工房内の資料室でお話しされる浅野裕尚さん
[撮影:塩川雄也]
2024年12月6日(金)〜8日(日)に開催される織楽浅野展に向けて、京都・西陣にある工房を訪問。代表の浅野裕尚さんに、ものづくりで大切にされていることと、今回の展示会へ向けての思いを伺いました。
「織りを楽しむ」をコンセプトとした織楽浅野さんの看板
広い展示室に作品がずらりと並ぶ。これまでにデザインした柄は4000柄!
日々実感する織楽さんの帯のコーデ力
余白を残し、質感にこそこだわる
1980年に「織を楽しむ」をコンセプトとして創業された「織楽浅野」。前身となる「浅野織屋」を含めれば、今年で100年目を迎える歴史ある織屋さんです。
銀座もとじでは2005年に初個展を開催させていただき、今回で16回目を迎えます。完成された美しいデザインとコーディネート力は絶大な人気を誇り、実は私たちスタッフも日々頼りにしており、いつしか「困った時の織楽さん」を合言葉にするようになりました。
織楽浅野さんの帯一つで、紬の着物が「きれい目」コーデになる。古典的な柔らかものが「モダン」な印象になる。譲られた古い着物が「現代的」に見違える・・織楽浅野さんの帯は、着物と現代の街並みとの関係を調和させ、「今着るのにちょうど良いバランスに整えてくれる」不思議な力があります。
女性スタッフコーデ:左は軽めの付下げに織楽浅野さんの名古屋帯、右は大島紬に織楽浅野さんの名古屋帯を合わせた装い。質感にこだわり色数を抑えているので帯締めの色が効きコーディネートしやすい。
男性スタッフコーデ:紬に合わせてカジュアル、お召・羽織に合わせてセミフォーマル、袴下まで幅広いシーンに活躍。裏地に糸が渡らない特別な織技法のためすっきりと静かな佇まいを叶える。
浅野さんはよく「美は、それ固有のものではなく、物と物の関係性にある」と仰います。谷崎潤一郎が「陰影礼讃※」の中で述べている日本ならではの美意識を、浅野さんはものづくりの根幹に置かれているとのことです。
「帯だけで100点満点を目指しても意味がないわけです。帯は着物との出会いがあり、帯締め帯揚げの組み合わせがあり、尚かつ着る方の美しさがあって、それぞれが引き立て合うことが大切です。」
そのため、常に「他要素が入り込む余白を残す」ということを意識されているとのこと。色数を抑え、模様を支える素地や地風、質感やニュアンスにこそこだわりを持って織の設計をする。織楽浅野さんの帯がコーディネートしやすいのは、浅野さんが「コーディネートしやすいように」緻密に考えて作っていらっしゃるからなのです。
※陰翳礼讃(いんえいらいさん):1933年 谷崎潤一郎著。「美は物体にあるのではなく、物体と物体とが作り出す陰翳のあや(明暗)にある」と述べ、日本独自の美しさをその陰影美の中に見出している。(青空文庫に全文が公開されています。)
伝統はかつてアバンギャルドだった
その当時のパワーを感じながら創作する
織楽浅野さんの工房には大きな資料庫があり、お父様と共に時間をかけて蒐集してきたデザイン書や雑誌、絵画、美術展のポスター、砥石や竹箸、毛筆等、様々なマテリアルが膨大に、かつ整然とコレクションされています。
「今みたいにネットで検索したらすぐに答えが出る時代ではなかったですから。資料は現物を集めるしかなかったんです」
雑誌は必要箇所を切り抜いてスクラップブックに整理。デザインソースとして、織楽浅野オリジナルのデータベースを作る意識で家内工業的に行っていたそうです。
「もし現代に生まれていたら、ここまで収集しなかったですか?」と質問すると、
「これほどは集めないでしょうね。アナログは場所をとりますから。本も背表紙が傷んできますしね。」
と笑いながらも、今では手に入らないものも多数あり、またネット検索にはないアナログの良さも確実にあると仰います。
「今の検索方法は目的にいかに早くたどり着くかだけれど、アナログの場合は探している途中で、あれ?これも面白いね、と寄り道ができて、それがまた次の時に役に立つんです。答えへの至り方が、より豊かですよね。」
コレクションの中には、1000年以上前のコプト文明やペルシャ文明の織物もあります。
「伝統的な織物を、私たちは歴史があるから良い織物だと思ってしまいますが、そうではありません。発表された当時は世の中に対して『どやねん!』という、見たこともないような迫力や美しさを持っていた、アバンギャルドだったわけです。それを皆が大事にして残したからこそ1200年経っても存在し、価値があるのです。」
正倉院であれ蒔絵であれ、過去のデザインからインスピレーションを得て作る時には、古の作り手の『どやねん!』という、生まれた時のエネルギーのようなものを持たせることを大事にされているとのこと。そしてより美しく、現代の装いに合わせて洗練させることを意識されているそうです。
織楽浅野さんが考える今の時代の「洗練」とは、具体的にはどういうことかを伺うと、少し考えて「“軽さ”と“きれい”かな。そして、光沢と上質感。」と答えられました。
「綺麗」でも「キレイ」でもなく、ひらがなの「きれい」。
中国から漢字が伝わり、ひらがなが生まれ、日本独自の文化が完成されてゆきました。ひらがな自体に「余白の美」やしなやかさ、軽やかなリズムといった、日本の美意識が表れています。
世界に伝わる様々な美が織楽浅野さんのフィルターを介して、漢字からひらがなが生まれるがごとく、軽やかにきれいに、着物や帯という実用の美となって目の前に届けられているのです。
テーマは「クリムト」と「セセッシオン」
ウィーンで見た感動が詰まった作品群
「ウィーンへ行こう!そう突然、ひらめき、芸術の都ウィーンへ」
今回の個展の案内文にもあるように、浅野さんは今年の夏にウィーンへ、インスピレーションを求める旅に出かけました。朝早い時間に着いて最初に入った旧ハプスブルク家邸宅だったアルベルティーナ美術館に始まり、見るもの全てが感動の連続だったそうです。
クリムトが描いた装飾壁画、分離派会館の月桂樹のドーム、ヴェルべデーレ宮などをアイデアの源として、1900年代に解き放たれたエネルギーを吸収し作品に再注入された、織楽浅野さんの新作の数々をぜひご覧ください。
12月7日(土)には「和織・和染」にて、浅野さんをお迎えしぎゃらりートークを開催。また8日(日)は「男のきもの店」にて、角帯や広幅着尺など男ものに特化したトーク会を初企画!
ウィーンでのお話、作品制作へのこだわりを伺う貴重な機会ですので、ぜひご参加ください。
作品の一部をご紹介します。
九寸名古屋帯「クリムト幻影」
【浅野裕尚さん コメント】
ベルギーの実業家 アドルフ ストクレーが自宅の居間に頼んだ壁画。クリムト作「期待」を象徴する女性像の衣服に描かれた三角形の鱗文様を元に段替わりで変化する地の組み合わせを意匠として用いています。三角形のモチーフはウイーン工房の好んだ形と言われており、琳派の流水や能装束の鱗文様をこのモチーフに感じ、ジャポニズムとしての日本文化の影響を感じ取ることができます。
西陣織 九寸名古屋帯「クリムト花飾文」
【浅野裕尚さん コメント】
一番、実物を見たかった、ウイーン美術史美術館にあるクリムトの描いた古代ギリシャ、古代エジプト、イタリア古典美術をテーマにした装飾壁画です。聖女の着ている衣服の文様をモチーフにしております。もとはダマスク織で中近東の影響を受けイタリアに入ってきた文様です。非常にバランスがとれ、整った美しさを大切に、地色とアイボリーの対比に金糸と箔でアクセントをつけています。
九寸名古屋帯「パルケット」
【浅野裕尚さん コメント】
アルベルティーナ美術館の床には様々な種類の木材を使用して寄木の手法で象嵌のような表現のフローリングでした。床にあった唐草文様をアレンジしています。朱子地の倍越という組織を基本に素材の違いを表現するように織組織と色合いに変化をつけて織り上げています。パルケットとはフローリングの装飾的効果として木材をモザイクのように敷き詰める寄木張りを意味します。
角帯「木瓜文」
(手先にワンポイント)
【浅野裕尚さん コメント】
デザインはウィーン工房の工芸デザインからヒントを得ています。中東の窓枠のような割り付けの影響を感じますが、和柄の木瓜文の印象から木瓜文と名付けています。
角帯「スターダスト」
(手先にワンポイント)
【浅野裕尚さん コメント】
クリムトの画に描かれた複雑な表情に菱型の文様が見え隠れする様を織で表現しています。三色の色が複雑に交差するように組み合わせ、ポイントとして菱模様の表面が変化しながら浮かび上がるように織り上げています。色の組み合わせが従来の作品より変化を増しており、着物とのコーディネートを楽しんで頂けると思います。
下に3色ランダムに入れて、そのうちの1色で菱を織りなした意匠で、女性ものなら菱を目立たせますが、男性ものは菱の色を抑えてシックに仕上げています。
小紋 染着尺「型染 格子文」
【浅野裕尚さん コメント】
一見、織のような表情を持つ格子の組み合わせです。織と染のあいだ、ゆらぐような感覚がやさしく不思議な印象です。織のよさ、染のよさ、併せ持つ着物ができればと願っています。
ウィーンへ行こう!
そう突然、ひらめき、芸術の都ウィーンへ。
真夏のベルヴェデーレ宮やゼツェシオンをはじめ、すべてが感動的な美しさ。
王宮の古典的な様式に対し、世紀末に新しいムーブメントとなった 分離派やクリムト、シーレ、そしてウィーン工房の作品などには 日本の美の影響も存在します。
幻想 世界が移り変わるとき、ウィーンが解き放ったエネルギーが 今回の制作の核となっています。
会期:2024年12月6日(金)~12月8日(日)
場所:銀座もとじ和織、男のきもの、オンラインショップ
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ 和織03-3538-7878
銀座もとじ 男のきもの 03-5524-7472
ぎゃらりートーク①
日 時:12月7日(土)10時~11時【受付中】
場 所:銀座もとじ 和織
定 員: 40名様(無料・要予約)
ぎゃらりートーク②(男性向け)
日 時:12月8日(日)10時~11時【受付中】
場 所:男のきもの
定 員: 20名様(無料・要予約)
作品解説
日 時:12月8日(日)14時~14時半【受付中】
場 所:銀座もとじ 和織
定 員:10名様
作家在廊
12月6日(金)13時~18時
12月7日(土)11時~18時
12月8日(日)11時~18時