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草木染織家・山岸幸一の「寒染紅花」|和織物語(2011年公開)

※こちらは2011年に公開した記事です。

自ら糸をつむぎ、染め、織り上げる。ただひたすら真っ直ぐに。

黙々と糸と会話し、納得がいくまで染め続け、自分と紅花の命のともし火を「糸」に「染」に「織」に注ぎ込んでいく。 それゆえ織り上がった反物は何ともいえない温もりと、けがれを知らない表情を見せ、私たちに、「素朴とは何か。純粋とは何か。そして本当の素晴らしさとは何なのか。」を語り掛ける。まるで無言で働き続ける山岸氏に代って語るかのように。

山岸幸一氏

織屋の二代目の次男として生まれ、高校卒業後、長兄と共に家業の織物業に就きます。昼間は家業を務めながら、機械で大量に織り上げられる個性のない反物になぜか寂しさを感じ始め、一方で手織りで作られる素朴な味のある反物に惹かれ、真夜中に一人で密かに機に向かう生活を始めます。ある時、上杉謙信公の染織品を目にする機会を得て、一層手仕事の素晴らしさに打たれ、その後は結城紬の世界にも関心を持ち、1年間ほど修業に出かけました。
山岸幸一氏
3年後、草木染色家、山崎青樹氏に師事し、草木染の心を学び、染と織の技術を身につけました。その後、草木染本来の色を出すために必要な「流水」と「水質がアルカリ性の綺麗な水」の両方がそろった土地を探し続け、1975年に現在の「米沢市大字赤崩」に工房を開設しました。山岸氏の工房には、清流から引き込んだ小川が流れています。

赤崩の地

山岸氏の草木染には私達が忘れかけている自然の恵み『太陽、風、水』が不可欠です。 これら全てを備えているのが、赤崩の地。「アルカリ性を帯びた濁りの無い自然流水」、「澄んだ空気と清らかな風」、「燦燦と輝く太陽」があります。このため、草木染の命とも言うべき自然流水による発色が可能になるのです。

『寒染紅花』

山岸氏の代表的な染は『紅花寒染』です。寒中に染める技法は『冷染』『冷やし染め』と呼ばれますが、『寒染(かんぞめ)』は山岸氏が織り上げた織物作品の名称で、冷染技法にて煮染をしない染め方で織り上げた山岸氏の織物にこの名称を付しています。(『寒染』は山岸氏が商標登録しています。染め方の用語・技法ではありません。)『紅花寒染』は毎年寒中の湿度が少なく寒い2月、それも真夜中の水の綺麗な時間に行われます。

紅花から紅花餅へ(盛夏)

山岸幸一氏
真夏、満開の紅花の花びらが1~2枚散りはじめる頃、朝露を含んだ紅花の棘が柔らかくなる午前4時頃に摘み始めます。 全て摘み終わると、花びらを小川の流水につけて丁寧に洗う「花洗い」をし、その後水気を切って茣蓙(ござ)の上に花びらを敷き、「花踏み」を開始します。徐々に花びらが発酵して黄色からオレンジ色そして赤に変化していきます。 続いて午前10時頃から「花蒸し」に入ります。手でしごいて何度も揉み続けると午後4時頃には紅花は真っ赤になります。その花を臼に入れ杵で搗く「花搗き」をします。それを丸めてお煎餅状にして、天日でしっかり乾燥させて「紅花餅」を作り、それを半年先の寒染まで大切に保存します。
これだけの工程を経ると、生花3キロの紅花が僅か208グラムの紅花餅になります。昔、紅花餅は金と同等とされていたそうです。

絹真綿の糸作り

紅花餅を作る一方で糸作りも始めます。一反の着尺を織るために約1~2キロの真綿が必要になります。山岸氏は糸のつやを出すために蚕を生きたまま保存し、糸を作る時は水に生繭を入れ、徐々に煮立てたら、すぐに水に浸けて絹綿帽子を作ります。繭30個分を重ねた絹綿帽子をいくつも作り、それを乾燥させ、糸を引きます。
紅花餅 紅花餅
山岸氏は織物の風合いを大切にするため、糸に空気を含ませ、やんわりと撚りをかけずに糸の芯が空洞状に成るように丁寧に引いて行きます。

染の開始(真冬・2月)

寒の入りと共にいよいよその年の紅花寒染が開始されます。午後6時、真夏に作った紅花餅500グラムほどを木桶に入れて人肌のお湯を注ぎます。このとき「木桶」を使うのは熱の冷め具合が緩やかで色素への刺激も少なく、赤色の抽出がじっくりと進むからだそうです。 木桶の中で、丁寧にお湯をくぐらせながら、ゆっくりと紅花餅を揉みほぐしていきます。次にあかざ灰を入れてゆっくりかき回し、そのまま3時間寝かせておきます。この時お湯が急激に冷めないように木桶の周りを厚い布で包み、徐々に温度が下がるよう細心の注意を払います。3時間後、包んだ布を取りふたを開け、糊をとったガーゼに紅花を入れて丁寧に絞ります。 その作業を山岸氏はほとんど眠らずに午後6時から3時間ごとに午後9時、午前0時、午前3時と4回行います。 午前3時、気温は零下をゆうに下り、全てが寝静まった深夜にいよいよ「紅花寒染」は開始されます。寒中の一番冷えるこの時間帯が、空気も水も澄んでいて、雑菌が少なく、染に適しているのと同時に、山岸氏も無心で作業ができるのだそうです。 まず、紅花の絞り汁に「烏梅」を少量ずつ加えていきます。日本で紅花染に「烏梅」を使うのは「山岸幸一氏」と「染織家 吉岡幸雄氏」のふたりだけです。 染液が綺麗な紅色に変化したところで、舌で酸味を確認し、状態を整えてから、山岸氏は意を決したように新しい糸を取り出しゆっくりと染液に浸けていきます。糸に染液が充分に染み込むとゆっくり引き上げ、空気にあて、糸を繰り、満遍なく糸に空気を含ませた後、また染液に浸し、糸を繰ります。 これを何度か繰り返していくと、最後には不思議なことに赤色がすっかり抜けて、染液は真水のように透明になってゆくのです。 そこで糸を米酢に浸け、その後、流水で満遍なく水酸化させて染めは終わります。ここまでの工程には約5時間を費やし、午前8時過ぎに終わります。途中で前年や前々年に染めた糸も取り出して、一緒に染液に浸けて染め重ねます。 このようにして色の幼い1年生、紅色に少し深みを帯びた2年生、糸にふくらみさえ感じられるようなしっとりと深みのある紅色の3年生の糸がつくられます。3年以上かけて染め重ねた糸は、山岸氏の厳しい目に合格すると、夏頃から機にかけられ着物や帯に作り上げられていきます。

流水で洗う(裏の小川で洗う)

「みちのくの染は厳しい自然条件の中で行われるため『冴えた色が出る』」と言われるとおり、深夜から始められた紅花染は、室内の作業が終わると雪の積もった屋外に出て、小川の流水で糸を綺麗に洗う事で終結します。 寒中の屋外は積もった雪がカチカチに凍り、その上に真夜中に降った新雪が積って、並大抵の寒さではありません。
刺すように冷たい流水に 糸をさらす山岸氏 刺すように冷たい流水に
糸をさらす山岸氏
そんな中、山岸氏は腿まである長靴をはいて小川に入り、染色した糸を大切に一束づつ素手で小川につけて流水にさらします。染めた糸束全部を小川で流し、発色させるまで約30分は掛かります。「手が凍傷になることもある」と言う山岸氏の言葉通り、小川の水は刺すように冷たいのです。 そんな過酷な条件下でも敢えて糸を洗うのは「アルカリ性を帯びた小川の流水で洗うことで、大切な糸がどんどん綺麗な澄んだ色に発色して行き、驚くほどの変化を遂げて行くから」なのだそうです。 洗い上げられた糸は、山岸氏の笑顔と雪に映える朝日に包まれ、何ともいえない輝きと、人を包み込むような優しい発色を見せてくれます。

天日干し

小川で洗った糸は、よく絞って水気を抜き、竿に綺麗に掛け、真冬の柔らかい太陽と風に包まれて半日間干し上げられます。 こうやって仕上げられた糸は、また1年ゆっくりと寝かされ、翌年の寒中に紅花染を重ね、3年以上の歳月を掛けてじっくりと染色されます。

山岸氏の織物作り

『心豊かな貧乏人』と言うのが山岸氏の信条です。富を求めず、いつも糸や染料、そして染料となる植物と会話しながら草木染を仕上げて行きます。 「よく染まった糸は、その迫力に負けてしまい、なかなか使えないことがある。でもそういう糸は何年か寝かしておくと糸の方から『今が使うチャンスだよ! 』と訴えてくるときがある」と言う山岸氏。
山岸氏の織物作り
『糸に対して気後れ』がなくなった瞬間に、山岸氏はその糸を真正面から見据えて使い始めます。 山岸氏は、いつも「染色に使った植物」や「糸作りに使ったお蚕さん」に心からの感謝の気持ちをわすれません。そんな人柄を表すかのように部屋の一角には「草木供養」と書かれた掛け軸がかかっていました。 山岸氏はこうも言います。「わたしの織物は織りあがった時点で完成ではありません。それを身にまとって下さる人が喜んで着て下さった時にすべての思いがその方に届き初めて完成するのです」と。きっと山岸氏の織物たちは皆様の心に沁み込む何かを残してくれるはずです。

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