遠藤あけみ作 型絵染着物 「春野万華鏡」 1,480,000円(税・仕立て代込み)
著者:外舘和子(多摩美術大学教授・工芸史家)
遠藤あけみの型絵染 ― 線で捉える自然の豊穣
型絵染は、型紙を使用して染める「型染」と同義だが、いわゆる量産のための型染ではなく、型紙を生かした染めの表現という意味で、染色家・芹沢銈介(1895―1984)が重要無形文化財保持者に認定される際、考案された名称である。大まかにいえば、図案を考え、それを型紙に彫り、型紙の上から生地に糊を置いて順次防染し、染めるという染色表現である。遠藤が所属する日本工芸会では、表現としての型染を「型絵染」と呼ぶことが多い。
なお、本稿執筆に際し、2025(令和7)年9月26日、横浜で制作する遠藤あけみの仕事場に取材した。
染色への道 ― 岩井香楠子の工房で学ぶ
遠藤あけみは、1956(昭和31)年、神奈川県川崎市に生まれた。両親は染色の仕事をしていたわけではないが、父はクリーニング店を経営し、和服の染み抜きを研究していた折、着物の目利きとして知られる安田丈一の案内で重要無形文化材「江戸小紋」保持者の小宮康孝(1925―2017)や長男・小宮康正(1956―)ら染色作家とも面識があり、祖父は絹糸を扱う商いをしていたという。また、遠藤の母はこの世代にはまだ多くない大学教育を受けた女性で、家には美術全集のような本があり、遠藤は幼少期から絵本のようにそれらに親しんで育った。母親の影響で、展覧会、音楽会、バレエなど、芸術に触れる機会の多い少女時代を過ごしたようだ。
高校時代は一年生の時から画塾に通い、多摩美術大学の日本画科に入学し、加山又造(1927―2004)、堀文子(1918―2019)、上野泰郎(1926―2005)に学んだ。遠藤の夫も多摩美の油画出身であり、姉は武蔵野美術大学で日本画を学んでいる。絵にはそれなりに自信があったという遠藤だが、多摩美での厳しい講評や、自主性を尊重する自由な校風に戸惑いもあったようだ。
しかし、大学4年生の時、遠藤は同級生から日本工芸会所属の染色作家・岩井香楠子(1938―)が工房開設に際し、若手を探していることを聞き、横浜の岩井のもとを訪ねている。それが遠藤の染色への最初の一歩となった。
デッサンの束を抱えて岩井のもとを訪ねると、体験的にちょっとやってみたいのか、本気でやりたいのかを訊かれ、後者の返事をして弟子入りすることとなった。東京藝術大学で日本画を学んだ岩井は、型染と絞りを組み合わせた愛らしい作品で知られる。遠藤の作品にも、初期には模様と絞りの技法を組み合わせた童画的な雰囲気も垣間見える作例があるのは、岩井の影響であろう。
遠藤によれば、岩井の指導はまず、生地を丁寧に扱うことであった。「恋するように仕事をせよ」という師の言葉も遠藤の心に響いたという。遠藤は、岩井の工房で制作を手伝いながら型絵染の技法を習得し、十数年務め上げ、その後も、折につけ岩井の仕事を手伝いながら楽しく過ごしたようだ。
展覧会での発表と着物への挑戦
全国染織作品展と新匠工芸会展
小品をグループ展などで少しずつ発表するようになった遠藤が最初に手掛けた着物は、1983(昭和58)年、横浜のシルク博物館の第8回全国染織作品展に入選した型絵染着物《ち・ち・り》である。婚姻前の伊藤あけみの名で応募した27歳の時の作であった。
1985年に結婚し、翌1986(昭和61)年第9回展には《游魚》が入選した。一つの方向に泳ぐ魚の群れの狭間に水の動きや煌めきを配した《游魚》は、ユーモラスな魚の顔の雰囲気に対し、着物全体がやや渋い色調である。模様と色とのアンバランスな要素もある反面、そこには遠藤の比較的クールな色彩感覚が早くも窺われる。奇しくも岩井の工房は遠藤の夫の実家を立て直した現在の自宅に近く、子育て中も染色から離れずに過ごすことができた。着物好きな義母の応援も得ながら、2000(平成12)年第12回展では、早くも《THE CATS》で佳賞を受賞するなど遠藤は着実に力をつけていくのである。
シルク博物館の公募展に出品していた頃、遠藤は型絵染作家・伊砂利彦(1924―2010)のモダンな作風に惹かれ、新匠工芸会展にも出品している。新匠工芸会は、1947(昭和22)年、陶芸家・富本憲吉(1886―1963)や染色家・稲垣稔次郎(1902―1963)らが創設し、伊砂が活躍した団体で、現在も着物を含め染織が充実している。同会の記録によると、遠藤は2001(平成13)年第56回展にモノトーンの線描を初のシルクスクリーンで表現した着物《刻紋》(図1参考)を出品、翌2002(平成14)年第57回展ではヨウシュヤマゴボウと蝶を端正に構成した模様の着物《蝶を呼ぶ木》(図2参考)により新人賞を受賞している。また2004(平成16)年第59回展には女郎花の野原できつねが万華鏡を覗いて見た、というユニークなテーマの着物《きつねの万華鏡》を出品している。

図1 = 「刻紋」

図2 = 「蝶を呼ぶ木」
日本伝統工芸展でのモチーフの展開
線による植物表現と幾何学性
遠藤が、師である岩井香楠子も所属する日本工芸会の展覧会に出品し始めるのは、50歳になる頃からである。初入選は2006(平成18)年第53回日本伝統工芸展で、以後連続入選し、2009(平成21)年には正会員になるなど順調に実績を積んでいく。そこには、「日本伝統工芸展には、連続入選できるくらいの実力をつけてから出すように」という岩井の指導もあった。
初入選作《型絵染着物「奏草」》はジグザグに走る青い幾何学模様の間をぺんぺん草が揺れるデザインで、ジグザグの幾何学模様は薄い青二列に対し、濃い青でやや大きなポイントを形成しながら連続している。そこには、自然のモチーフと幾何学形態を巧みに組み合わせて構成する遠藤作品の方向性が早くも表れているのである。
翌年の第54回日本伝統工芸展《型絵染着物「風韻」》では、ぺんぺん草の流れにドクダミの花がリズムを加え、着物全体としても、模様の粗密が効いた構成へと進化している。ぺんぺん草は遠藤が好む植物の一つで、筆者も鑑審査員を務めた2025(令和7)年第65回東日本伝統工芸展出品の《型絵染帯「積む刻」》でも再びモチーフとして登場している。
日本工芸会での受賞作に注目すれば、2008(平成20)年第42回日本伝統工芸染織展日本工芸会会長賞の《型絵染着物「春野万華鏡」》(図4)は、女郎花を題材に万華鏡の如き意匠へと築き、ブルー系とグレーの大きな配色もクールにして華やかである。
また2015(平成27)年第49回日本伝統工芸染織展奨励賞・京都新聞賞《型絵染着物「北野」》は、シダをモチーフに幾何学模様を形成し、2016(平成28)年第50回日本伝統工芸染織展奨励賞・京都新聞賞《型絵染着物「春待雨」》は、降りしきる雨の中の八つ手の葉が、ブルーやグリーンの濃淡により奥行を伴って表現されている。
さらに、2023(令和5)年第57回日本伝統工芸染織展日本経済新聞社賞《型絵染帯「麗ら」》は、タンポポの花や綿毛、そして特徴のある風車状に広がる葉を図案化して散らし、風に揺れるリボンを加えて、舞い上がるような躍動感を表した。タンポポについて遠藤は「地面に貼り付いたような葉の形が面白い」といい、また、シダの葉は全体の輪郭が三角形に見えることに興味を抱いたという。
近年は、2023(令和5)年の第70回日本伝統工芸展《型絵染着物「ほのかな光」》で白生地の上に胡粉の白を用いたり、2025(令和7)年第59回日本伝統工芸染織展の《型絵染帯「森のことば」》では、僅かに濃度の異なる二種類の黒を重ねたりすることも試みている。
最新の受賞作、2024(令和6)年第71回日本伝統工芸展東京都知事賞《型絵染着物「あすなろの森」》(表紙)では、あすなろ(ヒバ)の葉の紡錘形の輪郭と、葉そのものを構成する線とが、ブルーやグリーン、グレーの色調で着物全体に連続し、奥行やリズム感のある「森」を形成している。
どの作品も、色数を抑え、概ね寒色系やグレー系のクールな色調で全体を構成する傾向が見られ、モチーフの愛らしさと同時に、この作家の粋な感覚も伺われるのである。
新作《型絵染帯「ある日の庭」》
新作の帯を例に、遠藤の制作のポイントを記そう。図案は、最初にモチーフを図案化したものから段階的に最終稿が決まっていく。《型絵染帯「ある日の庭」》では、タンポポと蝶を主とした図案を、横に並べたもののほか、密度の高いものを描いてみた(図3)。しかし余白を多くしたものの方が、モチーフの形の面白さが分かり易い。蝶の種類も、図案を試行錯誤する中で、モンキチョウから羽の丸みが愛らしい絶滅危惧種のツシマウラボシシジミに変更した。図案には色鉛筆で彩色し、染めた際の色バランスも検討している。

図3 = 九寸名古屋帯 「ある日の庭」 498,000円(税・仕立て代込み)
型紙を切る道具は小さな丸い穴をあけるための丸刃と、線を彫るための彫刻刀である。線を彫る際にも、曲線を彫る際は昔ながらの小刀、直線を彫る場合は、研ぎ不要のデザインナイフを使用する。実際に彫っていく際、右手は丸刀や彫刻刀の方向を導く役割で、左手の中指の押す力では型紙が彫られていく。
型紙を彫り終えると、長板に隙間なく貼った生地に、順次型紙を置いていく。特に、帯を締めた際にお太鼓の中心となる場所には糸印を付け、そこに模様の中心を合わせて型紙を置くようにする。帯は撞木で展示する際はフラットだが、締めれば当然のことながら立体になる。遠藤は常に帯のもつ様々な「かたち」も意識しながら制作しているのである。

九寸名古屋帯 「森のことば」 550,000円 / 角帯 「Tsupping」 298,000円(税・仕立て代込み)
型紙に置いた糊が乾燥すると、糊で防染された以外の部分に顔料や化学染料を用いて筆や幅の細い刷毛で色を挿していく。遠藤が見出した植物や蝶などの自然のモチーフの魅力が、型ならではの、また遠藤ならではのシャープな線で模様化され、この作家の型絵染の世界が生まれるのである。完成した姿は、この度の銀座もとじの個展で確認できよう。
「楽しい模様にできそうな植物に出会うとアドレナリンが出る」と遠藤は言う。遠藤あけみの観察眼は日々の散歩などで出会う植物や生物に常に注がれ、それら自然のモチーフが形成する線や形に対して鋭敏に反応する。この作家の感性豊かな自然への眼差しこそが、自然を独自に図案化し、型絵染ならではの線を主体とした模様の世界を創造するのである。

左 = 型紙を彫るための道具。丸キリ、小刀など 上段右 = 直線部分にはペン型のカッターナイフを使い型紙を彫る

左 = 長板の上に地張りした布に型紙を置く 下段右 = 防染のための糊置き作業(型付け)
撮影:塩川雄也
遠藤あけみさん 年譜
1956年 神奈川県川崎市生まれ
1978年 多摩美術大学絵画科日本画専攻卒業
岩井香楠子氏に師事し型絵染めを学ぶ
2000年 第16回シルク博物館全国染織作品展にて佳賞
2002年 第57回新匠工芸展にて新人賞
2006年~ 第53回日本伝統工芸展に出品 初出品 初入選
2008年 第42回日本伝統工芸染織展にて工芸会会長賞
2009年 日本工芸会正会員に認定される
2015年 第49回日本伝統工芸染織展にて京都新聞賞
2016年 第50回日本伝統工芸染織展にて京都新聞賞
2022年 銀座和光 型染作家4名による「型一会」展
2023年 第57回日本伝統工芸染織展にて日本経済新聞社賞
2024年 第71回日本伝統工芸展にて東京都知事賞
2024年 シルク博物館 型絵染8人展
外舘和子氏 プロフィール
東京都生まれ。美術館学芸員を経て現在、多摩美術大学教授、愛知県立芸術大学客員教授、工芸評論家、工芸史家。英国テート・セント・アイブスを皮切りに、海外巡回展『手仕事のかたち』、米スミス・カレッジ、独フランクフルト工芸美術館など、国内外の美術館、大学等で展覧会監修、図録執筆、講演を行う。また韓国・清州工芸ビエンナーレ、金沢世界工芸トリエンナーレ、日展、日本伝統工芸展、新匠工芸会展など、数々の公募展の審査員を務める。著書に『中村勝馬と東京友禅の系譜』(染織と生活社)、『Fired Earth, Woven Bamboo: Contemporary Japanese Ceramics and Bamboo Art』(米ボストン美術館)など。毎日新聞(奇数月第2月曜朝刊)に「KOGEI!」連載中。
遠藤あけみの型絵染 ― 線で捉える自然の豊穣
会期:2026年1月16日(金)~18日(日)
場所:銀座もとじ 和織、男のきもの、オンラインショップ
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ 和織・和染(女性のきもの) 03-3538-7878
銀座もとじ 男のきもの 03-5524-7472
(電話受付時間 11:00~19:00)
ぎゃらりートーク
日 時:2026年1月17日(日)10時~11時【受付中】
登壇者:遠藤あけみ氏、外館和子先生(多摩美術大学教授・工芸史家)
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:40名様(無料・要予約)
作品解説
日 時:2026年1月18日(日)14時~14時半【受付中】
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:10名様(無料・要予約)
在廊
2026年1月16日(金)~18日(日)11時~18時
名古屋帯
袋帯
紬・綿・自然布
小紋・江戸小紋
訪問着・付下げ・色無地ほか
浴衣・半巾帯
羽織・コート
肌着
小物
履物
書籍
長襦袢
小物
帯
お召
小紋・江戸小紋
紬・綿・自然布
袴
長襦袢
浴衣
羽織・コート
額裏
肌着
履物
紋付
書籍

