※こちらは2010年に公開した記事です。
染織作家 久保原由佳理さんの工房を訪ねました。
工房は平屋の一軒家。四方を山々に囲まれた松本らしい清々しい大自然に包まれたその工房は 「パタ、パタ」という機音がまさに良く似合う味わいある佇まい。 「2人で仕事をするのにちょうど良い大きさの家が見つかって。結婚して2年くらい。 この場所を工房として借りたのはそれからなので、結構最近なんですけど。とても気に入っています。」 工房に入ると満ち溢れるあたたかな空気。雰囲気のある松本の民芸家具の中に、仲良く並ぶ二つの機。 ここで久保原さんは毎日、ご主人ととなり同士に座って機を織っています。
久保原さんは大学を卒業後、東京の染織作家 柳悦博さんに師事しながら3年修業。 その後、地元の松本に戻りましたが、まだ独立には早いと感じ、松本の染織作家 本郷孝文さんの下で6年修業された後、 30歳で独立されました。
「染織に興味を持ったきっかけは、松本で本郷孝文さんの仕事を小さな頃から身近で見てきたからなんです。 家が近所で、時々仕事を手伝ったりしていました。 でも特に美大に進むとかではなくて、大学は普通の人文学部へ。 でもずっと“何かものを作りたい”という気持ちはありました。 洋服にも興味はあって服飾の道も考えたけど、どうも“流行を追う仕事”は自分に向かないと感じてしまって。 それで手仕事でじっくりとものを作っていける着物の染織の道へ進むことにしたんです。」
ご主人とは本郷さんの工房で出逢われたそう。お二人が今使っている機も本郷さんから譲られたもの。 本郷さんは久保原さんの人生のさまざまな出逢いを生んでくれた大切な方なのだそうです。
「わくわくするような色。“嫌”を感じない色合せ。自分が“いいな”と感じるものを 日頃から気に留めるようにしています。 特に自然の中で心地良く呼吸ができた時に“いいな”と感じていることが多くて。 松本は山も空も広くて、毎日ここで過ごしていてもたくさんの質感や色との出会いがあります。美術展も好きで行くけれど、やっぱり自然から得られるものが一番大きい。 私はこの自然からたくさんのものを頂いています。」
“柳”で染めるなんて聞いたことなかったからおもしろい発見でした。 媒染の違いによってグレー、こげ茶、ピンクなどにして使っています。 本当にとても良い色が出るんです。」
この草木染料の煮出し作業もすべてこの工房の庭先で。 信州や全国各地の枝葉が届いて、澄んだ美しい煮汁が出来上がっていく。 お子さんをおんぶしたご主人が鍋をかきまぜている姿がとてもほほえましくて印象的でした。
久保原さんの独特のやわらかな風合いはどうやって表現されているのでしょうか。
「紬は“着ていくたびにやわらかになる”というものも多いけれど、私は“初めて着た時もやわらかい紬” がいいなと思って。なので糸の撚りは180回/m程にしています(一般的には200回/m程)。糸がふっくらしているので、織る時にさらに気を遣わなくちゃいけないけど、 手にした時にふっくらしていて本当に気持ちいい。 紬だからこそのやわらかい着心地をはじめから楽しんで欲しいんです。」
また銀座もとじではこれまで、久保原さんに天蚕のきもの制作も依頼してきました。 天蚕とは、大変希少な蚕の品種です。黄緑色の繭を作り、その糸はほんのりと薄緑色で、 美しい輝きがあります。 その代表的な産地として知られる山形県白鷹町でも、現在の年間の生産量がきもの1反分にも満たないそう。