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競演する織と染―北村武資と森口邦彦| 和織物語

(写真上)経錦地 友禅訪問着「雪景」部分 織 北村武資・染 森口邦彦

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和織物語
競演する織と染―北村武資と森口邦彦

著者:外舘和子(多摩美術大学教授)

経錦地 友禅訪問着「雪景」 織 北村武資・染 森口邦彦
図1 経錦地 友禅訪問着「雪景」 織 北村武資・染 森口邦彦

■創造的なコラボレーションの実現

2021年6月15日、森口邦彦(1941-)の仕事場で、完成したばかりの着物を見た(註1)。北村武資(1935-)の経錦の生地に、森口が友禅染を行った二人にとって初めての合作《雪景》(図1)である。羅と経錦の重要無形文化財保持者・北村武資、友禅の重要無形文化財保持者・森口邦彦という、それぞれに強い個性を持った作家が共同制作するという極めて実験的な試みは、この二人でなければ成し得ない成果を生み出した。 その着物は、全体にごく柔らかい色調で、あたかもふわりとしたベールに包まれているように見える。紛れもなく森口邦彦の染でありながら、従来のこの作家には見られなかった優し気な色調であり、光の加減で北村の経錦のきみどりの小花模様が浮かび上がる。単衣(ひとえ)でまとう着物としたのは、生地裏の明るく輝く美しさもこの着物の表現の内だからである。つまりこの着物には、確かに生地の作者北村武資と、染めた森口邦彦それぞれの個性がある。二人の作家が厳然と存在しながら、絶妙にして最善の関係を築いているのである。

それは、昔ながらの分業製作でもなければ、デザイナーの主張に職人が付き合う制作でもない、関与した作家がそれぞれの個性を生かし合いながら、個々ではできない新たな世界を創り上げるという本質的な意味での創造的なコラボレーションである。

■コラボレーション作品の制作ポイント

 では、その本格的コラボレーションの着物はどのように作られていったのだろうか。

織の作家が得意の経錦で生地を提供し、染の作家がそれを熟練の友禅で染める―それは一見、五分五分の平等な勝負のようだが、いうまでもなく、後から染める者の方が、より熟考を要する。しかも織り手北村は二種の生地を準備した後、初見では染めにくいと思った方の生地を推してきたのだという。

「そう軽々に扱うなということなのだなと僕は感じた。彼は竹刀でも木刀でもない、真剣をよこしたと思いました」と森口は語っている(註2)。

この作品では、きみどりの小花が軽やかな間をとりながら現れる経錦の生地に、グレーと白による徐々に長体のかかった立方体が、縦に伸びる。その立方体の形状が次第に変化し、白とグレーの面の比率も変わっていく。そうした一種の規則性を採り入れた幾何学模様が変化する構成はいかにも森口邦彦らしい意匠だが、変容は上下の変化のみである。通常の森口なら、着物の上下に加え、斜めの(対角線上の)変容も築くことが多いが、メタモルフォーゼも、あるレベルまで抑制されているのである。

また、着物全体が、この作家の友禅としてはこれまでになく抑えたグレーであり、穏やかである。森口邦彦史上、最も控えめなグレーといってもよいだろう。このグレー部分については、僅かにグレーが濃い蒔糊のある面と、蒔糊のない無地の面が交互に連続している。無地のグレーはともかく、蒔糊のグレーが経錦の花模様を殺してしまわないか、森口は熟考の上、慎重に仕事を進めた。

 要するに、染め色の濃度、模様の変化の抑揚、生地の裏と表の関係など、あらゆる角度から北村の織を検討し、森口は染を遂行した。その結果として、この得も言われぬ柔らかなトーンの上品な着物が出来上がったのである。

 

■二人の出会いと信頼関係の形成―日本伝統工芸展という場

 二人の卓越した技術と個性が、創造的なコラボ作品を実現したことは間違いないが、では高度な技術と個性を持つ作家ならどのような作家を組み合わせても可能かと言えば、それだけでは実現しがたい。北村が「真剣」を差し出せるのも、森口がそれを受けとることができるのも、それぞれの力量と同時に、コラボレーションする二人の間に、確かな信頼関係があることが必要である。

 

北村と森口の出会いは、相手の作品を知ることから始まった。それは遡る事54年前、1967年の第14回日本伝統工芸展の会場である。

北村武資は第12回展、森口邦彦は第14回展で初入選しているが、森口は当初この展覧会に継続して出品するか否かに迷いがあったという。1963年フランスに留学し、当時最先端の現代美術に接していた森口にとって、当時の日本伝統工芸展の染織作品の多くは古臭く感じられたからである。

ところが、展示作品の中で、ひときわ異彩を放つ作品があった。それが第14回展の北村武資の《帯「幻影」》(図2)である。糸の有機的な動きを想わせるその織物に興味を持った森口は、翌1968年第15回展の北村のNHK会長賞受賞作、《帯「連」》(図3)を見て更なる衝撃を受け、日本伝統工芸展への出品継続を決意したという。北村のその作品は、第14回展のものとは一転、幾何学的な構成によるデザインで、構造的な美しさと迫力を示す織物であった。第16回展では、北村は再び変貌し、有機的な抽象絵画の如き意匠の織物《掻寄変り綴「凉」》(図4)を出品している。「同じもの、類型的なものは作らない」という北村の気迫のこもった作品は、北村より6歳若い森口の眼に伝統工芸の大いなる可能性を感じさせるものであった。

図2 北村武資 帯「幻影」/図3 北村武資 帯「連」/図4 北村武資 掻寄変り綴「凉」
図2 北村武資 帯「幻影」/図3 北村武資 帯「連」/図4 北村武資 掻寄変り綴「凉」

一方で、森口も、第14回展に臙脂色の正方形が生きた細胞のように変容する《訪問着「光」》(図5)をはじめ、第15回展の《訪問着「網代暈文様」》(図6)、第16回展のNHK会長賞《友禅訪問着「千花」》(図7)へと、着物のサイズと形状を生かした幾何学的な模様の世界を探究していく。

重要なことは、二人が互いの人となりを知る以前に、作品を通して知り得たということである。例えば研究者や評論家も、互いに書いたもので相手を認め、信頼するが、作家同士である北村と森口も、まさにそうした関係で始まった。そして日本伝統工芸展は、そのような出会いと刺激を得ることのできる場所で有り得たのである。

■日本の工芸環境を象徴する京都

作家や職人、関係業者が集中し、西陣を中心に染織産業が充実した京都には、かねてより“学びの場”が多くあった。

1960年代、森口華弘を中心に行われた染織作家の研究会もその一つである。北村は、絞りの作家小倉建亮に「勉強したい人なら誰でも入れる」と誘われ、当時最年少で参加した。1963年のことである。作家たちは織り始めた生地の端切れや、次の日本伝統工芸展に出そうとしている作品などを持ち寄り、色や形について批評し合った。時には、森口華弘が作家たちの前で直接線を描いて指導するような場面もあった。森口邦彦もフランスから帰国後、この熱気ある研究会に参加し、友禅作家として研鑽を積んでいる。

森口邦彦作友禅訪問着 過去入選作品
図5 森口邦彦 訪問着「光」/図6 森口邦彦 訪問着「網代暈文様」/図7 森口邦彦 訪問着「千花」

当時、京都では染織の業者が、着物のデザインの参考に洋書を紹介するなど、模倣的なデザインは溢れていたが、研究会の参加者たちは北村をはじめ、いかに新しいものを創るかを目指していた。「僕は絶対、同じもん作ったらあかんと思っていました」と北村は当時を振り返る。

日本には様々な出自の工芸作家がおり、その多様性が工芸の層の厚さ、表現の豊かさを築いている。染織産業の中で職人として技術を学びつつ、後に創造性に目覚めて作家になる者、美術学校や大学などでアカデミックに創作を学び、その後確かな技術を獲得して作家になる者。前者の代表が北村武資であるとすれば、後者を象徴する者の内、特に恵まれた者が森口邦彦であろう。さらに、趣味で染織を始めた後、団体展や個展などで作品を発表し、本格的に染織作家となっていく者も少なくない。そして京都はそうした様々な出自の作り手が、近距離内に集中して存在する。意欲と向上心さえあれば、互いに刺激を受け、学ぶチャンスに満ちているのである。

■他流試合の重要性

工芸を扱う美術館が身近にあることも、京都のアドヴァンテージの一つである。 1970年代は、ローザンヌの国際タピスリービエンナーレへの日本人参加をはじめ、染織が伝統工芸からアヴァンギャルドまで全方位的に表現を拡張していくが、1971年、京都国立近代美術館で開催された「染織の新世代」展は、それを象徴する企画展であった。

染織の新世界 図録表紙
図8「染織の新世代」図録表紙

染色集団「無限大」の麻田脩二、プリントの粟辻博、新匠会の伊砂久二雄、京都市立芸術大学で教えていた来野月乙(きたのつきお)や高木敏子、当時日展に出品していた型染の澁谷和子、国画会の柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)、ファイバーアートの堀内紀子、わたなべひろこ、そして日本工芸会の志村ふくみ(後、退会)や松原与七、北村、森口ほか、あらゆるタイプの同時代の染織が一堂に並んだ。

企画者・内山武夫と親しかった森口は印刷物のデザインなどに協力している(図8)。西陣の中心で、喜多川平朗や佐々木信三郎の有職織物の研究に学んでいた北村も、“他流試合”に興味を覚えるようになった。「僕の分かれ目でした。作家になるか、ただモノ作りで終わるか」。

しかし北村が刺激を受けた一方で、ファイバーアートの作家たちも北村の作品に刺激を受けたのではなかろうか。北村の織物は、いわばファイバー・ストラクチャー(繊維の構造体)そのものである。北村は同展に帯5点を出品し、織の規則性と有機性が共存する生き生きとした表現によって、伝統工芸であって最先端アートであることが可能な事を示したのである。

■重要無形文化財保持者としての指導と影響力

周知のように、北村は1995年に「羅」の技術で、2000年に「経錦」で、森口は2007年に「友禅」で重要無形文化財保持者の認定を受けている。制度上、認定された作家は後進にその技を伝える使命を負い、伝承者研修会を行うことになっている。

北村は1996年、97年に羅・絽・紗など捩り織の研修を実施した。「織物は糸からではなく、機から」と考える北村は、この研修を、鋸や鉋を手に織機を組み立てる事から始めている。織の構造を生みだす原点から捉えるということなのであろう。この研修に参加した一人、土屋順紀は、2010年、捩り織の一種、「紋紗」の技術で重要無形文化財保持者に認定されている。北村や土屋の活躍は、捩り織への関心を高め、これに取り組む作家は増えつつある。かつて織の基本は平織・朱子織・綾織の三原組織と説明されてきたが,近年これに綟り織を加えて四原組織とされるようになったのも、北村や土屋ら捩り織作家の活躍が影響していよう。

一方、森口は2019年と翌年、コロナ禍で工夫をしながら研修会を行った。率直な物言いを気にせず研修を行うため、撮影はせずに実施している。研修中の忌憚のない森口の指導は参加者から極めて好評だ。参加者の一人、四ツ井健は、持ち込んだ図案を森口が上下を逆にしたり、斜めや裏から見たりして最終的な図案へと調整していく様子を学んだ。自分が最初に描いた図案に囚われず、自由に変更していく柔軟さが大切なのである。確かに森口は、自身も図案を幾度も微調整し、時には10年程かけて調整した後、実作へ使用したものもあるという。森口の仕事場の膨大な図案ファイルはその記録でもある。研修の成果は、2021年第55回日本伝統工芸染織展の四ツ井健の受賞作などに、いち早く現れた。

こうした研修の機会は重要だが、重要無形文化財保持者の使命は何よりも、自らが作品でその創意と技術を示すことにあろう。日本伝統工芸展をはじめとする展覧会で、作品によりその制作姿勢を示す事ことこそが重要であり、二人はそれを実践している作家である。

この度の銀座もとじの二人展では、冒頭の合作のほか、森口がプラチナボーイの生地にを染めたもの、そして北村が特別に、初入選した帯のイメージで新たに織り上げたものなどが並ぶ。染織をはじめ工芸品は実際に間近で見て、できれば手に取り、纏ってみることを薦めたい。引きで見る美しさと同時に、その繊細な素材感や風合いを体感して欲しいからである。とりわけ北村、森口の作品は、織と染におけるミクロとマクロの魅力に満ちている。

註1:筆者はこれまでも『和織物語』で「織の構造美を創造する―北村武資の世界」(2014年)、「深遠なる空間の美―北村武資の織」(2017年)、「視覚の冒険―森口邦彦の錯視的抽象の世界」(2019年)を執筆し、それぞれの作品世界に言及してきた。本稿は2022年2月の二人展にあたり、新たな取材と座談会を経て執筆したものである。

註2:二大巨匠展「競演する織と染―北村武資と森口邦彦」座談会、ファシリテーター:外舘和子
登壇者=北村武資・森口邦彦、2021年12月2日、於北村武資宅(京都)。以下、文章中の作家の言葉はこれによる。

写真提供:公益社団法人 日本工芸会(図2~7)

外舘和子 (とだてかずこ)

1964年東京都生まれ。美術館学芸員を経て現在、多摩美術大学教授、工芸評論家、工芸史家。英国テート・セント・アイブスを皮切りに、海外巡回展『手仕事のかたち』、米スミス・カレッジ、独フランクフルト工芸美術館など、国内外の美術館、大学等で展覧会監修、図録執筆、講演を行う。また韓国・清州工芸ビエンナーレ、金沢世界工芸トリエンナーレ、日展、日本伝統工芸展など、数々の公募展の審査員を務める。著書に『中村勝馬と東京友禅の系譜』(染織と生活社) 、『Fired Earth, Woven Bamboo: Contemporary Japanese Ceramics and Bamboo Art』(米ボストン美術館)など。毎日新聞(奇数月第2日曜朝刊)に「KOGEI!」連載中。

北村武資(きたむら たけし)

1935年 京都市生まれ
1965年 日本伝統工芸染織展 日本工芸会会長賞受賞
1968年 日本伝統工芸展 NHK会長賞受賞
1990年 京都府無形文化財保持者に認定
    MOA美術館 岡田茂吉賞工芸部門大賞
1995年 「羅」の技法にて重要無形文化財保持者に認定される
1996年 紫綬褒章受賞
1999年 京都府文化功労者賞受賞
2000年 「経錦」の技法にて二度目の重要無形文化財保持者に認定される
2001年 「人間国宝北村武資-織の美-展」(群馬県立近代美術館)
2005年 旭日中綬章受賞
2011年 「『織』を極める 人間国宝 北村武資展」(京都国立近代美術館)

森口 邦彦(もりぐち くにひこ)

1941年 京都市生まれ
1963年 京都市立美術大学日本画科卒業、フランス政府給費留学生として渡仏
1966年 パリ国立高等装飾美術学校卒業
1967年 父・森口華弘のもとで友禅に従事し始める
1969年 第6回日本染織展にて文化庁長官賞
第16回日本伝統工芸展にてNHK会長賞
2001年 紫綬褒章受章
2007年 重要無形文化財「友禅」保持者に認定
2009年 「森口華弘・邦彦展-父子人間国宝―」(滋賀県立近代美術館・読売新聞東京本社)
2013年 旭日中綬章受賞
2016年 「森口邦彦-隠された秩序」展(パリ日本文化会館)
2020年 「人間国宝 森口邦彦 友禅/デザイン―交差する自由へのまなざし」(京都国立近代美術館)
2020年 文化功労者に選定
2021年 フランス共和国 レジオン・ドヌール勲章コマンドゥール章受賞


二大巨匠展 競演する織と染
―北村武資と森口邦彦

20世紀が生んだ日本染織界における二大巨匠 北村武資氏と森口邦彦氏による初の二人展を開催いたします。北村氏作品100点、森口氏作品10点の新作はじめ、人間国宝同士よる世紀の合作「雪景」を展示いたします。
北村氏による着物、袋帯、八寸帯、角帯、
森口氏による訪問着、黒留袖、色留袖、帯が一堂に集まる圧巻の作品群、どうぞこの機会をお見逃しなく。

催事概要

二大巨匠展 競演する織と染―北村武資と森口邦彦
会期:2022年2月19日(土)~27日(日)
会場:銀座もとじ和織・和染
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ女性のきもの 03-3538-7878
銀座もとじ男のきもの 03-5524-7472

催事詳細はこちら

特別イベントのご案内

【ぎゃらりートーク】
2022年2月19日(土)10時~11時
「日本工芸会の染織作家が語る二大巨匠の真の姿」
髙橋寛氏、松原伸生氏、大髙美由紀氏をお迎えし、店主・泉二を交え、北村氏、森口氏の魅力をお伺いします。
場所:銀座もとじ和織・和染
定員:20名様(会費無料・要予約)【満席御礼】

※ぎゃらりートークの様子をインスタグラムでライブ配信し、また終了後アーカイブ動画をインスタグラムやYouTubeで公開予定です。

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