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山岸幸一さんの工房へ行ってきました(2008年公開)

※こちらは2008年に公開した記事です。

2008年7月17日、午前0時。真夏の夜遅く、 銀座もとじの前を一台のバスが出発しました。 目的地は山形県米沢市赤崩にある山岸幸一さんの工房。 山岸さんの早朝からの作業を見学させていただくため、スタッフ総勢20名あまり、 夜行バスの車中泊という、とんでもない強行スケジュールにて向かいました。
朝8時。山岸さんは、こんなに早くから大人数で押しかけた私たちをあたたかく迎えてくれました。 「こんな田舎までよく来てくれましたね。今日はたっぷりと学んでいってください。」
天蚕の巣
米沢駅から約30分ほど、清らかな川が流れる山間に山岸さんの工房はあります。 工房のまわりでは、たくさんの植物や樹が育ち、紅花畑、藍甕、さらにはなんと蚕まで育てられています。 まさに、歩くたびに驚きの連続で、染織の全工程をぎゅっと集めたような素晴らしい環境に、 スタッフ一同、目が爛々としてきたことは言うまでもありません。
山岸幸一さん
今回は山岸さんのいつもの朝の仕事を見学させていただいたのですが、 染めは温度や時間がとても大切なのですべての動きがとても素早く、 私たちは山岸さんを追いかけて、敷地の中を小走りであっちへ行ったりこっちへ行ったり。 当日は最高に青空の一日で、盆地の気候も合わさり、まさに炎天下。
そんな中、山岸さんは誰よりも元気いっぱいに走り回ります。 「ほらほら、次はこっちだから。急いで急いで。 自然の流れにさからわずに、共存して仕事をするんだよ。自然は待ってくれないからね。」 山岸さんのものづくりの姿勢はこの言葉の通り。「自分のこだわりではなくて、 素材や染料がうったえかけてくるのをしているだけなんです。」 どの言葉を耳にしても山岸さんは「自然に与えられているもの」という精神が一貫しています。 ここに、山岸さんのものづくりへの純粋なひたむきさが詰まっているのです。 1946年。米沢市生まれ。父は袴などを中心に織る機屋でした。「生まれた時から織機の音を聞いていてね。 音が鳴りやむと泣き出したそうだよ。」紡織関係の高校を出たあと家業に従事します。 効率性や人件費に流行性を考えた工業織物のものづくりに、山岸さんはいつしか物足りなさを感じ始めました。 そんなとき茶の間で聴いた「昔はみんな手で織っていた」という言葉。それをきっかけに、昔の機を 引き出してきて、昼は仕事の織機、夜は手織りをする、という日々を過ごすことになります。 「織りあがったときの喜びがすごく大きかった!手織りと織機、どちらもできるから同じ条件で織って みたんです。それを比較したらもう明らかだった。なんだこれは!!と思いましたね。 織機のものはどっしりと重い。でも手織りは押してもその指のあとが『ぷっと上がる』んです。 この違いがわかったから自然と手仕事に移ることができた。『素材を殺さないで織れる』というのは とても魅力だった。」手織りをはじめたこの原点から、山岸さんには「糸や染料そのもの自身と心の疎通をする」 という精神が息づいているのです。 山岸さんはそれから、染織にもっともよい場所を探し歩くことになります。「染織には、太陽・風・水が大切。 その条件が整った場所を求めたらここに行き着いた。」1975年、山岸さんが選んだ場所は山形県米沢市赤崩でした。 最上川の源流があり水がとてもきれいな場所。その小川は家の裏から中を通り外へと流れています。 そして土壌の良さも抜群でした。弱酸性のよく肥えた土壌は昔から紅花がよく育ち有名だった場所。 このあたりのものは「最上紅」といい、「モガミベニ」とともに「サイジョウベニ」とも呼ばれる 上質な紅花とされていました。
山岸さんもこの「最上紅」と出会い、惚れ、作品に用い、 いつしか紅花染めは『紅花寒染』という独自の技法で商標登録も取るほど山岸さんの代表作品となりました。
山形県米沢市赤崩
紅花
工房のまわりにはもちろん紅花畑があります。でも今年は開花が遅れているそう。 「今年は雪が1月までなかったのに2月に入って急に1mも積もったからね。なかなか消えずに冬が長引いた。 いつもだと7月1日頃に1輪咲くのだけど、今年は3日前にやっと咲いたんだよ。 同じ米沢でも他の場所だと満開だったりするんだけど川を越えると急に気候が変わってね。 紅花摘みも見てほしかったからそこでさせてもらおうかとも思ったんだけど、でもやっぱりそれじゃ 本当じゃないからやめました。
私は自然と共存してものを作らせてもらってる。自然は思い通りにならないってことを 皆さんにも知ってもらいたくて。『自然に自分を合わせる』ということだね。」 一面緑色の紅花畑。よく見ると蕾の奥にまぶしいオレンジ色の花びらが、今か今かと待ち構えています。 きっとあと2週間もたてば満開の花色でうめつくされることでしょう。 紅花のほかにも本当にたくさんの植物や樹が育っていました。胡桃、うるし、麻、臭木、日本茜、 ドクダミ、コブナグサ(八丈刈安)、萩、紫草、山藍、サワフタギ、ウワミゾサクラ、書ききれないほどです。
この自然の恵みを使って山岸さんの作品は表現されるのです。同じ植物染料でもその年によって 色の風合いが異なります。そのたった一度の出会いを大切に、山岸さんはそれを与えられたものとして受け止め ています。
紅花のほかにも本当にたくさんの植物や樹
川の中で水洗い
染められた糸は次に家の裏へ。野道を駆け足で行くとそこには1mほどの小さく、見事なまでに澄み切った川 がありました。長靴姿の山岸さんは糸束をひとつ手にして急いで川の中へ。
前後に素早くゆらすようにして 水をたっぷり含ませては上に引きあげて空気に触れさせる、これを繰り返すと、みるみるうちに先ほどまでの 濃くどっしりとした色が澄んだ明るさに満ちた輝きを持ち出します。この時は4年ものの藍染め糸を見せていただいたのですが、 信じられないほどのブルーに生まれ変わっていき、一同が感嘆の声をあげたのは言うまでもありません。 川の水の奥にある糸がどんどんクリアな色へ変化していく、そのさまを直に見れたことに皆素直に感動しました。 見惚れているとすかさず「次はこっち!」と水洗いを終えた山岸さんはまたもとの場所へ走ります。 「次はこの糸を『陽にあてる』よ。化学染料は『干す』だけど植物染料は『陽にあてる』って言うんだよ。
空気に触れされてたっぷり陽を浴びさせるんだ。」大きな樹が茂る一角に『陽にあてる』ための干場がありました。 輪状になった糸束に手を入れ、パンパンッと手を広げ、空気を含ませながら糸一本一本をほぐします。 すると糸本来のやわらかな光沢が生まれ、光に照らされてきらきらと輝きだしました。
陽にあてる
染料と糸によっては完成までに何年もの時を費やします。そうして山岸さんが「これでよし」と感じた糸たちは糸巻きに巻かれ、 それからまた「熟成した」と山岸さんが感じられるまで大切に保管されるのです。 「糸の方から、今使ってほしい、って言ってくるんだよ。
私のこだわりではなくてね。それを待っているわけ。 見ていればわかるよ。色が全然違う風に変わってくるんだから。」 並べられた糸巻きたち。その色の濃さには圧巻です。植物染めでこれほどまでの色を出せるとは、 何度見ても信じられません。
長年かけて染めた糸
機織りの様子
そうして『その時』が来た糸たちはいよいよ機へ。「いかに植物の色を損なわずに織るかが重要。摩擦を少なくすること。足踏みをスパッと踏むことで毛羽が出ずに、光沢のある糸ができる。ピアノを弾くように織るんだよ。肘をしめて、 第一関節で織るんだ。こうやってね。」
そう言って織り出した山岸さん。重みのあるドシッという音が工房に響きました。ピアノと聞いていた私たちはあまりの力強さにびっくり。 「これは竹筬でね。重さがあるから男ものを織るときに使ってるよ。力強い良い生地が出来上がるんだ。」 いくつか並んだ機を見ると、なるほどそれぞれ道具が少しずつ違っています。 「道具を手助けする気持ちで機を織るんだ。するとどう織るべきか、どう織ってほしいと言っているかがわかる。」 糸を見て、機を見て、一番生かされる方法を見極める。それが山岸さんの「対話して決める」というものづくりの精神です。
天蚕の繭
山岸さんはさらに、蚕まで育てています。 紅花畑の横にある大きなネットの中へ。「ほらここで今ちょうど糸を吐いてるよ。」案内してくれたのは山岸さんの奥様。のぞいてみると、うすく透明な黄緑色の蚕が頭を八の字にゆらして糸を体のまわりに巻きつけています。 そこにいたのは緑色の繭になる『天蚕(てんさん)』です(一般的な繭は白くて、蚕も白です)。
ちょうど親指くらいでしょうか。見渡してよく見ると、いたるところに蚕たちがいっぱい。 ぷくぷくとやわらかそうな体がくねくねと、枝を登り、アクロバティックな動きを見せるものまで。 「養蚕ははまる」と聞いていましたがその訳が少しわかったような気がします。 「続けることが大事。結果を求めるのではなく、プロセスをいかに楽しみ、いかに学ぶか。 すべてを大切に取り組むと、時間はかかるけど、たくさんのことを教えられる。」 お話を聞いている間中、樹木のそこかしこから小鳥の鳴き声が聴こえていました。 たくさんの植物の色、動物の気配、太陽のまぶしさ、すべての自然が山岸さんの作品に影響しているのでしょう。
V「自然と向き合い、対話して、素材と色、その一番の良さが引き立つように手助けする。 それがわたしの役目です。」 言葉ひとつひとつにあふれるものづくりへの誠実さ。山岸幸一さんの作品にみなぎる生命力は必然のこと。 そう確信させられた旅でした。
研究所を案内する山岸さん

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