「福本潮子 帯ときもの展」ぎゃらりートーク開催レポート

2011年4月14日(木)〜17日(日)まで、銀座もとじにて開催した『福本潮子 帯ときもの展』。
4月16日(土)には、聞き手に元NHKアナウンサー、現在はLIP ことばの杜 の代表を務められる山根基世さんを迎え、
福本潮子 ぎゃらりートーク

福本潮子さんの藍染めに対する思いや制作について対談形式で「ぎゃらりートーク」をしていただきました。

“過去の布”=“トルファン綿”との25年間

「民芸は嫌いだった。今を生きているのになぜ過去を見なければならないの?って。 でも、ある日気付いたんです。“自分の扱っている布が過去のものだ”ってことに。」

福本潮子さんのトルファン綿作品
ものづくりを始めて35年。その間、自然環境が変化していくのと同様に、糸作りも、着物の生産量によって材料(糸そのもの、糊など)や 製糸環境も変わってきました。

現代の布は化学糊が主流。でも藍は粒子が奥まで入らないと、透明感が出ず、色がグレイッシュになる。布の見た目はよくても、藍は染めてみないとわからない。だから、いい! と感じる布に出会ったらとにかく買っておく。 そうして手にした布たちは、天然糊を使用していたり、張力をゆっくりとかけて織りあげたりしたもの、 つまり“時代の流れ(着物の大量生産、コストダウン)とは逆をいくもの”。 だから“すでに製造中止”になったものや“これから製造中止になるもの”だったと言います。

「初めて骨董屋に入った時、大麻布に出会ったんです。こんな生地があったんだと驚きました。 今、大麻は薬物としてしか見られていない。だから布として栽培が許されることはもうない。 つまりそれは過去の布、もう永久に復活しない布だという事実に、はっとしたんです。」

福本さんの代表作とされている“トルファン綿”も“過去の布”。 25年前、当時はまだ観光ルートなども整備されていないシルクロードのオアシス都市トルファンへ、 自ら命がけで行き生産の現場を確かめてきた、トルファン盆地の綿花で作られた布です。

「昼夜の温度差の激しいトルファン盆地は、早朝、綿花のコットンボールを取るまでに水(湿気)が入らず、 そして繊維の長い超長綿であることから、その良質さは有名でした。 京都の糸屋さんがその中でも良質な部分のみを輸入。

福本潮子さん

着物用の綿の白生地を作りました。 でも時代は絹きものが売れる頃。高級綿など全く売れず、問屋さんが白生地を処分されようとしてたんです。」

福本潮子さんのトルファン綿作品
その数、約200反。すでに当時トルファン綿の藍の吸いつきの良さに惚れこんでいた福本さんは、どうしてもほしい。 しかもそれは手摘み(現代は機械摘み)で丹後の絹機織り(普通は綿機)という奇跡としか呼べない完成度の高い布。 これを逃したらもう一生出会えない。 しかし200反という金額は個人で求めるには大変勇気のいるものでした。 決断できないまま問屋さんの処分の日が近づいてくる。。。そんな時、「買っといたら」と背中を押してくれたのが ご主人である造形作家の福本茂樹さんだったそう。 思いきって買った200反の“奇跡”のトルファン綿。

「綿であるのに絹機で奇跡的に織れたことで、独特の滑らかさが生まれた布。絞りの針穴も目立たず本当にきれい。 私のイメージする藍が思い通りに染まる。奥まで染み込み、奥から輝く。くすまない、クリアな藍。 もう全く他の布とは違うんです。だから綿であるのに現代的な雰囲気があるんです。」

現在ご紹介されている福本潮子さんのトルファン綿のきものは、この200反から毎年少ずつ使われ、 作品となっています。「後残りは数十反ほど。造形作品にも使っているのですべてきものになるわけではないのだけど。 こんな生地を現代に扱えることは、私自身本当に嬉しく思います。」 今はもう作り上げることができない25年前のこの上なく上質な“過去の布”=“トルファン綿”。 その藍の美しさは一度目にすれば必ずや忘れられない、記憶に残る魅力があります。

プラチナボーイの壺糊ちりめん×福本潮子さんの藍との関係

「私の文句で、銀座もとじさんを駆けずり回らせてしまった」

そう仰る福本さん。実はその通り、『プラチナボーイの壺糊ちりめん』の誕生は、福本潮子さんの“ご指摘”から生まれたといって 過言ではありません。

『プラチナボーイ』は銀座もとじがプロデュースしている“世界で初めてのオスだけの純国産の蚕品種“です。銀座もとじでは この『プラチナボーイ』の繭を用いて、全国の作家や産地の方々と共に“純国産の顔の見えるもの作り”を進めています。

プラチナボーイの壺糊ちりめん

2年前、福本潮子さんにもこの『プラチナボーイ』のものづくりをお願いしました。 しかし帰ってきたのは「これでは私のイメージする藍が染まらない」という言葉。話を伺うと、 「プラチナボーイは上質とされるオスの繭だけだから糸がものすごく細くて、それなのにものすごく強い。 絞り染めは糸を酷使するのに、プラチナボーイはそれを耐えられる糸だから、 幾度染めても光沢がある。プラチナボーイは噂以上にとても素晴らしい!だけど。。。糊が。。。」

「糊」。これは前述した化学糊と天然糊の違いということ。 もちろん、現在の状態でも藍(天然染料)は染まる。正直言って、世に出回っている他の生地(純国産も含めて) と比べても、上質なオスの繭だけで作られたプラチナボーイの色の染まり具合は世界的にも格別と太鼓判が押されている。 銀座もとじとしても自信がある。 でもそこは生地集めに並々ならぬ執念を燃やされている福本さん、その審美眼は私たちにワンランク上の課題をかせたのです。

その日から、銀座もとじの“新たな挑戦”は始まりました。 現在日本で、天然糊で白生地作りをしている白生地問屋さんはまず皆無という現実。 それほど、現在のきものの生地はほぼすべて化学糊で生産されていました。 でもなんとか福本潮子さんにプラチナボーイで作品をつくっていただきたい。 そして私たち自身も、より色が美しく染まるという“天然糊”による白生地というものを、目にしたい、 現代に蘇らせたい。

しかし、白生地問屋はすぐには見つかりませんでした。あらゆるネットワークを利用しても見つからない。 現実を痛感してきた頃、やっと1軒、たった1軒、天然糊で白生地を作ってくれる工房に出会ったのです。

プラチナボーイの壺糊ちりめんによる福本潮子さんの作品
こうして生まれたのが『プラチナボーイの“壺糊ちりめん”』。“壺糊”とは、布海苔と膠、ハクロウを混ぜて 作られた天然糊のこと。これを白生地の経糸に糊付けして織り上げる。すると、 天然染料(化学染料も)の染付や発色が良いことに加え、毛羽たちもなくなり、シワになりにくく、表面もきれいな 風合いが作り上げられることがわかりました。福本潮子さんも「驚きました。今の世の中でこれほどの完成度の高い生地に出会えるなんて思わなかった。」と納得してくださいました。

それ以上に、銀座もとじ自身も、現代ではまずない昔ながらの糊付けによる白生地、 さらにはそれがプラチナボーイで実現できたことに感謝の思いでした。

現在、『プラチナボーイ』は年間生産量もまだまだ限られたものです。でも少しずつ 『プラチナボーイの“壺糊ちりめん”』の反数も増やして取り組んでいます。

福本潮子さん×山根基世さん

(福本):「風土が大切。山根さんは言葉でそれを感じて、私は布で感じている。」

“ことばの杜”を主催されているを山根基世さんは、現代の人々は“言葉で表現する力”がなくなってきていると言います。
(山根):「地域社会が生きていた時代は、子供たちはそこで言葉そのものや、その言葉を発する間合いを身につけていました。 しかし現在、地域のコミュニケーションが希薄になり、それが失われつつある。 世界の少数民族の消滅でもそうですが、言葉が失われる前には、必ず土地や暮らしが奪われている。土地を失い、 暮らしが消え、習慣や文化がなくなる、すると言葉が失われる。 言葉を取り戻すためには、その逆を大切にすること。風土を大切にすることが重要なんです。」
山根基世さん

(福本):「私は日本に生まれ、日本に工房を持ち、日本の水を使い、そして日本の藍の植物でものを染めている。 でも布は世界中のものを使っている。それを上手く、それぞれが一番輝くように扱っていくためには、 “風土”や“自然の摂理”をいかに感じとって、創造物へつなげていくかが大切。 布は正直なので、しっかりと向き合っていないとすぐに失敗がわかるんです。」 福本さんはきものだけでなく、茶室、椅子などさまざまな造形物を作られています。 そしてその作品は日本に限らず海外の美術館の所蔵作品にもされています。 日本人だけでなく、世界中の人々の心をつかむ。それには、 “風土”や“自然の摂理”に向き合うという世界共通の価値観が備わっているからかもしれません。

(福本・山根):「自然の中にすっと立っている気持ちになりたい」

“言葉”と“布”。表現物は違えど、お二人の“風土をとらえること”への思いは共通していました。 「風土を感じるということは、生きるということ」と仰る福本さん。 失われていく上質な布を扱う福本潮子さん、失われ行く言葉に目を向ける山根基世さんだからこそ感じられる視点。 お二人の視点は観念ではなく、それぞれの体験を通した重みのあるものでした。

左から、店主・泉二弘明、福本潮子さん、山根基世さん
(左から)店主 泉二弘明、福本潮子さん、山根基世さん
福本潮子さんの作り出す藍染めのきものは、 現在は銀座もとじのみでご紹介させていただいております。 選び抜いた生地と藍が出会う最高の奇跡の瞬間をぜひお楽しみください。

(文/写真:伊崎智子)