辻が花・小倉淳史~「過去」と「未来」の振幅の中から生まれる「現代」のものづくり~

辻が花・小倉淳史~「過去」と「未来」の振幅の中から生まれる「現代」のものづくり~

2015年1月22日より銀座もとじにて、2012年に続いて、2回目の小倉淳史氏の個展が開催されます。歴史とロマンある辻が花染めの、現代における魅力を小倉淳史氏の作品世界を通して、存分にご堪能いただけたらと心より願っております。

小倉淳史氏の制作活動は、「過去」と「未来」を行き来する。

「過去」とは、小倉淳史氏が30代より携わってきた、重要文化財を含む染織文化財の復元、修理の仕事を指す。

1980年代には、NHKの依頼によって国友家所蔵 徳川家康の小袖「亀甲重ね模様辻が花」、徳川美術館所蔵 徳川家康の小袖「葵紋散し辻が花」「槍梅模様辻が花」などの復元、

1990年代には、浅井長政婦人(お市の方)小袖「段模様肩裾辻が花」画中資料を切畑健氏の指導により再元、京都国立博物館所蔵の小袖「藤棚に亀甲つなぎ肩裾模様辻が花」の欠損部分の復元、

2004年には、CBC TVの依頼で徳川美術館所蔵 徳川家康の羽織「波にうさぎ模様辻が花」を復元、

2009年には、島根県太田市 岩見銀山世界遺産センターの依頼による徳川家康の丁字文小袖(重要文化財)を河上繁樹教授(関西学院大学)の指導で復元、

など、その他多くの復元、修理に携わってきた。

復元の仕事は、想像を越える困難さが伴う。2004年に行われた、徳川美術館所蔵 徳川家康の羽織「波にうさぎ模様辻が花」の復元に際しては、羽織りの一部の端切れが、25cm四方から細かなものまで、32くらいのピースに破けてばらばらになったものが、一冊の和綴じのノートに貼りつけられていたものが存在したのみ。縫い目の角度や家紋の位置などが、全体の構図を再現する手がかりだった。

ピースの揃っていないジグソーパズルのようなばらばらな端切れの集まりから、羽織全体がどのようなデザインだったか、どの柄がどこに位置していたかを解明していき、復元を試みて行ったという。

小倉淳史氏。ご自身で絞り染めしたベストを着て。
小倉淳史氏。ご自身で絞り染めしたベストを着て。

わずかな資料を手掛かりに、徳川家康が当時実際に纏っていたものをより正確に解明し、復元していく作業は、難航を極め、大変な時間を要したことは想像に難くない。

現在、その完成品は、徳川美術館に所蔵されている。こういった復元の仕事に携われる機会は、小倉氏にとって、「辻が花」がいかにして生まれ、花開いていったかという、“本物の辻が花”に触れることができる、貴重な経験となっている。

そして、“本物の辻が花”に触れた小倉氏は、そこから「未来」を志向する。
毎年、制作出品する「日本伝統工芸作品展」への挑戦として、辻が花染めの技法を駆使し、新たな発想や可能性を模索しながら、小倉氏ならではのセンスと知性にあふれた、工芸としての芸術性が高く感じられる作品の数々を発表してきた。

平成15年度 第32回日本伝統工芸近畿展では、絞り染訪問着「聴雨」が京都新聞社賞を、平成17年度 第39回日本伝統工芸染織展では、絞り染訪問着「秋夕」が日本工芸会会長賞を、平成21年度 第43回日本伝統工芸染織展では、絞り染訪問着「ひかり降る」が、山陽新聞社賞を受賞している。

絞り染めの技法による独特の「輪郭線」は、ある情景、ある季節、ある瞬間を留めた作品表現に、リズムや時間の流れや光や温度を感じさせる。見るものの心に作者が作品に込めた思いや物語が、情感的に伝わってくるようだ。

とくに、「ひかり降る」と題された絞り染訪問着では、左袖の上から右裾下に向かって、白いラインで降り注ぐ光を表している。柔らかな山吹色を背景に、灰色で描かれた山の稜線、そして浮かぶ大小の雲の合間を、光が天から地上に向かって放射状に降り注いでいく。色数は抑えられ、品格にあふれた全体の構図の中で、光が、きらめきながら散りばめられて広がっていく様子が、絞り染めによって表されている。“技法”が駆使されているのには違いないと思うが、極められた手技の存在を越えて、荘厳で神々しいまでの印象だ。

これら伝統工芸展への出品は、小倉氏にとって、「未来」を志向した作品づくりへの挑戦である。古典と向き合い、その時間軸の先に広がる表現は、未来的というより、深い精神性の反映が読みとられるように思え、興味深い世界だ。

左上から「シャクヤクにトクサ」」(紬)、「松皮菱辻が花」(ちりめん)、「雪散らし 雪輪辻が花」(紬)、右下左から「葵辻が花」(紬)、「蔓草うさぎ」(紬)、「桐に藤辻が花」(ちりめん)
左上から「シャクヤクにトクサ」」(紬)、「松皮菱辻が花」(ちりめん)、「雪散らし 雪輪辻が花」(紬)、右下左から「葵辻が花」(紬)、「蔓草うさぎ」(紬)、「桐に藤辻が花」(ちりめん)

そして、「過去」と「未来」を行き来する制作活動の振幅の中から、「現代」の小倉淳史氏の辻が花が生まれる。「現代」の作品に際立つ、理知的な美しさは、自己表現としての装いを求めて着物を纏う現代の人々への賛美のようだ。

「白」への意識、細い輪郭線や隈取りのぼかしに用いられる「墨色」、モチーフや背景を彩る「色」、それらの3者の調和が最も大切、と語る小倉淳史氏。そして、絞り染めに特徴的な「輪郭線」には、「ゆらぎ」という表現を用いていた。それらの要素は、“辻が花”たらしめる独特の魅力を形づくるものではないかと思う。

九寸名古屋帯 「桜 辻が花」
九寸名古屋帯 「桜 辻が花」

この作品が出来上がる前の下絵をお持ちくださいました。とても丁寧で美しい制作過程の仕事、下絵の柄の中には、染める時の色によって、「イ」「ロ」「ハ」と赤字で書き分けられている。