前田紬工芸さんからのメッセージ

私は奄美大島の龍郷町で生まれ、もとじ社長とは幼馴染です。
独立当初、社長は銀座の貸机からスタートされ、私は日本橋の問屋で修行中の身で良く可愛がってもらいました。週末になると千葉にある会社の寮から社長のアパートがある高円寺まで行き、界隈でお酒をいただき、時には同級生たちも交わって明日への夢を語らいました。
アパートの天井と洗面台の前には「目標・年間一億円!」と貼り紙があったのをよく覚えています。

40年前になりますでしょうか、月末の集金日、仕事を終えていつものように社長と合流した時、社長のポケベルにお客様から連絡が入りました。
婚礼に出掛ける際、雨で足袋が濡れてしまって困っているとのこと、一つ返事で「直ぐに持っていきます」、雨具を着て足袋一足を抱え、銀座から目白へ足早にバイクで出掛けて行く姿を見て、この人は絶対に成功すると思いました。

それから一年後、私は帰京して家業の大島紬の製造に関わります。商品が溜まると上京して社長の家や店で寝泊まりをしながら営業をしておりました。
夜になると故郷の話とこれからの夢を二人で語り合いながら飲みました。
銀座の貸机からマンションの一部屋へ、最初の路面店(3坪位)から向かいの路面店へ(20坪)、昭和通りを越えて銀座4丁目へと銀座もとじが一歩一歩、確実に繁栄してきたのを見続けてきました。

ある日、社長から「男のきもの専門店」を立ち上げたいと話がありました。
一緒に問屋に出掛けたり、社員さんの話で意見を求められたり、様々な事で私なりに意見を伝えてきましたが、「男のきもの専門店」については反対意見を2時間位したのを覚えています。社長の最後の一言、「日本人の人口の半分は男だ!誰も目を付けて無い!」、私はもう言葉が出ず。2002年に「男のきもの専門店」が開店、新聞、雑誌、TV、各メディアが日本で初の「男のきもの専門店」を取り上げ、全国に発信となりました。あれから18年、その後の快進撃は皆さまがご存知の通りです。
昔からお客様は勿論、取り引き先やメディアをとても大切にされる姿を傍で見てきました。そして、もとじ社長の高校時代の恩師・相良毅先生からの教え、「反省はしても後悔はするな」、モットーに日々努力される姿に励まされ、私も奮起してきました。

これからも、かわらぬ情熱で走り続ける社長、銀座もとじを奄美大島から応援しております。

令和2年5月6日
前田紬工芸 代表 前田豊成


前田紬工芸代表・前田豊成さんと三代目・前田圭祐 さん
大島紬 「植物文様」

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前田紬工芸さんのご紹介  

前田紬工芸は奄美大島の龍郷町に工房を構える大島紬の織元さんのひとつ。
代表の前田豊成氏は店主・泉二の竹馬の友。泥染め職人、締機職人、織職人といった伝統工芸士の最高技術のリレーで作りあげる大島紬、受賞歴も豊富でご子息の圭祐さんと共に柄の考案や新商品開発等に励む日々です。
古典をふまえ伝統的な技巧を生かしながらも、お召しになりやすい織り柄は男女問わず幅広い大島紬愛好家から支持されています。

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前田豊成さん(左)と店主 泉二(右)
大島紬・前田豊成さん&染色 金井一人さん|泉二の一口対談

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前田紬工芸 3代目前田圭祐さん