吉村紅花さんからのメッセージ

その時私は、袖を通す間もしつけ糸を解く間もなく、真新しい着物をスーツケースに詰めてパリへ向かいました。2008年、日仏友好150周年記念のプログラムとして企画した着物展の設営のためでした。このような重要な着物展のオープニングで、ゲストをお迎えする立場で、どんな着物を着たら良いのだろう…ファッション感度の高いパリの人々、日本人の着物姿も多く見ていて、着物を深く理解している。

もとじさんに相談に伺ったその時、私の眼前に広げられたのはプラチナボーイの縮緬白生地でした。大日本蚕糸会との仕事を通じてその理屈もご苦労も重要さも良く知っていました。もとじさんはこのプラチナボーイの絹を実際に商品として市場に普及させるという大変なミッションに2006年から取り組んでおられました。

そんなプラチナボーイ、私に…戸惑いつつも手にしたその生地は軽くなめらかで、そこはかとない艶を帯びていました。

ああ、これはできるだけこの絹の美しさを活かしたい。
地質が活きるよう甕覗きほどの薄色の色無地にしていただくことにしました。
「(普通の絹とは発色が違うらしく)共染めにした裏地の色が上手く揃わないので染め直して貰っています。ご出発には間に合わせます」とのご連絡をいただいて、仕立て上がりを待っていたきものは、更に光を含んだように美しく、旅立つ私を勇気づけてくれるものでした。

プラチナボーイの素晴らしさを更に実感したのは纏った時でした。着物を日頃着なれない私は、柔らかもの、まして袷となれば、いつもはズルズルとしてまとめるのに苦労します。一度も練習せずに着るのはおおいに不安でした。前日の夜中にほの暗い光の下でしつけ糸を抜き、当日もギリギリまで準備。他の方の着付けを手伝い、自分の着付けのための時間は30分足らず。焦る私。

ええっ⁉吸い付くようにたった一度で裾合わせが出来ました。
軽いのです。ずり落ちないのです。凡そ4時間動き回っていても着崩れてくることもありませんでした。そしてまた、夕暮れ時、公園の緑に囲まれて光が沈みゆく中でも、月光に照らされたようにほのかに光を放っているようにさえ感じました。

仕事柄、古い時代の着物を扱うことが多く、その中で現代の着物地、絹の質がかつてに遠く及ばないことを実感し、また、国産の絹は流通の1、2%でしかないことに暗澹たる思いを抱いていた私に、これは大袈裟ではなく、「絹の国」の底力を感じさせられた体験でした。

もとじさんが15年にわたって取り組んでこられた、原材料からの誠実なものづくりの現場と、使う人、着る人を結びつけるお仕事に感謝申し上げると共に尊敬の念を新たにいたします。

令和2年4月17日
文化学園大学 吉村紅花


2019年トーク会にて、左から店主・泉二、菊池宏美さん、吉村紅花さん、二代目・泉二啓太

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吉村紅花さんのご紹介

東京生まれ。
文化女子大学(現文化学園大学)にて日本服装史を専攻、卒業後、文化学園服飾博物館の学芸員として勤務する。
文化学園服飾博物館は日本では数少ない服飾専門の博物館として、「衣を通して日本と世界の文化を知る」をテーマに、所蔵品を中心とした年4回程度の企画展を行っており、主に東アジア~南アジア・中米・ヨーロッパ地域の民族服飾・染織を担当されました。現在は文化学園大学・文化ファッション研究機構にて、和装のグローバル化などの研究調査に携わっています。
令和元年 第59回東日本伝統工芸展では鑑審査委員を務められ、期間中の作品解説では、着物や帯の作品力を染織縫の技巧工程を踏まえ丁寧に分かりやすく紐解き、今を生きる日本人にとり着物がいかに秘めた力をもっているかを熱心に語られました。