染織作家・本郷孝文さん|泉二の一口対談

第19回:染織作家 本郷孝文(ほんごうたかゆき)さん

<本郷 孝文 プロフィール>

1944年長野県松本市生まれ。
大学進学とともに映画映像の世界に身を投じる。
25歳のときに実家に戻り、織の世界に入る。実家は三代続く機屋。
民藝運動の創始者、柳宗悦氏の甥、染織界の大家柳悦博氏を師と仰ぐ。
本郷孝文さん(右)と店主泉二
本郷孝文さん(右)と店主泉二

氏の教えから、着物を実用と考え、新しい仕立ておろしの着物でも袖を通したそのときから着た人の身体に馴染むように最高の糸使いで織り上げることを追求している。

家具の温もりは

泉二:

こんにちは。今日は宜しくお願いします。

本郷:

こちらこそ遠方からお越しいただいてありがとうございます。

本郷孝文さん対談

泉二:

通りを入って直ぐとは思えないほど、とっても落ち着いた風情のある工房ですね。この何気なく置いてある道具の数々が凄く温かみがある。

本郷:

そうですか。普段から見慣れていると特に感じなくなっちゃうんですけど、改めて言われると家では、金属が混じっている家具はほとんどないですね。古道具好きだった父の集めた木工の家具が結構あるんですね。

泉二:

黒光りしているところなんて凄く良いですね。人間と同じで温かみがある。このちゃぶ台などは凄く郷愁を感じますよ。

本郷:

あははは。そうですね。ずいぶん使ってきましたから。これは私の子供の頃からですから、かれこれ50年くらいは使われていますよ。ここではお茶も飲むし、図案も描くし、アイロンも掛ける。

本郷孝文さん対談

何でも使える台ですね。それにここで何かをするのはとても落ち着くんですよ。

泉二:

昔は家族でひとつの台を使うというのが普通でしたよね。私の店は「木と紙と石」を題材にして造っているんですが、年月を経たらこの本郷家の様な温かみと落ち着きがより一層滲み出る家具になってくれていたら嬉しいですね。木の温もりが安らぎを与えてくれますから。

着心地の良い着物を作る

泉二:

この工房から醸し出されている温かい雰囲気と一緒で、本郷さんの作るお着物は「着心地が凄くいい」と評判ですが、どんな点を工夫されているんですか?

本郷:

着物は実用だと思うんです。実用と言っても普段着を意味しているわけではなく私が考えるのは「着ることによって用を成す」と言う意味なんですね。
しかし、近頃は昔の人のように毎日着物で生活するわけではないので着物を着る回数が減っている。だから着て着物が身体に馴染むまでの歳月が昔と同じ作り方で作ったのではなかなか自分の身体に馴染まない。私は着物が身体に馴染むまでの時間を作り手によって短縮しよう、着た人が喜ぶ着物を作ろうと考えたんです。
そこでこだわったのが「糸の撚り」でした。撚りの回数を減らすと布地は柔らかくなります。しかし反面、堅牢度が落ちてしまうので長持ちしなくなる。いつも撚りと堅牢度のせめぎ合いでした。今はその限界線で糸を作ることに落ち着きました。通常では経糸は210回の撚りを掛けますが、私の場合は130回の撚りで風合いを良く仕上げます。でもその分、機の打ち込みはしっかりやります。

泉二:

なるほど・・・堅牢でしかも着心地の良い着物を織るためには色々と苦心があったんですね。仰るように身体に馴染むまで着尽くすと言うのは現代では余り無いことですよね。その辺の細かい配慮が着物愛好者の方に支持される所以なのでしょうね。

常時20種類程の織が出来る

本郷孝文さん

泉二:

それにしても織物の種類が豊富ですね。「吉野織」「ロートン織」「綾織」「花織」。

えっとこれは、「しず機織」かな? ? 「浮織」もある。1人でこれだけの種類の織物を織り上げる人は少ないですよね。

本郷:

そうですね。ジャガードを使わない手機で常時20種類程の織物を作る人は少ないかもしれません。

泉二:

どうやって学んだんですか?

本郷孝文さん

本郷:

私の師は柳悦博先生なんですね。でも直接手を下して教えてくださったのではなく、「“いいもの”、“美しいもの”と言う染織の美の目安」を教えてくれたんです。

「美への感じ方」「見方」「デザイン」など口では表現できない“間”ですね。そして着物は実用だと言うことも知らしめてくれました。柳先生が父の知人だったこともあり、若い時は、月に一度くらいは、松本にいらっしゃってその度に必ず私の自宅に寄ってくださって沢山の織物の見本を見せてくれたのです。その資料を見ていたら凄く興味が沸いてしまってね。次々に自分であ~だこ~だと解析して織り上げてみる。その繰り返しで色々な種類の織を身に付けました。

泉二:

すごいですね。ひとつの織物に何種類かの織が入っているなんてそれだけでもうびっくりですよ。その上にデザインが凄くモダンですよね。

本郷孝文さん

本郷:

そうですか。そう言っていただくと嬉しいです。着物を作るのは絵を描くことと凄く似ていると思うんですね。無駄なものは極力無くして行く事をいつも考えています。

泉二:

私も同感です。今の「美」は「引き算の美学」だと思うんですよ。私もオリジナルな着物をお願いするときは、なるべくお召しになる人の個性が引き出されるようにシンプルに仕上げることを目指しています。

濁った色から澄んだ色へ

泉二:

先ほど工房の入り口で染めていらしたのは何染めですか? とってもシックで良い色に上がっていましたよね。

本郷:

あれはくるみで染めています。松本は周りに海が無いこともあって昔からたんぱく質源に乏しかったんですね。それで唯一のたんぱく質源として各家庭では必ず敷地内にくるみを植えてその実からたんぱく質を摂取していたんです。だから何処にでもくるみはあるんですよ。

本郷孝文さん

泉二:

そういえば工房の入り口に緑色のくるみがたわわに実っていましたね。

本郷:

そうです。あのくるみの緑の皮を採って干して煮て染液を作ります。

色の濃いものは難しいですが、薄めの色でしたらとっても綺麗に出ます。媒染には「なら」や「くぬぎ」の灰汁を使っています。

泉二:

本郷さんの草木染めは澄んだ色が出ていますね。

本郷:

以前は草木染めは少し濁った色が普通だと言われていましたし、私自身もそう思った時期もありました。けれど染め続けてきた中で草木染めは本来の自然界に近い色を出すことが大切だと思い始めたんです。その瞬間、これが柳先生の言っていた「美への感じ方」「間」なんだなと思ったんです。そうなると各素材の一番良い時期にその植物を採取して染料を作ることが大切に成りました。
春は桜。時期を選ぶ植物はその時に最高の色を出す工夫をします。染織の仕事をしている限り、いつでも確実に美しい色が出せなければ成らないと思っています。だから染は糸と植物抽出の染料と自分の目と身体とでいつも細心の注意を払い、真剣勝負で染めています。

泉二:

本郷さんのお話を聞いていると、「一枚の着物を丹精込めていつくしみ育てている」と言う感じがします。同じものがふたつとない着物ですから、私達もその本郷さんの「想い」をきちんと受け止めて、着る人に伝えていかなければ成らないですね。

本郷:

ありがとうございます。

泉二:

先ほど、土手のところで本郷さんの黄色の着物を広げさせてもらったのですが、自然界の緑に凄く映えて、また太陽の柔らかい光に糸が様々に反射して、手にとって見る以上に魅力が見えました。

本郷孝文さん

身に付けたら本当に綺麗だろうな~と惚れ惚れしましたね。

本郷:

糸の撚り掛けと引きの加減で糸に凹凸があるからでしょうね。

泉二:

本当に素敵でした。様々な魅力に溢れている本郷さんの作品を扱わせていただけるのは本当に光栄です。このご縁に感謝して私もスタッフも頑張ります。

本郷:

ちらこそ色々とお世話に成りますが宜しくお願いします。

[対談日:2005//9/20 筆:荒井博子]