型紙から拡げる染小紋 – 菊池宏美の世界|和織物語

型紙から拡げる染小紋 - 菊池宏美の世界|和織物語

江戸小紋の師・藍田正雄のもとで修業した菊池宏美は独立して5年。この度、銀座もとじで初めての個展を開催する。菊池が染めた反物を最初に世に出したのも銀座もとじであった。丁度2011年(平成23年)の東日本大震災の数日後、菊池の小紋が売れたことを作家は社長からの電話で知った。後にもとじの店先で持ち主の笑顔の着姿も見ている。世の中が重たい空気に包まれ、作家としての将来にも不安を抱えていた菊池にとって、制作を続けていく力を得た出来事であった。

効率よりも仕上がりに執拗に拘るこの作家の制作ペースは月2反程である。それはしばしば、染織産業の発達した地域の大工房で制作する作り手たちの要領の良さとは対照的な、個人で黙々と制作する作家の傾向でもある。ミクロの精度が全体の印象を左右する染の仕事にあっては、自分の求める水準と方向性に妥協はできないのである。

転職して染の道へ ― 藍田正雄の染と出会う

菊池宏美は1967年(昭和42年)、現在の仕事場のある群馬県伊勢崎市で生まれた。早稲田大学教育学部を卒業後、Sonyに入社するが、やる気に満ちた会社の仕事仲間とやり取りする中で、「本当に好きなこと」を模索するようになった。偶然、車で通りがかった前橋の呉服店に入ったのは、殆ど運命的である。菊池はここで藍田正雄の縞の着物に出会うのである。派手さはないが、静かな美しさと存在感を示す藍田の染に魅了された。近づくと細かな筋模様が毅然として媚びることなく並ぶ。藍と白のコントラストだけで成立するストイックな世界。しかし、羽織ると一転、華やかさもある。

江戸小紋は、もともと江戸時代に、大名らが贅沢を規制される中で発達した型染である。一見して分かりやすい豪華さではなく、あたかも無地かと思わせる抑制的な染の中に、驚くべき高密度の模様の宇宙を築き上げる―そうした江戸時代の武家社会の美意識をいわば極限にまで発達させた世界が、藍田の染の背後にはあった。

菊池は早速、藍田に会いに行き、1997年(平成9年)、会社を辞めて弟子入りする。師となる藍田は当初、大手企業の給料との違いを心配したが、菊池の意欲はそうした不安を一掃するものであった。最初は塾講師のアルバイトをしながらも、弟子入りを果たすのである。

徒弟制の中で学ぶ

織の世界に比べると、染はどちらかといえば男社会である。7メートルの一枚板の上に、半裸の男が水を口に含み、ぷーっと長板に霧を吹き付けるような風景が小紋の現場にはある。

しかし、師である藍田に男女の別を問う考えはなかった。工芸の世界においては、しばしば近代的な仕事をする男性作家が、いちはやく女性たちに門戸を開放する例が見られる。陶芸の富本憲吉や金重陶陽がそうであったように、藍田は小紋の世界におけるそうしたフェミニストの一人であった。菊池が弟子入りした折、既に工房には三人の女性が弟子として仕事をしており、他に男性が一人。ワイルドな染が、女性たちによって、次第にしなやかな染の現場に変わっていくような空気さえあった。但し、菊池自身はしばらく「つまさきから頭まで、糊だらけ」の状況であったという。制作の現場とは、真剣にのめり込めば、男も女もない世界なのである。

藍田の工房で菊池は、朝8時から夕方6時まで仕事した。最初は手習いとして小裂を染めて勉強したが、数か月もすると工房の反物を染めるようになった。熟練の職人なら十日程で染めるものを一か月半程かけて漸く世に出したものが、三年程後に「地直しができてない」と戻ってきたこともある。失敗も大きな経験となった。

染小紋のプロセスのポイント

染小紋の仕事で特に技術を問われるのは、「型付」(糊置)と「地直し」である。

「型付」では加湿器を置き、床に水をまき、仕事場の湿度を極力上げた状態で、生地を広げ、型紙を置き、糊を置いていく。型紙の模様に合わせ、作家の身体の動きも変化する。縞なら縞の方向に箆(へら)を動かし、糊を型紙の厚みすれすれに掻きとるように置く。あるいはランダムな模様なら端から横方向に、和紙一枚被る程度の厚みを残しながら糊を置く。使用する箆も模様に合わせて取り替える。繰り返し型を置く際、常に一ミリのずれも許されない、集中力と体力を要する作業だ。糊を置いた部分がマスキングされ、後で文様の白い線や点となる。

染めて糊を洗い流し、蒸した後に「地直し」をする。どれほど熟練した技術で型付をしても、型と型の継ぎ目に見える微かなラインや、生地全体の染料のムラは出る。これを消して整えていく工程が仕上がりを大きく左右する。極細の筆で細かい小紋の模様の粒と粒の間に隙間を作る。そして染料の水分を極力絞った小さな刷毛で掃くようにムラを馴染ませる。後で蒸した時の濃度を想定しての地直しである。これをどこまでやりきるかは、作り手の感性と美意識のレベル次第。精度を計るメジャーがある訳ではない。味として許すのか、あくまでも納得のいく水準に持っていくのか。いわば作り手の眼と感性が問われることになる。藍田の小紋にみる静謐な世界に迫るには、妥協するわけにいかないのである。

染色作家・菊池宏美として

徹底した技術の世界を経験して10年余りたったある日、菊池は隣で仕事をしていた師から、「そろそろ一人でやってみろ」と独立を促された。弟子入り当初は、独立して一人でやることなど全く考えたこともなかったが、師の言葉に後押しされて菊池は個人工房「よし菊」を立ち上げる。藍田から型付の為の長板を二枚譲り受け、機能的な仕事場を作った。幸運にも菊池の父は全面的に応援してくれた。かつて呉服商をしていた父にとっても、いわば夢を共有できるような仕事であったろう。「よし菊」は父の呉服屋時代の屋号でもある。名は菊池の祖父菊池吉光に由来するという。

独立すると、前述のような小紋のプロセスをほぼ一人で黙々と進めていくことになるのだが、作家としてスタートする以上は、技術以外の大きな課題が生じる。即ち菊池宏美としてどのような染の世界を築くのか、という課題である。「鮫」や「行儀」など歴史的な江戸小紋を確実に染める技術を養う一方で、作家としての個性も要求されるのである。

師である藍田からも「今のものを作れ」「平成の江戸小紋を」と言われてきた。伝統工芸の染とは、何か完成されたものに何とか追いつくよう努力する世界だと思っていた菊池の考え方は、既に修業時代に少しずつ変革されていた。さらに2002年(平成14年)には日本伝統工芸新作展に初入選、2013年(平成25年)には《江戸小紋着尺扱き縞ぼかし「破れ菱格子に花」》で第53回東日本伝統工芸新作展東京都知事賞を受賞するなど、展覧会で発表を重ねる中で、自分らしさを表現していくことが染の作家の使命であることを一層強く認識していった。

染小紋の創造性

では菊池のようないわゆる伊勢型紙を使う作り手の創造性とは、どのように生み出されるのであろうか。
それはまず型紙選びであり、型紙の準備である。制作意欲の高まるような、触発されるような型紙を求めて、作家はしばしば伊勢に通う。
型紙

パターンとして収まっているようなものよりも、一枚の型紙から大きな広がりを感じるものを選ぶことが多い。それは着物にしたいという意欲にもつながる。

かつて型紙を扱っていた型紙問屋で要求すると、奥の方から昔の面白い柄の型紙を出してくれることもある。特に近年注目しているのは珍しい中柄。これを小紋と組み合わせると新しい意外な意匠が生じることがある。小紋の模様内容と中柄のモチーフとに関連を持たせれば、模様を読み取る楽しみも生まれる。

あるいはまた、一枚の型紙を、型彫師に二種類の型紙に彫り分けてもらい別々に扱う。例えば「格子に菊」の型紙を見つけて、菊と格子を別々に彫ってもらい、菊だけ、あるいは格子だけを使ったり、それぞれを他の型紙と組み合わせたりして使う。それは現代の型彫師に古い型紙を彫り直して使うメリットでもある。型紙からアイデアを得るのである。

また染の段階でも創造性は生じる。隙間なく格子状の模様が並んだ型紙を単色で染めると均一な印象の地紋だが、ストライプ状に染めると、模様の中にタテの流れが生まれる。この時、無地部分でぷっつりと染め分けるのではなく、まさに模様の中央で色を変えることで、色彩の変化が緩やかに見え、グラデーションをかけたような柔らかいストライプになる。小紋の細やかさが見る者の視覚を優しく惑わすのである。
もともとの模様に方向のないことが特徴である江戸小紋にも、染で〝方向〟や〝流れ〟を生み出すことができ、それが作家の個性になっていく。この度の展覧会で並ぶ三種の絵羽もそうした多色染めが従来にない小紋の新しいイメージを生み出している。鱗青海波や寄せ縞の小紋が、染め色のストライプによって、新しい表情を獲得し、着物のフォルム全体の中で動き出すのである。

また、単色染であっても、例えばほのかに赤味のあるグレーで染めることで、従来の渋い江戸小紋とは異なるモダンなイメージが生じることがある。あるいは、模様の細かさのレベルに配慮しながら、縮緬など生地との組み合わせで新しい小紋を創出する。
つまり型紙の選択と発見、その扱い方、さらに染のトーンと多色使いや生地との組み合わせなど、昔ながらの伊勢型紙のデザインをベースにしながらも、あらゆるレベルで染の作家が創造性を発揮するポイントが存在するのである。

但し、どのようなデザインの型紙であっても、最終的には白との対比、白い部分のコントロールが肝要である。その染め分けの発色の美しさ、地直しのし易さは、生地の良し悪しにも左右される。特に繊細な染の仕事には、昨今の合成糊を用いた糸で織られた生地ではなく、昔ながらのでんぷん質のフノリを用いた糸で織った生地が望ましいという。染料の浸透度が細やかに制御し易く、風合いも良いからである。銀座もとじプロデュースのプラチナボーイの内でも壺糊縮緬と言われるフノリ使用のものは、より美しい染めの仕事を引き出すことができる。優れた染物の背景には、良い素材の提供がある。質の良い染織品は作家が一人で創りだせるものではなく、その素材や道具を提供する周辺の水準が同時に維持されていることも必要なのである。

この度の展覧会も、伝統の伊勢型紙、質の良い生地、そして染色作家・菊池宏美の技術とアイデアが結実したものである。男女を問わず身にまといたくなるような清々しい世界がそこにある。

(上)菊池宏美作 2点ともプラチナボーイ広幅 江戸小紋「七宝」、「極行儀」(下)菊池宏美作 2点ともプラチナボーイ 江戸小紋「極行儀」、「矢鱈縞」
(上)菊池宏美作 2点ともプラチナボーイ広幅 江戸小紋「七宝」、「極行儀」
(下)菊池宏美作 2点ともプラチナボーイ 江戸小紋「極行儀」、「矢鱈縞」

執筆者: 外舘和子