2011年5月28日(土)、民俗学者の竹内淳子さんをお迎えして、福島県昭和村の「からむし織」について、「ぎゃらりートーク」をしていただきました。

はじめに・・・ 「民俗学」とは?
「民俗学で欠かせないこと。 それは、その土地に赴き、歩くこと。 山を越え、路地を行き、暮らしを見る。 春夏秋冬、季節を変えて何度も行く。 そして村の人たちと親しくなって、 はじめて本当の話が聴けるのです。」 民俗学とは、宗教、寓話、習俗や行事など、物質的な形の無いもの、そして衣服、生活用具、家屋や食器や和紙などの、物質的に形を有するものといった、古くから民間で伝承されてきた有形、無形の民俗資料をもとに、人間の営みのさまざまな現象の歴史的変遷や自然風土による特色などを明らかにし、それらを通じて現在の生活文化を相対的に比較考察し、説明しようとする学問です。
主に有形の民俗学を専門とされている竹内先生は、さまざまな土地をいつも単身で訪れていらっしゃいます。一人旅をされることで、訪れた先で目に触れるもの、聞こえてくる声、自然風土や空気感をそのまま全身で感じとられて、まっすぐにその感性で受け止めていらっしゃいます。「その土地に生まれ育ったものと人間の暮らしの関わりの歴史を考察し、記録していくのです。さらにその記録を再びさまざまな資料を用いて検証して文章にしていきます。」

素晴らしい職人の技に、感動せずにはいられない
「福島県会津地方では、昔から女児の誕生のお祝いに桐の苗木を植え、その子が成人して嫁ぐときがきたら、その桐の木を切って箪笥を作り、嫁入り道具として持たせてやる、という風習がありました。」 竹内先生は、以前に良質な桐の産地として知られる喜多方地方へ取材に行かれたそうです。いまは、“喜多方ラーメン”で知られる喜多方ですが、桐下駄の名産地でもあります。 桐の下駄は、「柾目(まさめ)」が、きちっと通っているものが、一番いい上等の下駄で、「柾目」とは、木を縦断したときの、年輪に対して垂直な面に見られる、木目がまっすぐな木材のことをいいます。縞模様を成したその木目の美しい木材で切り出した下駄を、かんなで削る職人さんがおり、その切り出した下駄の表面を綺麗に削れば、その削られた表面は輝くようななめらかさで美しく仕上がり、左右の下駄の表同士を合わせたときに、ガラス板を二枚合わせたかのようにぴたりと吸いつくように合わさって、落ちないのだそうです。 「木の素材からできた下駄が、ガラスのようになめらかに削られて、表面同士がくっつき離れなくなるほどの見事な職人技を現しますが、その下駄に鼻緒の穴をあけてしまえば、そのガラスのような吸いつきは、人に見せられる技ではなくなります。鼻緒をすげられてからは、その職人の技はまるで何事も無かったかのように、下駄屋さんに並びます。下駄は何も主張しません。 けれどその幻のような職人の技に感動せずにはいられないのです。やはりそういうことが本物の技術なんです。わたしの見たことが、職人の技が、そこにあるのです。やはりそういうことは書いておかなければなりません。情熱がそこにあるのです。」福島県昭和村の「からむし」

「昭和村」とは、福島県の西南部に位置し、美しい山々に囲まれた村の名前です。“上布”と言われる伝統織物の原料である「からむし(苧麻 ちょま)」を栽培生産している、本州で唯一の村です。昭和村の「からむし(苧麻 ちょま)」とは、「青苧(あおそ)」ともいい、イラクサ科の多年生植物で、その茎から繊維を取り出します。「今年3月の震災では、三陸沖は、大震災時の津波と地震で大変なことになり、福島県はやはり原発の問題が大変です。
苧麻と大麻の違い
「からむしってどんな虫?と聞かれるけれど、からむしっていうのは虫ではないのですね。」(笑)
と竹内先生。「からむし」は、イラクサ科の多年生植物の宿根草で、日本を含むアジア地域に広く分布しており、古来から衣料としての繊維をとるために栽培されてきました。
「一方、「麻」(大麻)というのは、蚕の食べる桑と同じクワ科で、種をまいて、芽が出て育つものです。

「績」「紡」「紬」、「紡績」
春から夏にかけて、からむしの畑の雑草取り、畑焼き、苗の植え替えを行い、そして人の背丈ほどに成長したところを刈り取ります。夏には、刈り取ったからむしの繊維部分を取り出すための「苧引き(おびき)」を行います。 「苧引き」とは、からむしの茎の外皮を取り除き、内側のやわらかい内皮の靭皮繊維(じんぴせんい)を道具を使って取り出すことをいい、上質な繊維を取り出すために最も熟練を要する作業工程です。靭皮繊維とは、和紙の原料となる楮(こうぞ)などの木の繊維と同じです。※写真中央が苧引きの台 その取りだした繊維の透明な内皮が、「青苧(あおそ)」と呼ばれ、布を織る原料となります。青苧は少しずつ束ねて、陰干しします。じっくりと時間をかけて完全に乾燥させて、「特上」「上」「並」など等級別に選別していきます。
水にさらしてやわらかくした青苧(取り出した繊維部分)を爪で細く裂き、その糸先を撚り合わせて、均一の太さの糸にするための「苧績み(おうみ)」、糸に撚りをかける「撚りかけ」、そして染色などを12月頃までに行います。
「績」
「苧績み(おうみ)」とは、なぜ「績む」のでしょうか? 経糸を1200本~1300本使って織りあがったものをご覧になると 本当に薄くて綺麗な繊維だとわかるのですが、この績むという作業はなかなか大変でしてね、<長い繊維を繋ぐ>という意味があるのですが、乾燥したからむし(青苧)を細く爪で裂いて、太さが均一になるように、先端を撚りながら繋いでいきます。」「紡」
「紡ぐ・紡績、これは主に綿ですね。木綿のような短繊維の繊維を引きのばして、長い糸にしていきます。」「紬」
「紬、これは絹です。長い繊維から、紬ぎだします。よくつないで機(はた)にかけられるほどの撚りをひいていきます。機織(はたおり)って、引っ張ってますよね。するするぬけてきてはしょうがない。撚り繋いでいくのです。もし切れたら機の上で手で繋がなくてはならないのです。機の上で結ぶので、『機結び』といいます。糸をそんなに沢山ひっぱらなくてもほんの少しで結べるんです。覚えるととっても便利なんですね。」「紡績」
原料の繊維の状態から、糸の状態にすることを紡績といい、おもに綿や羊毛、麻などの短繊維をつないで糸にしていく工程を紡績の機械で行います。 「綿花の糸を紡いだ木綿糸も羊毛糸もみんな紡績です。なんでも機械がやってくれるから、どんな繊維でも糸になるかといったら、できる糸とできない糸があります。繊維というものにはよしあしがあり、いい繊維でないと、紡績はできないのです! 糸も、紡績と聞いたからといって、質が落ちるという考えは、間違いです。いいものを作るためには、いろいろな見えない苦労を経ています。いろんな歴史を調べてみると、人間というのは、表面だけいいところを見せて、これが良いものなのですよ、と言うことはやはりできません。 柾目の下駄と同じように、下駄は何も主張をしませんが、でもそれは、柾目の木材からできています。柾目だからいいのです。柾目というのは、年輪が細かく綺麗にできていないと、柾目にはならないのです。そのためには、木を植えっぱなしでは、そのような美しい木材は生まれないのですね。」 モノというものは、いろいろな存在の仕方があり、それぞれいろいろな表情を持っています。人間の暮らしの中に息づく文化を知ることは、本質的な豊かさを人にもたらしてくれるものではないでしょうか。 モノに潜む物語、モノが秘める豊かさを感受する力をより深く養っていきたい、と竹内先生のお話を伺っていて思います。 そして、人を豊かにしてくれる文化的な財産を守って行きたいと切に願わずにはいられません。
「モノというのは、知っていると随分違ってみえることがいっぱいあります。」 これだけ、道具も製品も製法も、長い歴史をかけて、いいものにつくりあげられてきた “からむし”が、もっと広まってほしい、
