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墨流し染め作家 高橋孝之さんの工房を訪ねました

墨流し染め作家 高橋孝之さん 2011年4月、墨流し染め作家 高橋孝之(たかはしたかゆき)さんの工房を訪ねました。
染の高孝さん工房入り口
アジア、エスニックなどの料理店がひしめく多国籍な街、そして、多くの学生たちで賑わう活気ある街、新宿区高田馬場。早稲田通りから神田川へ向かって5分ほど奥の通りに進むと、表通りの喧騒とはうってかわり、下町風情の閑静な住宅街に辿り着きます。かつて、明治時代から昭和30年ごろまで、水質に恵まれた神田川や妙正寺川流域には染色工場が立ち並び、京都や金沢と並ぶ染色の三大産地として栄えていました。高橋孝之さんの工房も、その界隈にあります。
高橋さんの工房に到着すると、玄関の引き戸を縁取る、柔らかい陽の光を集めた木々や草花に迎えられて、心弾みながら工房見学開始です。
高橋孝之さんは、お父様の世代から、染めのお仕事に携わられていて、その後を継ぐ形で1974年に独立し、「染の高孝」を開きます。染芸展の関東経済産業局長賞(染芸展最高位の賞)や第34回日本染織作家展のセイコきもの文化財団賞などさまざまな公募展などで、多数の入選や入賞を重ねられています。凛とした職人の表情と、明るく気さくな、暖かいお人柄を兼ね備えた魅力的な方です。“墨流し”とは、風流な耳心地の言葉ですが、どのようなものをイメージされるでしょうか?水の上に墨汁を流すと、墨汁が水に溶け込まずに、水面の流動性の中で、模様を描きます。
高橋孝之さん
すでに9世紀には、古今和歌集にも墨流しのことが歌に詠まれており、古典的な技法として古くから存在していたようです。平安時代には、墨流しの模様が施された美しい和紙が、文字を書くための料紙として用いられていました。墨流しの模様に金銀が散りばめられた華やかな和紙に紀貫之や小野妹子らの和歌が書かれた「三十六人家集」という平安後期の歌集は、最古の装飾写本として国宝ともなっています。 水面に映る墨流しの模様を紙などに写す技術は日本が発祥といわれ、14〜15世紀にはシルクロードを経て西洋に伝えられ、マーブリング(マーブル=大理石)という名前で、模様の転写技術として伝わり定着したと言われています。
墨流し染め
高橋孝之さんは、もともと手描き友禅染や一珍染の作家でしたが、20年ほど前に京都において、墨流しで染められた着尺を目にしたことがきっかけで、その模様に惚れ込み、自身で試行錯誤、研究を重ねて、現在の墨流しの技法を確立しました。工房には、約14mほどの水平に置かれた水槽があります。そこには、水が張られていますが、それは単なる水ではなく、水面の流動性を適度に押さえるために、とろみのついた液体が用いられています。その液体が何なのかといういことは、企業秘密! とのことです。
作業場には何色もの顔料が用意されていますが、平均的には3色程度を使って墨流しをしていくとバランス良く出来上がっていくそうです。中には、もっと多色使いのビビッドな作品もありました。
水平に設置された水槽の水に、まずは、今回はブルー系の顔料から、筆を使って上からリズミカルに垂らしていきます。一反分の長さにわたって、顔料を少しずつ落としていきますが、落とした顔料がゆっくり広がっていき、水の中に溶け込んでいこうとします。完全には、水に溶け込むことなく、その淡い色を残してとどまります。その上から次の顔料を筆で落としていくと、その顔料が最初の色をその外側へと少し押し広げ、また次に落とした色がその前の色をまた少し外側へと押し広げていきます。
高橋孝之さん
顔料同士は馴染まず、水面で色と色がスペースをゆずりあっているかのようです。 墨流し染め工程 顔料を何色か落とし終えたところで、竹串で作った櫛のようなものや先に紐のついた棒のようなものなど色々な小道具を使い、繰り返し均等にかき混ぜるような技法でさらに装飾を加えていきます。その装飾はまるで、孔雀の羽模様やうずまき、観世水や藤の花房といった、古典的な和の模様に例えられそうな、さまざまな美しい表情を描き出します。 墨流し染め工程 小道具による装飾が終わると、伸子張りした反物の白生地を両サイドから二名で呼吸を合わせてそっと下ろします。すると一瞬にして、それまでに水面で描き上げてきた墨流しの模様が、白生地に転写され、見事な墨流しの浴衣の反物が出来上がります。白生地にマーブル模様が写し取られると、水面は、その白生地の部分だけ、すっかり透明になっています。模様がすべて吸い取られるように白生地に転写される瞬間は、まるで魔法のようで、大変神秘的でした。伸子張りした白生地は、下ろすのも引き上げるのも、二人の息が合っていないと綺麗に染まりません。手際よく行われる転写の技も見事です。 水面の流動性は、再現不可能で、二度と戻らない一瞬一瞬の連続です。墨流しは、その一瞬をとらえ、形として残し、美に昇華させたかのようです。 墨流し染め 墨流しの浴衣の模様には、清涼感があり、勢いがあり、斬新さがあり、粋であり、おしゃれであり、自由で、伸びやかです。そして、高橋さんの作品に写る色彩の世界には、高橋さんのお人柄が表れているように感じます。
古典と現代が融合した芸術性で、高橋さんの墨流しの浴衣は、わたしたちの夏を素敵に演出してくれるに違いありません。二度とは繰り返されない、一瞬の水の流れを捉えた中に表れた芸術性が、衣装となり、身にまとうことができる、なんとも贅沢な喜びを与えてくれる作品です。
墨流し染め

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