小倉織作家・遠藤聡子さん初個展のご案内
銀座もとじでは、このたび初めて小倉織作家・遠藤聡子さんの個展を開催いたします。2015年に独立されてから10年。これほどの作品を一堂に会する機会は、実はご本人にとっても初めてのことだそうです。これまでの歩みと新しい挑戦、その全貌をご覧いただける貴重な展示会となります。
若くして数々の受賞歴を誇り、確かな技術を受け継ぎながらも独自の感性で小倉織を発展させる遠藤さん。その表現は、未来の工芸を担う力強い一歩として、私たちに大きな期待と希望を抱かせてくれます。
絣入りの小倉織作品を織る遠藤聡子さん
小倉織とは
小倉織(こくらおり)は、江戸時代に豊前国(ぶぜんのくに・現在の福岡県北九州市)小倉藩で生まれた、丈夫で地厚な縦縞模様の木綿織物です。経糸(たていと)の密度が緯糸(よこいと)の約2倍以上もあり、極めて高密度に織り上げることによる、木綿とは思えないほどの艶やかで滑らかな質感が特長です。その堅牢さから武士の袴や帯地として重宝されましたが、大正期に次第に衰え、昭和の初めには姿を消してしまいました。
この伝統を現代に蘇らせたのが、染織家・築城則子さんです。精力的な創作活動と後進の育成によって、小倉織は再び人々の前に現れ、今では現代の装いに生きる織物として愛されるようになりました。
築城則子さんは、木綿が絹よりも染まりにくい(藍以外)ことを逆利用し、絹よりも幅広い色階調で糸を染め出し、繊細なグラデーションを生かした美しい縞の表現を確立されました。遠藤聡子さんは、その築城さんから学ばれた確かな技術をさらに発展させ、新たな小倉織の世界を追求されています。
遠藤聡子さんと小倉織の出会い
遠藤聡子さんは幼少期から絵や手芸、泥遊びに夢中になり、手を動かすことが好きなお子さんだったといいます。高校時代は美術教師に憧れ、美術学科のある教育学部へ進学。大学ではピアノ線を使った立体制作に取り組み、幾何学的な構成に魅了されます。
そんな折、地元の百貨店で偶然目にしたのが「小倉 縞縞(築城則子さんが展開する小倉織のプロダクトブランド)」でした。初めて小倉織の存在を知り、大学の授業で伝統工芸展を鑑賞した際には、築城則子先生の作品に心を奪われます。
「伝統工芸のなかで一番洗練され、新しさを感じた」と強い感銘を受けました。しかもそれが自分の地元・北九州の織物だと知り、「ぜひやってみたい」と心が動いたのです。
思い切って築城先生に手紙を送ると、直接お電話をいただき、「一度工房にいらっしゃい」と声をかけてもらいました。卒業後、そのご縁から「遊生(ゆう)染織工房」に入ることとなります。
緻密なグラデーションの土台となる経糸の整経作業
築城則子先生の元での修業の日々
工房での日々は、技術だけでなく生き方そのものを学ぶ時間でした。「美しいものを生み出すことを最優先に」という姿勢、そのために日々の雑務や環境づくりを大切にすること。エネルギッシュな築城先生の姿を間近に見て、「染織家として生きるには、これほど真剣に毎日を積み重ねなければならない」と強く胸に刻んだといいます。
糸巻きや糸染めといった基礎から徹底して学び、修行期間の目安である丸3年を迎えて尚も「まだ足りない」ともう1年学び続け、計4年間を工房で過ごしました。築城先生は「いずれは独立するだろう」と見守りつつ、時に厳しく、時に温かく指導を続けたといいます。
経糸が整った状態、織る前から美しい
遠藤聡子さんの作品世界①
縞×絣という新境地
第58回西部伝統工芸展(令和6年度) 西日本新聞社賞
小倉織 九寸名古屋帯「雨水」
草木染料:藍、栗、ハナミズキ
遠藤さんが手がける小倉織は、縞の美しさに加え、絣(かすり)の表現を積極的に取り入れている点に大きな特徴があります。絣入りの作品の場合は、絣が入った時に全体の調和がとれるよう、ベースとなる縞が強くなりすぎないよう意識しているとのこと。
どのような絣が縞に合うかを常に考え、建物の格子や道端の幾何学的な模様など様々なものがアイデアの種に。個展では、アイデアを描き留めた制作ノートの一部もご覧いただける予定です。
絣の技法について、遠藤聡子さんは「誰かに完全に教わったわけではなく、自分で試行錯誤して身につけていった」と語ります。師・築城則子先生の工房では、絣や熨斗目などの工程に触れる機会があり、そこでの経験が基礎となりました。しかし、独立してから本格的に「小倉織に絣を入れる」試みに取り組んだとき、その難しさは予想を超えるものでした。
絣は、あらかじめ糸に防染(絞りや括り)を施して染め上げ、織り上がったときに模様が浮かび上がる技法です。小倉織は経糸を非常に高密度に張るため、糸のテンションがわずかでも変わると絣の柄がずれてしまう――そのため、絣を小倉織に組み込むことは格段に難易度が高くなります。遠藤さんはまず小さな試作を重ね、テンション管理の方法や経糸配列の工夫を一つずつ確かめながら、少しずつ成功の糸口を見つけていきました。
遠藤聡子さんの作品世界②
優しく心癒される縞
築城則子さんの工房で学び活躍されている、日本工芸会の会員になられた小倉織作家は遠藤聡子さんを含めて3名いらっしゃいます。同じ「縞」であるのに、ひと目見ただけで誰の作品かがわかるほど個性豊かで、「縞」という模様の奥深さを感じることができます。
「光源がどこにあるかを意識するように」
築城先生の言葉を胸に、デザインする時は常に縞の中に光の存在を探ります。明から暗へ、暗から明へ。中心に光があったり、何か所かに光があったり。光源を決めておくと縞のデザインが「整う」のだそうです。
小倉織 九寸名古屋帯 「深緋」
草木染料:蘇芳+インド茜、紫根、クリ、ギンモクセイ
デザイン上の教えでもう一つ印象的なのが「強調する所を決め、アクセントをつけること」。しかし、遠藤さんご自身の表現の中では「ドラマティックなアクセントを入れるのが苦手」とのこと。色の強弱をあえて抑え、自然で穏やかな印象を大切にしています。
師である築城則子先生の縞が凛とした強さや潔さを放つのに対し、遠藤さんの縞には柔らかな優しさが漂います。小倉織の伝統を継ぎながらも、自らの感性を重ねることで、日常に寄り添い、心地よく纏える小倉織を創り出しているのです。
作品はすべて草木染めによる色彩で構成されています。黒だけは深い色を表現するため化学染料を用いますが、その他は紫や茜をはじめ、多くを草木から抽出。時には自ら採取した植物を染料とすることもあります。用いる糸は築城先生と同じく、長繊維で艶のあるエジプト綿が中心です。今回一部の作品で採用している「海島綿(かいとうめん)」にも将来的には取り組みたいと語ります。
泥染の大島紬に合わせたコーディネート例。綿とは思えないほど艶感のある遠藤聡子さんの帯は、紬や綿をはじめ、お召、江戸小紋など様々な着物に合わせていただけます。
遠藤聡子さんの作品世界③
すべての作品に「新しい挑戦」がある
制作にあたっては必ずテーマを掲げ、それを最後まで貫いているのだそうです。「色の組み合わせに挑戦する」「新しい絣を試みる」──作品ごとに新しい試みを盛り込んでいます。また、作品に添えられた遠藤聡子さんご自身による作品コメントにもご注目ください。遠藤さんが何に感動し、どんな新しい挑戦を試みているのかを、作品を通じて感じていただけるかと思います。
例えば九寸名古屋帯「郷愁 」は、ご祖父様が亡くなり熊本の家から引っ越す手伝いをした際に、ご祖母様の気持ちを思い庭木を切って持ち帰り制作した作品。「梅でこんなきれいな色になるんだね」とご祖母様も驚かれたそうです。(朝日新聞デジタルの記事はこちら)
第55回西部伝統工芸展(令和3年度)奨励賞 受賞
小倉織 九寸名古屋帯「郷愁」
草木染料:梅、藍+ウコン/海島綿使用
小倉織 角帯「烏羽(からすば)」
草木染料:紫根、ビワ、藍+エンジュ、化学の黒
角帯はすべて「リバーシブル」。半分に折った際に印象が変わるよう工夫を凝らしています。全体の調和を保ちながら、左右で異なる表情を持たせる。締める人の遊び心を引き出すような工夫は、遠藤さんらしい感性の表れです。
また、本展示会では紬着尺も制作いただきました。小倉織の帯が映える着物を、と挑戦されたもので、紬、つまり素材は絹ですが、小倉織同様に草木染料で染めた糸で作られています。
紬着尺 「黄昏」
草木染料: ハナミズキ(鉄媒染)
今回の個展では、遠藤さんがこれまで積み重ねてきた研鑽と、これからに向けた希望を込めた数々の作品をご覧いただけます。小倉織の凛とした縞に柔らかさと詩情を重ねる遠藤さんの世界を、ぜひ会場でご体感ください。
遠藤聡子さんは会期中の3日間ご在廊され、10月11日(土)はぎゃらりートーク、12日(日)は作品解説のミニトーク会を開催します。
遠藤聡子さん 2024年6月 福岡県での工芸展示会場にて
作品コメントでもうかがえる、自然や人への優しいまなざしと繊細な感覚はどこからくるのか、制作風景とともに日々の暮らしやインスピレーションの源についてもお話をいただく予定です。ぜひ、ご来場・ご参加いただけましたら幸いです。
桜の季節の散歩道の風景(撮影:遠藤聡子さん)
旅先での上高地の風景(撮影:遠藤聡子さん)
小倉織 遠藤聡子展
会期:2025年10月10日(金)~13日(月・祝)
場所:銀座もとじ 和織、男のきもの、オンラインショップ
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ 和織・和染(女性のきもの) 03-3538-7878
銀座もとじ 男のきもの 03-5524-7472
(電話受付時間 11:00~19:00)
ぎゃらりートーク
日 時:10月11日(土)10時~11時【受付中】
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:40名様(無料・要予約)
作品解説
日 時:10月12日(日)14時~14時半【受付中】
10月13日(月・祝)14時~14時半【受付中】
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:10名様(無料・要予約)
作家在廊
10月10日(金)13時~18時
10月11日(土)、12日(日)11時~18時
10月13日(月・祝)11時~16時
遠藤聡子(えんどう さとこ)さんについて
福岡県北九州市生まれ。幼い頃から伝統工芸に興味があり、学生時代に地元に伝わる「小倉織」の存在を知り、大学卒業後より小倉織の第一人者である築城則子さんに師事。中学の非常勤講師を務めながら修業を重ねられ、2015年に独立。
縞のみの平織が主流だった小倉織に「絣」を取り入れることで、凛とした強さの中に柔らかな印象をもたらす新たな縞模様の表現を探求されています。築城則子さんの精神と手技を受け継ぎ、草木から丁寧に抽出された透明感のある色彩とハイセンスな色の組み合わせにより、小倉織に新たな風を吹き込んでいます。
1988年 福岡県北九州市生まれ
2011年 福岡教育大学教育学部中等美術科卒業後、築城則子氏主宰”遊生染織工房”にて小倉織を学ぶ
2015年 遊生染織工房を退職 北九州市にて工房を開き、個人で制作をはじめる
【出品歴など】
2016年 第72回福岡県美術展覧会/福岡県文化財団賞受賞(小倉織絣入帯「夜桜」)
2017年 第52回西部伝統工芸展 初入選
2017年 第73回福岡県美術展覧会/朝日新聞社賞受賞(小倉織絣入帯「涙」)
2018年 第52回伝統工芸染織展 初入選
2018年 第53回西部伝統工芸展/KAB熊本朝日放送賞受賞(小倉織絣入帯「牡丹雪」)
2019年 第54回西部伝統工芸展/朝日カルチャーセンター賞受賞(小倉織絣入帯「山鳴」)
2020年 第54回伝統工芸染織展/日本経済新聞社賞受賞(小倉織絣入帯「鉄の音」)
2021年 第55回西部伝統工芸展/奨励賞(小倉織帯「郷愁」)
2022年 第59回伝統工芸展初入選
2025年 第59回日本伝統工芸染織展/奨励賞・山陽新聞社賞(小倉織絣入帯「嘴」)