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深遠なる空間の美―北村武資の織|和織物語

著者:外舘和子(多摩美術大学教授)

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深遠なる空間の美―北村武資の織

 拙稿「織の構造美を創造する―北村武資の世界」(『和織物語』2014年8月25日発行)執筆のため、「羅」と「経錦」の重要無形文化材保持者(人間国宝)北村武資の工房を訪れたのは、2014年6月のことであった。
 2017年10月31日、改めて『和織物語』に北村武資論を書くため、再び京都の作家のもとを訪れた(註1)。通常、同じ作家を僅か3年の間に2度執筆するという例は余りないが、北村武資は、この作家と作品についてであれば書こうという意欲を掻き立てる稀有な作家の一人である。
 この度、3年振りとなる銀座もとじでの展示会が12月に開催される。今回は、羅をはじめ、経錦や羅文帛(羅のような雰囲気の織)など、この作家の主要な技法による作品が一堂に並び、なかでも羅金の最新作の一つ《袋帯「流文羅」》(2017年第51回日本伝統工芸染織展出品)が注目される。また男性用の羅の角帯など、北村作品としては従来みられなかった和装の品々も登場する。さらに参考作品として重層的な空間を示す《羅金袋帯「深山」》(2015年第49回日本伝統工芸染織展出品)や、“面”による金の花模様と“線”による金の花模様で構成された《羅地金襴袈裟裂「華陽」》なども併せて展示される。
 ことに近年、北村の羅が金を巧みに活かし、充実した展開を示している。総論としての北村武資論については冒頭の拙稿や『「織』北村武資作品選集』(2011年)の論考を参照頂くとして、本稿では近年の羅の表現に至るこの作家の織に対する姿勢と、グローバルな織物造形観を改めて掘り下げてみたい。

(左)<手前>羅金袋帯「七宝花丸文」、<奥>袋帯「四ツ目菱文羅」 (右)すべて 羅文帛着尺 (左)<手前>羅金袋帯「七宝花丸文」、<奥>袋帯「四ツ目菱文羅」 (右)すべて 羅文帛着尺

織の高度な技術者として

 北村武資は1935年、京都市下京区五条に生まれた。
 表具師であった父親を早くに亡くし、1951年、京都市立郁文中学校を卒業後、遠縁の紹介で、織物の町、西陣の機屋で見習工として修業を始めている。当時の西陣は至る所から機音が聞こえ、機道具屋、染屋、紋屋、糸屋、箔屋などあらゆる織物業の関係者が軒を連ねていたという。
 「いわゆる織物が好きとか、織物がきれいだからという理由でこの世界に入ったのではないのです」と北村は言う。まずは生計のためということであったろう。そして「エンジニアみたいな」――少なくとも当初は「技術的興味で」この仕事を続けてきたのだと作家は回想する。難しい織物であるほど、どうしたら織れるか、それを考え克服していくことに達成感を覚えた。「社会の役に立っている」という実感も湧いた。
 その姿勢は、より高度なレベルの技能と結果を目指すオリンピック選手にも似ている。一流のスポーツ選手とは、その卓越した技能や演技の美しさで国民を喜ばせ、世界を沸かせるが、究極的には自分自身との闘いである。北村武資もまさに、より高いハードルを越えようとする彼らのような姿勢で10代、20代を過ごしたのである。
 また、別な言い方をすれば、北村の制作姿勢は、文化系、芸術系の発想というよりもむしろ問題解決型の理数系、自然科学系の姿勢に近いものであった。例えば美しい生地がある。この織物がどのように織られたものか、残された生地から制作プロセスを想像する。研究者は理論で整合性を図るが、北村のような作り手、織の実践者は、織物と道具などとの間に介在する「作り手の手元」を具体的に想像することができる。その姿勢は1970年代に羅を研究する際にも活かされることになる。
 織物の作品世界において作家が探究する美しさにゴールはないが、受け手の注文に対しては的確な“答え”というものもあろう。北村は最も的確で正確な答えの出せる技術者であった。より高度な、より困難な課題に直面すればするほど、制作への意欲が増し、そうした課題の克服によって技術レベルを向上させ、制作を進めてきたのである。
 後に北村に弟子入りした一人で、現在、縠(こめ)織作家として知られる海老ケ瀬順子によれば、北村武資は「訊けば何でも答えてくれる頼もしい指導者」(註2)であった。これも北村の織物に対する幅広い知識と想像力、実践経験の豊富さを示していよう。
 北村は、青年期、様々な織の現場で経験を重ねながら、京都市染織試験場や成人向け講座などで織物理論や教養を学び、1959年から約1年半、龍村織物に勤務した後、1960年、25歳で京都に小さな機場を借りて独立。金襴、唐織などを精力的に手がけていった。
経錦着尺 (左)「忍冬小文」、(右)雪印亀甲 経錦着尺 (左)「忍冬小文」、(右)雪印亀甲

染織の技術者から染織作家へ―素材感を創意に活かす

 龍村織物で働いていた頃から、技術者として邁進していた北村武資の心の内に、ある変化が生じている。
 そもそも龍村織物に入社した理由は、1959年、龍村平蔵の展覧会を見たことがきっかけであった。壁掛けや装束、丸帯など、見たこともない織技やデザインに感銘を受けたと作家はいう。いわば北村の、“美しい織物”、“新しい織物”への開眼である。
 作家は独立した頃、装束や法衣の注文を数多く手がけている。北村いわく「絹の織物は神様に近い存在」である。それらは色、文様、糸使いまで細かい決まりごとの中で制作しなければならない。「過去の意匠や技術に学ぶことも多く仕事としても順調でしたが、注文通りの仕事ではなく、自分の色や模様で仕事がしたいと思うようになりました」。
 1963年から参加した友禅作家・森口華弘が主宰する染織研究会は、“創意“を学ぶ格好の場であった。森口らが所属する日本工芸会が「創作を志す伝統工芸の作家集団だと知って」、北村は1965年、同会主催の伝統工芸第2回日本染織展に《菱重市松文様帯》を初出品し、日本工芸会会長賞を受賞している。同年、第12回日本伝統工芸展でも《名古屋帯「厳流」》が入選。以後、作家は変わり織、紗などの技法による帯を中心に発表を続けていく。織の技術と素材感に裏付けられたそれらの作品は、どちらかといえば色数を抑えた渋い色調ながら、展覧会場において確かな存在感と説得力を示すこととなった。
 折しも1960年代は、様々な工芸や美術の領域で実験的な試みもなされた時代である。“素材感”は、工芸の根幹にして、当時の日本工芸会でも重要なテーマとされた。糸の種類や太さを選ぶことから創作が始まり、糸の結びつきによる織の構造そのものが模様になり、それが自ずと素材感を形成する北村の織物は、“素材感を活かした創造”に充分応えるものであった。とりわけ織の組織や密度に変化をつけ、結果として有機的な糸のうねりが現れる《帯「漣(さざなみ)」》(1968年)のような変わり織は、本質的な意味でのファイバーアート(繊維の芸術)としても注目されよう。
袋帯 (左)斑錦「蜻蛉斑錦」、(右上)経錦「奏楽文」、(右下)煌彩錦「子持格子」 袋帯 (左)斑錦「蜻蛉斑錦」、(右上)経錦「奏楽文」、(右下)煌彩錦「子持格子」

繊維の構造体としての深遠なる織物空間

 北村は「創作」を志して日本工芸会の会員になり発表を続けていくが、自作が真に創作物足りえるかと考える際には、迷いも生じる。厳密にいえば、織物に限らず、ゼロからの創作はありえない。しかし「いかに類型的なものにならないようにするか」を作家は常に強く意識してきた。様々な古典や名物裂を本や実物で見てきたが、作家は見たものをすぐに作品化するのでなく、充分に温め、時間をおいて咀嚼した後、制作に活かすようにしているという。類似品を作りたいのではなく、そこから大きく飛躍した新しい次元の作品にするためである。
 創作性の中身を模索していた頃、作家は羅と出会った。1972年のことである。既に1956年、羅の技法で重要無形文化財保持者に認定された喜多川平朗がその復元に大きな成果を見せていたが、北村は復元や、古典の再現的な表現にとどまることなく、1990年代には、「透文羅」のシリーズに代表される独創的な空間性を持つ羅の表現へと至っている。「透文羅」は、羅ならではの隙間の多い構造を活かしたダイナミックな動勢と奥行きを示す織物である。
 羅と出会った当初、「羅は機で織ったものというより、編物のように、機を使わない方法も思い描きました」と作家は回想する。全ての経糸が緯糸を介して捩れあいながら地と文様を築いていく羅は、いわゆる経糸と緯糸のストレートで垂直な交わりを基本とする日本の織の概念を逸脱する面がある。しかし、様々な織物をファイバー・ストラクチャー(繊維の構造体)として、広い視野で相対化しながら捉えてきた北村にとって、羅は無理なく入り込める世界であり、そこに、より新鮮で深遠な空間を築いてきた。
 最新作の一つ《袋帯「流文羅」》(2017年第51回日本伝統工芸染織展出品)は、水色の地に、幅のある金の帯が、流れる水のように蛇行し、そのはざまに生地の裏側を走る本金箔を使用した繊細な糸が水面の漣の如く煌きながら覗く。大きな文様の奥に細やかな糸の動きがあり、それらが全体としてハーモニーを奏でる作品は、羅の透ける構造を活かした深い奥行きのある空間表現である。それは光によっても、多彩な表情を示す。
 一方、1980年代から日本伝統工芸展でも発表されてきた北村の経錦においては、植物や幾何学形などの比較的大きな柄をデザインの単位として、絶妙な色糸の組み合わせにより、明快にして密度の高い図と地の関係を示す文様世界が展開されてきた。そうした経錦の作品も、生地の手前に現れる糸と奥に沈む糸とを制御することで生まれる、精緻にして“立体的な”文様世界である。触れれば一つ一つ手触りも異なる。どのような織物にも、ある厚みの内に、作家は確かなミクロの立体構造を築く。布は薄くとも“立体”なのである。
 糸という素材と、それが織り成す構造が築きあげる空間の中で、鮮やかな色も、渋い色調もそれぞれに確かな役割を担い、格調高く調和する。北村武資の織物には無限の宇宙の如き、深遠なる空間の美が広がっているのである。

 

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