絹の光跡〜森康次 日本刺繡の世界〜|和織物語

森康次作 プラチナボーイ 九寸名古屋帯「きらめく」 480,000円
森康次作 プラチナボーイ 九寸名古屋帯「きらめく」 480,000円

森康次さんは、着物、帯、羽織に刺繡をほどこすことだけにとどまらず、絹糸がもつ美しさを最大限に引き出した平面作品にも挑んでいる。

額装「日本刺繡糸を使った造形」。芯棒に秩序正しく巻かれた無撚のままの刺繡糸を並べて組み合わせ、グラデーションから生まれる糸色の美を表現し、刺繡糸の可能性を探っている。

もうひとつは、交差、螺旋、光跡と題された、刺繡糸の交わりによる幾何学的な文様構成の試み。

実は、森さんに初めてお目にかかったとき、まず見せてくださったのがこの作品群だった。想像していたのは、菅繡、相良(さがら)繡、まつい繡などを駆使した日本刺繡だったから、いったいどうして刺繡作家の森さんがこの作品を作ったのだろうかと、整然とした絹糸アートを前に頭がこんがらがった。
「刺繡はつまるところ、糸の配列と交差なんですよ」
その究極のカタチ、ということだろうか。

羽衣羽織「風神雷神」 580,000円
羽衣羽織「風神雷神」 580,000円

あしらいの繡いから素繡へ

森さんは、昭和21年(1946年)京都の「ぬい屋」に生まれた。刺繡を専業とする家である。分業で成り立つ京都の着物産業を支える職方のひとつで、白生地を持って町内をひと回りすれば、絞りでも友禅でも着物が仕上がるという中京区の職人町にあり、「両親と姉さんと、通いの職人さん、誰かしらがいつも刺繡台に向かっている」環境だった。

物心ついたときには刺繡があり、後継ぎは長男という空気が色濃かった時代、森さんは15歳で家業に入った。戦後の着物ブームに湧いていた当時、仕事はいくらでもあったという。主力はあしらいの繡い仕事。
「友禅にね、金駒繡で菊の輪郭を刺したり、梅だったら、匂いって呼んでいるんですけど、雄しべや雌しべをね、友禅では糸目で白く抜けているところに梅の色に合わせて刺繡するんです」

すると、平面的な糸目友禅に立体感が加わって優雅に華やぐ。次々と回ってくるあしらいの仕事を、森さんはこなしていった。
「いろんなことせないけないね。初めてのものでも、教わりながら仕上げていく。その繰り返しです」

繡いの種類はもちろんのこと、糸の太さや撚り方、刺繡台に生地を張るときの加減などなど、森さんは、まず職人としてとことん技術を磨くことになる。
「大変とも思わなかったですよね。自然に仕事してました」

ところが、技術が身につくにつれ、次第にあしらいの仕事が物足りなくなってくる。
「古い染織品を見ると、友禅が生まれる江戸中期以前の、ことに桃山時代の小袖はすべて刺繡でしょ。主役を張れる表現方法なんだと気づいたんです」

刺繡技術と表現が絢爛豪華に花開いた桃山時代。飛鳥、奈良時代に仏教伝来とともに大陸より伝わった刺繡技術の、隙間なく面を埋めるキリキリとした大陸的な表現から時を経て、ゆったりと絹糸の光沢を見せる日本独自の刺繡に昇華された桃山小袖の美しさは、今も見る人の目を奪う。

友禅にあしらう部分的な刺繡に対して、刺繡だけの文様表現を、素繡(すぬい)という。これは、同じ刺繡ではあるけれど、真逆な世界だ。

「あしらいの仕事は、技術があればできるんです。届いた反物に早くきれいに刺繡すれば、いい仕事ができると喜ばれる」

ところが、素繡はゼロから始める仕事だ。まずは白生地の用意からで、着物の形、デザイン、色など、すべてを勉強しなければ手がけられない一貫制作。つまり、作家性が求められる。
「猛烈に新しいことが始まりました」
20歳の時、和装デザイナーの松尾馨氏に師事し、まずキモノデザインを習った。
「着物の構造と着るものとしてのイメージを学ばなければと思ったんです」
さらに日展画家の桑野むつ子氏に写生と水彩画を習う。
「とにかく写生をたくさんしましたね。一日一枚、と標語のように貼ってましたよ」

美術館、公募展でたくさんの工芸品を観るようにもなった。染織品は刺繡に限らず、染めや織りの好きな作風をしっかりと目に焼きつける。

現代刺繡作家から受けた刺激も大きい。
岸本景春氏の色、構図、生地選びの自由闊達。平野利太郎氏の線の美しさや奥行き。
森さんは、地下に根を張るようにして栄養を吸収していく。そして、39歳で初挑戦した日本伝統工芸展では初入選。作品に挑戦できる場を得たことで、素繡の可能性に光が差した。

プラチナボーイ 付け下げ(左)「三ツ割亀甲紋」 660,000円、 (右)「揺々」 630,000円
プラチナボーイ 付け下げ(左)「三ツ割亀甲紋」 660,000円、 (右)「揺々」 630,000円

高い技術をベースに新たな地平へ

現在の工房は、昭和55年(1980年)に移り住んだ北区の上賀茂にある。

社家町の明神川の流れと古い町並みにほど近く、比叡山が望める。葵祭の上賀茂神社、杜若の野生群落で知られる大田神社、賀茂川の流れと遊歩道。自然豊かな景観に恵まれ、おそらく仕事にも清々しい刺激を与えてくれる場所。
明るい窓辺で、森さんがデザインを決める作業を拝見した。刺繡といえば繡いの技法と思っていたのだが、何より大切なのはデザインだと森さんは言い切る。
「とにかく、たくさん描きますよ」
たとえば椿ならば、枝ぶり、葉っぱ、花。花は蕾から大きく開くまでを、正面、向うむきなど。枝は、たくさん花がついている枝、蕾だけの枝。ひたすらピースを描き分ける。

「頭の中にある構図に向かって、これらを組み合わせていくんです。小さなピースをどう置いたらより素敵になるか」
足りなければ描き足す。そうしてつなぎながら奥行きを出していく。もちろん、「文様から文様を写しはしません」。椿そのものを前にして、命ある姿をたくさん写すのだ。
今回の作品展のメインモチーフである幾何学文様の場合も、パーツの構築から始まる。

「ランダムに置くのではなくて、方向性の骨格を決めます。仕上がったときの安定感、素直な印象が大切です。感覚的に置くと文様が破綻するんです」
足して、引いて、移して、整理して。試行錯誤を繰り返し、最終的には着た姿のことを考えて微調整を加え、やっと完成するデザインをベースに、余白が生きるグラフィカルな刺繡が生み出される。
色が匂い立ち、しかも動きがある森さんの作品は従来の日本刺繡の概念を覆す魅力がある。柔らかに空間に遊ぶような。放射状に伸びやかに広がるような。彼方の消失点へと向かっていくような。先端から光の粒を散らしながら……。

ごく細い先端の表現は下絵が肝心だという。もちろん、適切な繡い技法を選ぶことが基本だが、どんなに細い糸で繡っても下絵で細く表現できていなければ、仕上がりはうまくいかない。「そんな場合は、型紙で細い線を彫って摺り込むんです。手描きでは限界がありますから」

刺繡の下絵に型紙。
「よく使うんですよ」と森さんはこともなげに言うが、同じ柄を繰り返す際などの合理的な使い方ではなく、細い線のために用いるとは。優れた作り手は、基本的な技法をスタートラインに、独自の工夫をそれぞれ凝らしていく。その工夫の積み重ねが作風の重要な要素となる。

絹糸の色についても、興味を引かれる工夫があった。工房にある壁一面の糸簞笥には、約2,800色の糸が常備されている。必要な色をそのつど染めるのではなく、パレットのように欲しい色を用意している。さらに、この色とこの色の中間が必要になれば、二本の糸を撚り合わせる。この技法は古くよりある杢糸の応用で、杢糸の場合は、いかにも二色が混ざっている糸になる。が、透明感ある薄色を多用する森さんは、淡いブルーと淡いグリーンを混ぜ合わせる。そうすると、それぞれの糸色と艶が照らし合って、新たなミントカラーになるのだ。21中(約21デニール)の糸を10本から12本合糸して一本の糸にする刺繡糸は、割って使えるからこそ、細さを按配できるし、色を混ぜることもできる。水彩画を学んで得た色の表現を、伝統技法の発展型で刺繡に取り込んでいく。

繊細で緻密な感性を駆使しながら、森さんは着るものの装飾として刺繡をまとめ上げる。生地の質、地色、刺繡糸の色選び、糸の太さや撚り加減、繡い技法の設定が決まれば、あとはひたすら、ひと針、ひと針。右手は生地の上から下へ、左手は生地の下から上へ。日本刺繡独特の両手使いでの根気仕事は、安定した時間だという。

森さんはリズミカルに手を動かしながら、糸の配列や交差を見つめ、やわらかな艶や影響し合う色に心震わせる。なんと美しい、絹糸が描く光の軌跡。
ああ、そうか。そこから生まれた平面作品なのだ。

ジェンダーフリーな現代的作風

平面作品は、しかし仕事の最終地点ではない。日本刺繡の可能性として模索しながら生まれたアートは、着物や帯に還元される。独自の変わり繡いが多いのも、きっと絹糸の魅力を最優先すればこそ。相互に影響を与えながら表現の地平を広げているのだろう。
森さんが仕事をする隣で、弟子の佐藤未知さんが黙々と刺繡している。10年前に森さんが、ホームページで募集した後継者だ。なんと大胆な手段、と思ったけれど、真に熱意ある若い人とインターネットを介して出会える時代になったのだ。

彼女が手がけているのは男物の紗の羽織地。グレーの地色に同系色で菱を散らしたモチーフは、女性にもよさそう、と思って、ふと気づく。森さんの意匠や色は、甘すぎず、辛すぎず、ジェンダーフリーな匂いを醸し出している。銀座もとじの店主 泉二弘明さんが森さんの仕事に惚れ込んだのも、卓越した技術やセンスとともに、今の時代に身に纏いたい刺繡を、確実に表現する現代性があるからこそではないだろうか。

刺繡の面白さは生地と糸のハーモニーにもある。プラチナボーイを中心に、光沢ある生地の上に展開する森さんの新作を、春の光のもとで見てみたい。

註1:以下、作家の言葉は、この時および2014年6月4日の取材による。
註2:外舘和子「浮き立つ文様の詩情―海老ケ瀬順子の縠織」『和織物語』2017年4月25日、3頁。

執筆者: 田中敦子