小紋師・藍田正雄~江戸小紋に懸けた熱き想い~|活動レポート

大盛況の中、重陽の節句の9月9日、藍田正雄先生のもとじ倶楽部が無事終了いたしました。

藍田正雄先生

藍田先生の生い立ちと修行時代のお話から、江戸小紋の糊置きの実演、江戸時代の裃の展示説明、そして貴重な型紙のファイル説明・・・と盛り沢山の2時間半でしたが、あっという間に時間が過ぎ、気がつけば終了時間。藍田先生のお人柄が滲み出て、大変楽しくまた感動したひとときとなりました。お集まりいただいた皆様にはせまい会場での2時間半ありがとうございました。またキャンセル待ちのままご出席が叶わなかった38名のお客様、お申し込みさえもお断りしてしまったお客様には、心よりお詫び申し上げます。こちらで当日の様子をご報告いたしますので雰囲気だけでも感じていただければと思っております。関係各位の方々には心より御礼申し上げます。

藍田正雄先生のもとじ倶楽部

9月9日日曜日は思いのほか残暑が厳しく蒸し暑い一日でしたが、藍田先生とお弟子さん2名は9月18日から始まる伝統工芸展で大変お忙しいため、9日の朝、高崎を出て、夜には高崎の工房に戻るというハードスケジュールを強行。

ほとんど持ち出さない貴重な江戸時代の裃や伊勢の型紙の大きなアルバムを弊社のためにご持参くださり、午前10時前には銀座もとじにすでに到着していて準備してくださるという大変なお心遣いを頂きました。正午の定刻には出席予定のお客様がほとんど揃われ、店主泉二の挨拶から「もとじ倶楽部」開始。藍田先生のプロフィール紹介の後、先生のご挨拶そしてそのまま先生にはご自身の今日に至るまでをお話いただく事となり、すでに開始10分後には涙、涙の始まりでした。

和織物語にも出ていた藍田先生が手放せずに抱えて寝た、そして最後の希望を掛けて日本橋から浜町、人形町と抱えて走った一反は何だったのですか? との問いに「板引き杢なんですよ。」とのお答え。
藍田正雄先生のもとじ倶楽部の様子

そして出来上がった経緯をお話くださいました。「修行の時は、一か月の内に2日間だけお休みがもらえたんですよ。15歳の坊主はこの日は実家に帰れるから嬉しくてね。飛んで帰って実家でグースカ寝ていたら母親が『正雄! いつまで寝てんだ!! 』って叩き起こしに来たんですね。そのときに母が縁側にかかっていた長いすだれを半分に折り上げたんです。寝起きにそれを見ていたら2枚重なったすだれが微妙な波紋のモアレを作ってすごく綺麗だった。ハッと思って親父の板場に走っていって『親父! 道具貸してくれ! 』って。すぐにああでもない、こうでもないと考えながら染めたんです。最初はなかなか思った通りに出来なくて、何度も失敗を繰り返しているうちに波紋のモアレが希望通りにできるようになって来た。そして自分で納得の行く染が出来たのがそれから10年後だったんです。その反物が手放せずに抱えて寝た一反だったんですよ。」 そして最後の実演ではこの「板引き杢」の糊置きを実演してくださいました。

ひと通りお話いただいた後、お弟子さんお二人、菊池宏美さんと田中愛郎さんをご紹介いただきました。実は今回の伝統工芸展で藍田先生の工房では「3人が入賞を果たす」という快挙を成し遂げたばかり。今日お越しいただいたお二人がその受賞者でした。田中さんは若干28歳ですが、今回は「新人賞」を受賞され、現段階で3回入賞しているので後1回入賞すればなんと! 「正会員」になれるというところまで進みました。9月23日に放送されるNHKの新日曜美術館には田中さんが出演されるそうです。一方の菊池さんは今回が初入選。大学を卒業後、ソニー㈱に入社し第一線で働いていましたが、藍田先生の作品に出会って運命を感じ、すべてを投げ打って先生の下に通い、やっと弟子入りの許可を貰って今年で10年が経ちました。その間に命にかかわる大病を2度経験し、一度は「もうやれないかも」と諦めた時期もありましたが、藍田先生の父親のような温かさ、そして工房の仲間の田中さんの躍進に励まされ、勇気付けられ、俄然奮起して、今回は大変難しい型を根気良く染め続け、この入選を果たしました。入選の知らせも先生と田中さんの連絡はいち早く届きましたが、菊池さんの連絡だけがなぜか遅れ、彼女も諦めていた矢先この嬉しい知らせが届いたそうです。連絡が入るや否や自宅を飛び出し工房へ一気に駆け込んだ藍田先生は、「菊池!! やったぞ! 」と涙の大声で叫んだそうです。そしてそれを聞いた菊池さんはちょうど糊作りの最中で、嬉しさで泣き出しそうな自分を押し殺し、糠桶に顔を伏せて「糠が目に入ったよお」と笑い泣きしていたそうです。 それが「今年一番嬉しかったことだ」と藍田先生はお話くださいました。

ここから伊勢型紙の見本帳を見せていただき型紙の説明や伊勢型紙の現状をお話いただきました。伊勢型紙も後継者不足で今の技術でさえ、今後に受け継いでいくことが難しいというお話や、この状況を放っておくと今後は新しい型紙を作る事さえ出来ず、小紋師の仕事も型紙が無くては新しい展開が出来ないという悲しい現実をお話いただきました。
その後江戸時代の裃を藍田先生からご説明いただきそれに合わせて、弟子の菊池さんが白い手袋をして裃を広げて見せてくださいました。
江戸時代の裃

そして最後は糊置きの実演です。正午からずっと話が進む間、型紙に水をかけタオルで湿気を与え、状況を見計らって準備していた田中さん。が、会場内はクーラーががんがんに効いていたため思った以上に乾燥が早く、湿らせても湿らせても追いつかない。いよいよ開始というときに最後の湿気を与えるために濡れタオルでちょっと力を入れたときに型紙の縞一本がぽろっと切れたのです。

藍田先生と田中さん
「あ!! 」と焦る田中さん。まだ一度も使っていない型紙なのでその損害を考えると私たちも身が震えます。が、「ああ! 仕方ないな。失敗はあるぞ! 次で取り返せや」と藍田先生は焦る田中さんに一声掛け、新しい型紙を取り出そうとしました。それは「さらに細い縞の型紙」で、それに水を掛けて実演するというのには、会場中のお客様そして銀座もとじスタッフも恐れおののき、「実演で私達に見せてくださるだけですから、その切れた型紙で結構です。新しいのは出さないでください。」と口々に言いました。

しかし、藍田先生は「それでは見にきてくださった皆さんに申し訳ない」と仰るので、一斉に皆が押しとどめ、切れたその型紙で糊置きの実演をしていただきました。

実演が始まると先生とお弟子さんの動きは、「あうん」の呼吸。先生が糊に手を掛ければへらが用意され、メガネがすっと出され、霧が吹かれ、地こすりが出されと本当に手際が良い。田中さんの「親方! 」という歯切れの良い掛け声が工房の普段の雰囲気を彷彿とさせます。
糊置きの実演

ここでまず縞の糊を置いて見せてくださり、その後すぐに田中さんがドライヤーで乾かし、先生が反物の一部を引き、その間に型紙についている糊を田中さんが落とし、それを受け取って先生がまた縞の型紙を置き「板引き杢」の完成です。 この間菊池さんが実況中継のように分かりやすく説明してくださり、みなさん「うんうん」と納得でした。

藍田先生
先生から何度も「プラチナボーイ」は糸が細く地張りをするとキュッキュと反物が鳴り伊勢型紙の型紙どおり糊が降りるので細部に渡ってその技術を生かせるとお話がありました。今年は10反をお願いすることになっているので先生から「楽しみに待っています」とのお話がありました。

その後、ご出席いただいたお客様から質問を受け、藍田先生がお一人お一人に丁寧にお答えくださって会は終了しました。 その後、藍田先生は昼食抜きでお客様と和織・和染店舗でお話くださり、お弟子さん2名は後片付けの後、先生と合流し、店舗でお客様と直接お話をし「とても勉強になった」「次の染めの課題が出来た」「親方の言う平成の江戸小紋を作れ! 」という意味が分かったという感想を残して高崎に帰られました。

大切な江戸時代の裃と型紙の見本帳を12日の水曜日まで私どもの店舗に先生がお貸しくださいました。興味をお持ちの方は是非ご覧くださいませ。