久留米絣 松枝哲哉・小夜子 – 二人展|和織物語

久留米絣 松枝哲哉・小夜子 - 二人展|和織物語

日本の「織り作家」として

日本の染織作家は、一般に友禅や型染など「染め」の作家と、紬や絣などの「織り」の作家に大別される。
松枝哲哉・小夜子夫妻は、久留米絣の技術をもって表現する「織り」の作家ということになる。

しかし、日本の染織作家にとって、染めと織りとは、単純に二分されるのではなく、むしろ分かちがたく繋がっている。織られた布に模様を染める作家が「染めの作家」、染めた糸で模様を織り上げる作家が「織りの作家」だが、日本の場合、「染めの作家」は織りを吟味して染める布を選び、「織の作家」は糸の染め具合を吟味して織っていく。

とりわけ松枝哲哉のように、糸の染めそのものを織りの作家自身が自ら手掛けるケースは日本に顕著な作家のあり方である。松枝小夜子もまた、夫・哲哉の染めの現場を支えながら、天然藍にこだわり、織りの仕事を行うというスタンスをとる。

西洋の作家のテキスタイルでは、結果としての布のデザインのみが重視され、糸の染めは産業的な一工程としてしかみなされないことが普通だが、日本の染織作家は、糸の染めも創造の重要なプロセスとして捉えている。松枝夫妻が手掛ける絣織りの文様の冴え、布の風合いの美しさは、糸を染める藍や植物染料、染め方へのこだわりにも由来する。松枝哲哉・小夜子の絣織りは、そうした極めて日本的な染織観を反映してもいるのである。

久留米絣とは

松枝哲哉作「額の花」
松枝哲哉作「額の花」
海外にもインド、東南アジア、中央アジアなどに絣の技術はみられるが、日本では各地に地域の特色ある絣の技術が発達した。カラフルな海外の絣に比べ、藍を主体に絣が発達したことは、日本の絣の特徴である。

松枝夫妻が取り組む久留米絣の技術は、福岡県の久留米市を中心に発達し、広島の備後絣、愛媛の伊予絣とともに日本の三大絣に挙げられている。

久留米絣の発祥については、江戸時代後期に、まだ少女であった井上伝(いのうえ・でん 1788~1869)が、藍染めの古着の色あせた部分が模様のように見えることに興味を持ち、その布をほどいたところ、糸が斑上に白くなっていたことにヒントを得て考案したと伝えられている。

木綿糸を用いたシンプルな平織を基本とし、経糸・緯糸両方に絣糸を用いた絣模様を正確・緻密に織り上げ、また濃紺のみならず中間的なブルーを取り入れることで、モダンで高級感ある絣模様の織物として知られるようになった。

重要無形文化財としての久留米絣の技術

久留米絣の技術は、1957年に国の重要無形文化財にも指定され、その技術保持者会が1976年に認定を受けている。重要無形文化財の保持者には個人の認定と団体の認定があり、久留米絣は技術保持者会としての団体認定である。個人の認定者を「人間国宝」というならば、技術保持者会はいわば「団体国宝」といってもよいだろう。

2013年現在、重要無形文化財久留米絣技術保持者会の会員名簿には11名の工房代表者が名を連ね、松枝哲哉は工房「藍生庵」を統括する代表者である(註)。小夜子はその主要な会員であり、また、母・絹枝も会員である。

重要無形文化財としての指定条件は次の3点である。

1.手くびり(手括り)による絣糸を使うこと

2.純正天然藍で糸を染めること

3.投杼(なげひ)と呼ばれる緯糸(よこいと)を巻いた道具を用いて手機(てばた)で織ること

久留米絣の制作は、意匠の考案から絣糸の染め分け、織って整えるまでに約30もの工程を必要とするが、指定にあたっては、糸を染める染料(天然藍)、染めるための方法(手括り)から、織り機まで、要所に条件を課していることがわかる。とりわけタテヨコに絣糸を用いる久留米絣は、経絣のみ又は緯絣のみの絣よりも、一層多くの手仕事と緻密さが要求されるのである。

註:保持者会では本名の「松枝哲也」で登録している。

松枝哲哉の世界

松枝哲哉は、1955年、福岡県三潴(みつま)郡大木町に生まれた。久留米絣に作家性、創作性をもたらした祖父・松枝玉記のもと、少年期より久留米絣に親しんで育ち、中学生の頃には、藍の管理や藍染を担当していたという。哲哉は松枝家五代目となる。

今日の松枝哲哉の絣模様の特徴は、細かな絵絣の組み合わせがしばしば動きのある大きな半具象的模様の単位となり、さらにそれが上下に連続することで、空間の広がりを示唆するというもの。工房周辺で、日々目にし、感じる光や空気、豊かな自然がモチーフとなっている。1980年代前半、自身の制作を展覧会で発表し始めた当初は、幾何学的な文様を手掛けていたが、幾何学文の時代から既に、緻密で細かい仕事に意欲的に取り組んでいた。その細やかさ、繊細さは、絵絣が中心となった現在も随所にみられる。祖父・玉記が多様な絵柄を、メリハリを利かせつつ高密度で織り込んだ作風とは対照的に、哲哉の文様世界は全体に柔らかく風がそよぐような優しさがある。

淡藍を活かす

とりわけ濃藍と白、および藍と白の糸の交差によるグレー調以外に、中間的なブルー、久留米では淡藍(あわあい)と呼ばれる明るい藍、もしくはそれよりもう少し濃いを中藍(なかあい)、効果的に配することで、松枝哲哉は現代的で爽やかな文様表現を実現するに至った。

2010年、第57回日本伝統工芸展で日本工芸会会長賞を受賞した≪久留米絣着物「遥光」≫では、星空にたなびく銀河をイメージさせる意匠において、淡藍が見る者の視線を導くポイントに用いられている。銀座もとじ代表・泉二弘明を一瞬にして魅了した作品であり、今回の個展開催のきっかけとなった着物である。

第56 回日本伝統工芸展入選 松枝哲哉作 雪花文「天地和合」
第56 回日本伝統工芸展入選 松枝哲哉作
雪花文「天地和合」

淡藍は、祖父・玉記も取り入れていたが、哲哉はさらに淡藍の染めに独自の工夫を凝らしている。単に藍が薄ければよいのであれば、藍甕に糸の束を浸ける回数を減らし、2、3回浸せばよい。しかし、作家は、水色の発色をより冴えたものにし、染めの堅牢度も高めるため、スクモ(藍の葉を発酵させたもの)の量を3分の1に減らした、濃藍とは異なる薄い藍の甕を準備し、20回程度繰り返し浸けることで、透明感があり、かつムラのない安定した淡藍の発色を実現し、作品に活かしている。

藍の管理を長く継続してきた作家ゆえの発見と工夫であり、「藍はいきもの」という松枝哲哉の、日常的な藍との対話が導いた手法でもあろう。

創案した意匠がより受け手を感動させうる魅力になり得るか否かは、デザインの新鮮さや織りの精度とともに、染めた色の冴えとコントラストが問題となる。並置された色が最大限引き立てあうためには、色の純度や明度が重要であり、白はどこまでも白く抜けていなければならない。作家は白主体の白絣も試みているが、化学藍と脱色による通常の白絣ではなく、あくまで括り防染による白を広範囲に用いた白絣である。

藍は、海外におけるインディゴ同様、大衆性や庶民性も魅力の内である。しかし、藍の品格と粋とは、洗練されたデザインとともに、白い部分を含め、発色の冴えが支えているのである。

水の重要性

左:松枝哲哉作「雨音」 右:松枝小夜子作「波の綾」
左:松枝哲哉作「雨音」
右:松枝小夜子作「波の綾」
松枝玉記の時代には三潴郡大木町で制作していたが、良い発色のための、良い水を求めて、松枝夫妻は1990年に現在の福岡県久留米市田主丸町竹野に工房を築いた。

金属分が混じることは、天然染料を用いる作家にとって、ときに致命的ともいえる発色の差をもたらす。そのことを玉記は身を以て感じており、松枝夫妻に水の良い場所へ工房を移すことを勧め、一緒に場所を探して歩いた末に見つけた土地であった。工房「藍生庵」の「藍生」は玉記の雅号からとったものである。

松枝小夜子の世界

松枝小夜子は1956年、熊本市に生まれた。絵画を志していたが、偶然百貨店の一角で織物に出会い、独学で織りを始め、1979年には、重要無形文化財「紬縞織・絣織」保持者・宗廣力三が主催する郡上工芸研究所に入所、2年ほど修行している。

その作風は大胆な幾何学模様を端正な織りの技術で展開していくものである。大きなパターンがもつ強さを、リズミカルな藍の諧調で力強く表現していく。

ラフな図案パターンを、経糸・緯糸の配分を記した絵紙で明確にし、さらに絵台に糸を貼った状態で微調整しながら、より効果的で正確な絣模様になるよう、墨で印をつけていく。

ともすれば絣にありがちな模様のあいまいさを極力抑え、大胆さがストレートに表現に変換されるよう、各工程で正確さを極めるのである。明快で変化に富んだ模様を、作家の周到で根気も集中力も要る作業が支えている。それは哲哉の絵絣においても同様である。

2012年春、筆者も審査にあたった第46回日本伝統工芸染織展で松枝小夜子の«絣織着物「春風花」»は日本経済新聞社賞を受賞した。

幾何学的ながら花を思わせる模様の単位を、菱形と六角形を重ねて連ねたような連続文様へと破たんなく拡げ、花びらが風に舞うような華やかさを示している。その爽快感を支えているのは、細部にわたる緻密な経緯絣の織りの技術であり、白のぬけの良さ、藍の色の冴えであろう。この作品にみる藍と白の饗宴もまた、銀座もとじ代表・泉二弘明を瞬時に捉え、この作者に会うために、すぐさま久留米に赴き、松枝哲哉・小夜子の二人展の実現へとこぎつけたのであった。

絵画のように絵の具でイメージを表すのでなく、糸が築き上げていく織物ならではの強さ、確かさに惹かれたという松枝小夜子の実感は、それを見る人、まとう人々にも感じられるに違いない。

松枝夫妻は、久留米絣以外にも、植物染料を用いて染めた糸で織物を制作しているが、藍の諧調のみで豊かさを表現できる作家だけに、多くの色数を一つの着物に取り込むよりも色同士の関係を最も大事にしている。

天然染料と丁寧な織りで作られた着物は、長く着るほどに発色の良さを示し、着心地の良さも楽しむことができる。

200年以上をかけて育まれてきた久留米絣の技術を、現代の文様世界にしてみせる松枝哲哉・小夜子の着物は、我々に藍や木綿の魅力を再発見させてくれるに違いない。

執筆者: 外舘和子