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縞模様は江戸時代に大ブーム!しかし、西洋では悪魔の柄だった?|知るを楽しむ

西洋では悪魔の柄だった?
着物の定番柄・縞模様の歴史

着物の柄としておなじみの縞。江戸時代に町人を中心にブームとなり、それ以降武士から農民まで多くの人々に親しまれました。当時は格子柄も定番でしたが、こちらもタテ縞とヨコ縞を組み合わせた縞柄の一種とされています。しかし一方で、西洋において縞柄の布は“悪魔の布”と言われて忌み嫌われ、着ているだけで軽蔑や罵りの対象になった時期もあったのだそうです。なぜここまで縞柄の認識に違いが生まれたのでしょうか。また、縞が江戸の人々の心をつかんだ理由とは何だったのでしょうか。

粋の精神を象徴する縞柄

縞の語源については諸説ありますが、南方の島々から伝わったため“島もの”や“島渡り”と呼ばれていたことに由来すると言われています。日本に縞柄の織物が本格的に伝わったのは室町時代。南蛮貿易によってもたらされた舶来品の中に、茶器の仕覆や袱紗等に用いられた名物裂があり、その中に間道(かんどう)という縞物がありました。

『段文様間道』京都国立博物館
『段文様間道』京都国立博物館 / 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

衣服に縞柄が現れ始めるのは安土・桃山時代~江戸時代初期。当初はヨコ縞が主流で、遊女など一部の人々の間でのみ着用されていたようです。

タテ縞の着物が広まるのは、江戸時代中期。この頃の江戸では、すらりとした細身のシルエットが美しいとされ、市井の女性の間では、厚底の草履(駒下駄)を履き、胸高に帯を締め、引きずるほどに裾を下げてスレンダーに見せる着こなしがトレンドになっていました。タテ縞は体のラインを美しく見せるのに効果的で、当時の美意識を満たすものだったと考えられています。

また、縞は江戸の粋の精神ともリンクします。哲学者・九鬼周造は著書『「いき」の構造』の中で、粋は“色っぽさ”と、“意気地・諦め”の二元性で構成されており、タテ縞はその二元性を特によく表していると唱えています。

縞柄は当時のトレンドだけでなく、江戸の人々の性格にも合致。以降、国内木綿の流通増加も後押しとなり、縞柄の着物、特に木綿縞は日常着として定着していきます。

『かぎやお仙』東京国立博物館
『かぎやお仙』東京国立博物館 / 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

シンプルな縞柄はアレンジ性が高く、かつお縞や滝縞、碁盤縞など多彩なバリエーションが誕生しました。当時のトレンドセッターだった歌舞伎役者が舞台で着用した衣装に由来するものもあり、4代目松本幸四郎の「高麗屋格子」や3代目尾上菊五郎の「菊五郎格子」などが人気を博しました。

『いがみの権太 下り 尾上菊五郎』
『いがみの権太 下り 尾上菊五郎』/ 出典:ARC浮世絵ポータルデータベース

その後、幾度となく発せられた奢侈禁止令によって人々は衣服の制約を受けましたが、その状況下でも縞柄は活躍。着物の表には地味な縞柄や格子柄を使い、裏で華やかさを競いました。縞は粋を表すと同時に、世間の目を取り繕う建前としての役割も果たしました。

西洋では異端の証

一方、西洋において縞柄は長らく異端の柄とされていました。その理由は定かではありませんが、『悪魔の布 縞模様の歴史』を著したパストゥローは「地と図柄を明確に区別しないために見る者の目を混乱させるような表面構造に対して、中世人は嫌悪感を抱いていたようである」と解釈しています。当時の西洋人は、デザインを背景と前景で分けてとらえるのが通常であり、縞柄のようなそのどちらとも区別がつかないものは、恐怖や混乱を招く悪魔的な存在だったというのです。そのため、縞柄の衣服は、主に乞食や農奴、旅芸人、売春婦、道化、罪人など、社会から疎外されやすい異端の人々に着用が課せられるものでした。しかし一方で、縞柄はその視認性の高さで古くから紋章や国旗などに使われるという一面も持っています。

パストゥローは、このような西洋における縞柄は、「無秩序の記号であり、再秩序化の手段」なのだと述べています。

襲の色目と縞

江戸の縞がテキスタイルとして発展したのに対し、西洋の縞は正統から異端に、あるいは権力者から非権力者に付される記号のような存在で、無秩序なものを秩序のある状態へ導くためのものでした。

なぜ当時西洋では記号にしかなり得なかった縞柄が、日本ではテキスタイルとして受け入れられたのでしょうか。そのヒントのひとつになるのが日本の“重ねる”文化です。

平安時代の襲の色目

日本の着物には、平安時代の襲の色目をはじめ、古くから色や柄を重ねる習慣がありました。それは広義の縞であるとも解釈できます。西洋の衣服は、背景と前景の明確な区別が前提で、無地に装飾を施す対比を重視した装いが多かったのに対し、着物は複数の色柄を重ねる調和を重視した装いが多い印象があります。そのため、日本人は縞柄を見ても混乱することなく、テキスタイルとしての魅力を開花させることができたのではないでしょうか。

縞は江戸の“粋”を含め、古来受け継がれてきた日本人の美的感覚をもっとも体現している柄とも言えます。だからこそ長きにわたって着物の柄として今なお愛され続けているのかもしれません。

【参考資料】
・『「いき」の構造』九鬼周造
・『近世のシマ格子 着るものと社会』広岩邦彦(紫紅社)
・『縞のデザイン-わたしの縞帖』(ピエ・ブックス)
・『悪魔の布 縞模様の歴史』ミシェル・パストゥロー(白水社)

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