まで、広く江戸っ子に好まれ、江戸の町中で盛んに染められたことから、江戸中形との呼び名もある。歌川広重作『名所江戸百景』の神田紺屋町には、高い物干しから幡のようにひらめく、紺白の反物が描かれている。江戸時代のシンボルともいえる藍染めの浴衣や手ぬぐいの大半が、このあたりで染められていたのだ。

 しかし、染め場の多くは関東大震災や東京大空襲で焼け出され、また都市化の波からも逃れられず、町から出ざるを得なくなった。大量の水を使う仕事ゆえ、水場を求めて移った先は、東京の東エリアや北関東。

 長板中形を手がける松原伸生さんの祖父・松原定吉氏(長板中形の人間国宝)もまた、関東大震災で焼け出され、江戸川区の荒川近くに染め場を移したという。しかし、伸生さんの工房は、そこからさらに移転している。住所は千葉県の君津市で、房総半島の山間にある。人気TV番組『ポツンと一軒家』に登場しそうな土地だ。町場の染めから始まった長板中形の歴史を思えば、対照的すぎる緑豊かな自然環境。

ここに移ったのは父・利男の判断です。高校卒業を控えていた僕が仕事を継ぐと言ったことがきっかけでした」

祖父・定吉氏が決断した一貫制作

 定吉氏の息子である、福与、利男、八光、与七は松原四兄弟と呼ばれ、人間国宝の仕事を継ぐ存在として知られていた。が、水面下には一族で仕事を続けていく難しさがあり、また太陽の光、水、風を頼りに染める古典的な技法を東京で行う限界も感じていた利男氏は、松原家の第三世代となる伸生さんの将来を考えたのだ。

「こんな辺鄙な場所でもできたのは、祖父がもともと分業だった長板中形の仕事を、一貫制作に切り替えたからでもあるんです」

 長板中形の工程は、大きく二つに分けられる。型紙を使って糊を置く型付けと、その生地を染める紺屋仕事。夏の大きな浴衣需要に応えるためには、この二つの作業を分業にしたほうが効率的だったのだ。

 型紙を使う糊防染技法は、ほかに江戸小紋や紅型、型絵染めなどもあるが、長板中形の大きな特徴として注目すべきは、生地の両面に糊を置くところ。同じ型紙を使い、鏡合わせするようにして表裏に型付けすることで白生地は糊に挟まれ、こうして防染されれば藍甕に浸されようとも色は入り込めず、真っ白に染め抜かれる。長板中形ならではのきっぱりとした紺白は糊挟みの賜物なのだ。

 しかし、高度な技術が求められる両面型付けは、糊置きの面積が多くなることでもある。しかも型付けした糊を外で乾かした後には藍の食いつきがよくなるよう呉汁(大豆の汁)を刷毛でびしょびしょと塗り、外の風で干し上げる。染めに入る前にはムラなく染まるよう生地を水にどぶんと浸け、そして藍甕でたっぷりと浸染する。

「つまり何度も何度も糊に負担をかけるので、型付け師は生地にしっかり定着する糊づくりに工夫を凝らすんです」

 糊は、柄の性格や癖を見極めて調整する。長板中形の紋様は、見得を切るような大胆な紋様から、吐息が漏れるほど華奢な紋様まで、限りなく種類がある。糊は、米ぬか、粳米の糯粉、石灰を混ぜて手づくりする。天然素材の糊は天候の影響を受けやすく、配合は勘頼みだ。

「ところが紺屋さんに持っていくと、忙しかったんでしょうね、ドボドボ浸けて、ドボドボ染める伸子がずれようが、糊がスレようが、お構いなく、祖父はそれが面白くなくて、たびたび喧嘩していた、と父から聞いています」

 最初から最後まで見届けなければ、糊に問題があるのか、染めに問題があるのかは、判断できない。その不透明さに業を煮やした定吉氏は、自ら藍染めをする断を下したのだった。

優れた伊勢型紙と対峙する緊張感

 山の緑に囲まれた松原さんの工房は、三つの空間で構成される。

 阿波産の天然藍が匂い立つ染め場。天然藍は生き物で発酵が命。よい藍色を出すために、日々の管理は怠れない。長方形の藍甕は、生地を屏風畳みして染める際に布同士がぶつからない余裕を考え工夫された松原家オリジナル。

 ほどよい湿度が心地いい土間の板場。ずらりと長板が並ぶ、型付け作業の大舞台である。転居した際、利男氏が本家から運び出したものは、数枚の長板のみだったそうだ。

 そして、がらんと広い芝生の干し場。ビアガーデンにでもしたくなる空間だが、そうはいかない。型付けした長板を運び出したり、伸子張りした反物を横長に渡して、糊や生地を乾かす空間を常に確保している。風が気持ちいい。

 定吉氏が決断し、利男氏が継承し、伸生さんもその仕事を受け継いできた。真冬も素足の伸生さんは、天気や気温、湿気などを肌で察し、作業を行なう。2005年の利男氏逝去の後は、一人ですべてを管理し、制作してきた。型付けだけでも高度な技術を要するのに、藍の管理までも、と驚くが、最初からこの環境だった伸生さんは、制作のために必要な一連の作業として心身にきっちり組み込んでしまっている。

「最初はかなり失敗しました。父は見て覚えろ、の昭和一桁生まれで、何も言いませんでしたし。でも、結局言葉では教えられないことだったんです」

 経験を重ねた現在は、ひとつひとつをていねいに、独自の工夫を加えながら作業を進める。たとえば、十分に練り上げた糊を濾し器にかけて、さらに滑らかにするひと手間。

「型紙の柄をきっちり糊で写したいので、糊のダマや不純物はしっかり取り除きたいんです。そういえば父はここまでしていませんでしたよね」

 型紙の多くは、三重県の地場産業でもある伊勢型紙。江戸時代より受け継がれる高度な技術は超人的ですらある。伸生さんは、現地の型紙彫刻師に、古い型を新たに彫り起こしてもらったり、相談しながら新作を依頼したりを続けている。よい信頼関係を築きながら、型紙のクオリティーを高めていきたい、とそれは伸生さんの心からの願いだ。

「僕は、伊勢型紙の良さをなるべく忠実に表現したいと思っています。だから手をかけることは結果的にはいい仕事のための近道でもあるんです」

 つまるところ、長板中形は伊勢型紙を使いこなす技術だと伸生さんは考える。

「中形の伊勢型紙はとても癖があるんです。柄行きとか口合わせ(接続する部分)とか、一筋縄ではいかないけれど、そこがまた迫力なんです。型紙のプロが彫ったものは、僕の腕を考えて彫ってくれない。こわいですよ。でも使いこなせないと仕事にならないので、乗り越えなければならない。僕のモチベーションは常にそこにありますね」

 化学染料による安価なプリント浴衣の席巻で、今や手がける人はごくわずかとなった長板中形は「シーラカンスみたいな存在ですよ」と伸生さんは笑う。が、伸生シーラカンスは活きがよくて、機械や化学の力を借りない、江戸時代より変わらぬ技法という信じがたい仕事ながらも、現代的な存在感を発している。それは、優秀な工芸作家を輩出する都立工芸高校でデザインを学んだ素地があり、父の言葉に従って伝統工芸展に作品を出し続け、批評や助言に耳を傾け、研鑽を重ねてきたからに違いない。だからこそ、昨年、紫綬褒章名誉にも浴したのだ。

 現在、五十六歳。

「父が一大決心をして、裸一貫でこの地に移ってきた年齢になりました。僕にとって節目の年齢です」

 七回目となる銀座もとじでの個展では、これまで伝統工芸展に出品してきた紋様を見直し、新たに染めたものが多く出品される。男女を問わず着られるタイプも意識的に増やしているという。また、「浴衣は本来、寛いで着るものですが、単衣、夏きものとして街で楽しんでいただけるものが増えていますね。これは、もとじさんでの個展を重ねる中でイメージが広がっていきました」。

 今回は、プラチナボーイの白生地を裏変わりで染めた藍形染の単衣着尺も登場する。伝統を守り、技術を磨き、今の時代にキラリと光る長板中形を。松原伸生さんの仕事は、これからも進化し続けていく。

松原伸生(まつばらのぶお)

1965年 東京都江戸川区に生まれる
1984年 東京都立工芸高校デザイン科卒業後、
    父·松原利男に長板中形、藍形染を師事
2000年 第40回伝統工芸新作展 奨励賞
2005年 第39回日本伝統工芸染織展 新人奨励中国新聞社賞
2006年 第40回日本伝統工芸染織展 新人奨励山陽新聞社賞
2007年 第41回日本伝統工芸染織展 東京都教育委員会賞
2008年 千葉県美術展(県展)県展賞
2009年 第56回日本伝統工芸展 新人賞
2014年 第61回日本伝統工芸展 高松宮記念賞(最高賞)
2015年 第49回日本伝統工芸染織展 日本経済新聞社賞
2016年 君津市長賞表彰
2017年 千葉県指定無形文化財「長板中形」保持者認定
2018年 第38回伝統文化ポーラ賞優秀賞
2020年 第67回日本伝統工芸展 日本工芸会保持者賞
2020年 公益社団法人日本工芸会 理事就任
2021年 紫綬褒章 受章

田中敦子(たなかあつこ)

きもの、染織、工芸を中心に、書き手、伝え手として活動。百貨店やギャラリーで、染織、工芸の企画展プロデュースも手がける。「田中敦子の帯留めプロジェクト」主宰。雑誌『和樂』では、創刊時よりきもの研究家・森田空美氏の連載を担当。著書に『きもの自分流―リアルクローズ―入門』(小学館)、『インドの更紗手帖 世界で愛される美しいテキスタイルデザイン』(誠文堂新光社)、『きもの宝典 きものの花咲くころ、再び』(主婦の友社)など。最新刊に『父のおじさん 作家・尾崎一雄と父の不思議な関係』(里文出版)、『J-style Kimono 私のきもの練習帖』(春陽堂書店)がある。

田中敦子さんは世界中の文化遺産をオンラインで紹介するサイト「Google Arts&Culture」で「長板中形」の紹介テキストと監修を行っています。(取材協力:松原伸生さん)
Google Arts&Culture 長板中形


用語解説と工房写真

本藍
藍の葉から製した天然染料としての藍のことで、文中の天然藍も同じ意味。 化学染料の藍に対していう。

長板
作業に使う樅(もみ)の一枚板は約6.5メートルあり、着物の反物(約13メートル)の約半分の長さ。松原さんの工房には何枚もの長板が並ぶ。
長板  松原伸生 長板中形

伊勢型紙
伊勢型紙は、着物などの生地を一定の柄や紋様に染色するために使われる型紙の一つで、千年以上の歴史を誇る三重県の伝統工芸品。現在、国内で流通する型紙の99パーセントが三重県鈴鹿市白子地区で作られている。
伊勢型紙  松原伸生 長板中形

歌川広重作『名所江戸百景』の神田紺屋町
藍染めが盛んだった神田紺屋町の風景。
歌川広重作『名所江戸百景』の神田紺屋町  松原伸生 長板中形
(歌川広重/メトロポリタン美術館)

【コラム】日本伝統のファストファッション浴衣。藍色が多い理由とは?

祖父・松原定吉氏(長板中形の人間国宝)
明治26年生まれ。江戸時代から続く型紙を使う染色技法「長板中形」の分野で昭和30年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。 型付けから染めの一貫作業を行い「異端の人間国宝」と呼ばれた。昭和30年12月30日に62歳で永眠。

人気TV番組『ポツンと一軒家』に登場しそうな
松原伸生さんの工房は、自然豊かな千葉県君津市の山間にある。
松原伸生さんの工房は、自然豊かな千葉県君津市の山間  松原伸生 長板中形

長板中形の工程
型紙を使って糊を置く型付け

生地を染める紺屋仕事

長板中形の制作工程《松原伸生さんの匠の技》

生地の両面に糊を置く
赤く着色した糊の方が表面、黄色の糊が裏面。
赤く着色した糊の方が表面、黄色の糊が裏面 松原伸生 長板中形

呉汁(ごじる・大豆の汁)を刷毛でびしょびしょと塗り

糊づくり

伸子(しんし)
染色や洗い張りの時に、布をぴんと張って、生地巾を一定に保つための道具。両端に針のついた竹製の細い棒。
伸子 松原伸生 長板中形 制作工程

紫綬褒章
褒章は日本の栄典の一つ。社会や公共の福祉、文化などに貢献した者を顕彰するため、天皇から対象者に授与される。
顕彰の対象となる事績により、紅綬褒章、緑綬褒章、黄綬褒章、紫綬褒章、藍綬褒章、紺綬褒章の6種類が定められ、「紫綬褒章」は芸術や文化、スポーツ、学術研究の分野で功績のあった人に贈られる。

単衣、夏きものとして
夏きものとしての装い例
夏きものとしての装い例 松原伸生 長板中形

夏きものとしての装い例 松原伸生 長板中形

着回し力抜群!単衣の着物&浴衣として

プラチナボーイの白生地を裏変わりで染めた藍形染の単衣着尺
プラチナボーイの白生地を裏変わりで染めた藍形染の単衣着尺

※近日、プラチナボーイのさわやか縮緬に裏変わりで染めた新作が追加で入荷予定!ぜひご期待ください。

《紫綬褒章受章記念展》
松原伸生の長板中形
~藍冴える型模様の天晴れな美~

《紫綬褒章受章記念展》松原伸生の長板中形~藍冴える型模様の天晴れな美~

催事詳細はこちら


作り手の情熱に触れてみませんか?
全70冊以上の「和織物語」を公開中

日本の染織文化を支える作り手の軌跡と情熱をお届けしたいと願い、銀座もとじでは「和織物語」という小冊子を発行しています。

全70冊以上の「和織物語」を公開中

「和織物語」一覧はこちら

商品を探す Search
Products