織楽浅野・代表 – 浅野裕尚さん|泉二の一口対談

第29回:織楽浅野 代表 浅野裕尚さん

浅野裕尚さん

<浅野裕尚(ひろたか)さんプロフィール>

「織を楽しむ」をコンセプトとして物づくりをする京都西陣の織屋「織楽浅野(しょくらくあさの)」の代表取締役。幼少の頃より休日は父親と共に美術館や本屋巡りをし「国宝級」や「日常的なもの」の中から自分の感性に合う、価値あるものを選ぶ眼を養う。大学3年生の時から2年間、徳田儀三氏に週3回、丁稚よろしく、修行に行き図案作りを覚える。卒業後更に1年間は徳田氏の元で図案作りの修行を継続。祖父の代から織屋を始め、父親の代にその母屋から独立し「織楽浅野」を創設。2代目となる裕尚さんは理想のもの創りを目指し、資料の分類整理を徹底し、世界中の美術書や織物、さまざまな和紙、筆、墨、箸、ポスターなどをコレクションしている。今年創業30年を迎えて更に新しい境地を目指している

出会いは10年前

泉二:

浅野さんとの出会いは10年前の平成12年、私どもが店舗「和織」を作った時に遡りますね。店舗をお尋ねくださった時がきっかけですが、実はお父様に20代の時にお目に掛っているんです。呉服関係者の勉強会で、工房をお尋ねしたのですが、その時見せていただいたコレクションの数に圧倒され、保存されていた糸の「色数」に驚き衝撃を受けました。その後、見せられた作品に更にびっくりして。当時はまだ煌びやかなものが受けていた時代だったのに、既に今風の金糸銀糸を使わないシンプルなお洒落を目指していて。「引き算の美学」を実践していらしたんですよね。いつかこういうものを扱いたいって切実に思いました。一目惚れと言ったら良いのでしょうか。

浅野裕尚さん(右)と店主 泉二(左)
浅野裕尚さん(右)と店主 泉二(左)

浅野:

そうですか! それは知らなかったです。私は泉二さんが「和織」をオープンされた時に噂や雑誌で「織物にこだわったお店がある。店づくりもコンセプトを貫いている」と聞いて「我が意を得たり」と思ってすぐに見に来ました。

泉二:

ありがとうございます。当時はまだ私どもには浅野さんの商品を扱える力がなくて、ご縁を持つまでにまた2年くらい掛かりましたよね。

浅野:

恐れ入ります。でも、人を介してですが、お互いが必要とした時にばっとご縁が深まりましたね。目指すものが一緒だったから

泉二:

本当に、私も「和織」の作って本当に幅が広がって嬉しかったです。それ以来、「織楽浅野」さんの展示会をする時は本当に楽しみです。

今年のテーマは『我が唯一の望みに』

泉二:

今回はまた違った雰囲気の帯や着物が揃いましたね。

浅野:

はい。今回、銀座もとじさんでの個展用に掲げたテーマが『我が唯一の望みに』なのですが、これはパリのクリニュー中世美術館にある15世紀末に織られた「貴婦人と一角獣」をモチーフにした6枚のタピスリーの題名のひとつです。

パリのクリニュー中世美術館のタピスリー
パリのクリニュー中世美術館のタピスリー

パリに行くことがあれば必ず訪問していました。初めて出会ったのは10年以上前ですが、今まで特別に何かを感じたわけではなかったのですが、昨年、おとずれた時に今までにない何かを感じました。これら6枚のタピスリーは円形のホールの1室にまとめられています。「味覚」「聴覚」「視覚」「嗅覚」「触覚」の五感が表現されたタピスリーに囲まれて過ごす時間は、自分の中で止まったように感じ、静かで深い刺激が私をとらえました。特に惹き付けられたのは「我が唯一の望みに」と言う6枚目のタピスリーです。諸説がありこのタピスリーが最初だと言う人もいれば、いや最後だと言う人もいます。私は後者の説なのですが、この作品は私に人生観みたいな問いかけを感じました。

泉二:

そうですか、ものすごく哲学的ですね。

浅野:

いえいえ、そんな大きなこととは違うんですよ。単純に「唯一の望みは? 」って尋ねられたら、私は即答出来ないんですね。仕事、家族、周りの事。物凄く考えてしまって選べないんです。で、その部屋で色々と自分に問い掛けていくうちに、それじゃ「物づくりでは? 」となって、このタペストリーに出てくるように、人の五感の次に出てくるものが『唯一の望み』なら、自分の作るものが「五感を超えて感動してもらえるものになっているのか? 」と。自己反省を繰り返していたら色々とひらめくものが出て来て、今までよりも更にステップアップした物づくりをしてみたくなったのです。そこから創作意欲が泉のように湧いてきましたね。

<上>織楽浅野:男のきもの・角帯 <下>中世のタピスリー
<上>織楽浅野:男のきもの・角帯
<下>中世のタピスリー

泉二:

今、浅野さんが仰った「創作意欲が泉のように湧いてきて」の「泉」は私達が30周年の節目として企画している新作展のテーマなんですよ。「泉のように湧きあがるイメージ」と「新たなスタート」と言う意味を込めて選んだんですね。今、浅野さんの口から同じ言葉が出てびっくりしました。お互いどこか考えているところは一緒ですね。

浅野:

そうですね。実は私も泉二さんと一緒でこの12月で30周年なんですよ。

で、是非、「織楽浅野のこれからの10年を見て欲しい、織楽浅野が進んでいく新たな第一歩が今回の個展」という思いがあって、物凄く意気込みを感じつつ帯作りをしました。銀座もとじさんでの個展で、これからの「織楽浅野」に期待して欲しいという思いです。

原点は変わらない

泉二:

私も信念は変わりませんが、浅野さんも物づくりの根底には確固たるものがあって変わりませんね。

浅野:

それはありますね。私は30歳くらいの時に父から掛けられた言葉に「ハッ」と思うことがありました。それは言葉、思想で物づくりをしてはどうかということです。色々と思い悩んでいた末に出会ったのが谷崎潤一郎の著書「陰翳礼讃」です。「美は物にあるのではなく物と物とが作りだす陰翳のあやにある」と言う一文に「これだ! ! 」と思いました。着物も帯もそれぞれが目立つのではなくお互いが協調しあってトータルして身に付けた人が綺麗に見えるのが一番良いと。私の作るものは着物を着る方にとってひとつのパーツだと思っています。だから私は「部品屋」です。帯自体の存在感もバランスもボリューム感も美しさも必要ですが、やはり着物と帯の両方を身につけてトータルの質感、奥行きとバランスがあって初めて本当の美になると思うんです。

泉二:

私もそう思います。最初はそこに存在する色が綺麗に見える為のバランスと言うのを考えましたが、年月を経ていくうちに、色は重ねられていくうちにそれぞれの色がお互いを引き立てているんだと気付きました。

織楽浅野:女性のきもの・名古屋帯
織楽浅野:女性のきもの・名古屋帯

十二単とかは正にその世界ですよね。そしてそういう世界こそ美しいのだと分かったんです。今、オスだけの蚕から作るプラチナボーイという糸を使って物づくりをしていますが、これこそ素材が素晴らしいから色は薄い色を重ねていくのが美しいと更に感じるようになりました。 お互いにクリエイティブな物づくりをしていきたいですね。

浅野:

それこそ「我が唯一の望み」だと思います。

若手に実地研修、今後に期待します

浅野:

先日、今回の個展の勉強に泉二さんがが社員さんを7名連れていらっしゃいましたよね。この大変な時期にお金と時間をかけて、半日、私の工房で勉強していただく。その日は他にも勉強に回っていてまた翌日は京都の仕入れに同行する。これは本当に素晴らしいと思いますね。実地勉強と体験ほど自分を育てる事はない。

泉二:

ありがとうございます。今回も「浅野さんの所に是非勉強に行きたい」という声が上がって、それならと選抜して数名連れて行きました。お忙しい中、浅野さんにはお時間を割いて頂いて本当にありがとうございます。皆、やはり実地で勉強に行くと「熱さ」が違うんですよ。本気に磨きがかかるというか。留守番組も出張組が帰ってきたらすぐに「教えて! 教えて! 」で翌日にはすぐに報告会でした。やはり自分で勉強するのが一番良いんですよね。私達が作り手に感謝を表すとしたらそれは一点でも多く、作り手が作ったも の良さをしっかり理解してお客様に確実に伝えること。それには自分たちの目で見て、手で触れて、その場の空気を吸う事だと思います。そして自分達が納得した本当に良いと思うものを仕入れて、自分で販売するというのが大切なんです。 だから織楽浅野さんの作品には凄く力が入っていますよ。今回も皆やる気十分ですよ。

浅野:

それはひしひしと感じます。僕もみなさんの姿を見たら更に「物づくりに励まないと、そして負けてはいられない」と思いましたから。

泉二:

お互いに31年目に向けて頑張って行きたいですね。 今日はありがとうございました。

[対談日:2010/10/08 筆:荒井博子]