雲ひとつない初冬の晴れた朝。人間国宝の福田喜重先生にお越しいただき、銀座もとじ和織にてぎゃらりートークが開催されました。先生がぎゃらりートークでお話されるのはこれで5回目。朝早くからご参加くださったお客様も銀座もとじのスタッフも心地よい緊張感と期待を抱きつつ、ときおり笑いが湧き上がるなごやかな雰囲気に包まれて、貴重なお話を伺うことができました。 司会「自然の移りゆく森羅万象を至高の繍技で一枚の布に描き、平成9年初めて、「刺繍」の分野で人間国宝に認定された福田喜重先生。今回は2009年の初個展〜時の衣〜から数えて5回目になりますが、ついに念願だったプラチナボーイの白生地から、先生のアドバイスを頂戴しながら開発させていただけました。染め・織り・縫いとありますが、(白生地は)どの分野の先生にもご満足いただけるものがなかなか難しいのです。刺繍は1本の糸から始まりますがすべての始まりは白生地からといいます。先生の工房には職人さんも女性の方や若い方が多くいらっしゃいます。これから先生に、一枚の布に宿す日本の情緒、伝統を守るのではなく生かす刺繍についてお話しいただきたいと思います。先生、どうぞよろしくお願いいたします。」
「今日は和服にしようかな?」という時は着物が呼んでいます。
訪問着「扇車」
福田先生「皆さまこんにちは、福田でございます。 司会の方は大層に仰いますが、そんなに大したことではないんですよ。皆さんにとって着物とはどういうものですか? タンスの肥やしなんて言わないで。その肥やし(=着物)は成熟するのに必ず要るものですございます。皆さんがどこかに行かれる時、『今日は和服にしようかな?』と考える時は必ず着物が呼んでおります。
残念ながら私の作品は男の着物ではなく、将来は自分の着物を作りたいと何度も申し上げているんですけど、もとじさんからは、いつも素知らぬ顔をされます。そのうちに着物でここに現れるかもしません。 もう師走です。全力疾走で走るわけですから、まだまだ頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします。」
色は自分で選ぶもの。それが自分の求める色です。
福田喜重先生
刺繍そのものは皆さんが学校で習われた、794年(なくようぐいす)平安時代の1200年くらい前には日本で行われているものです。僕は絹に対する憧れとか、絹に対する造詣を深める日本人の繊細な精神の中からそれを学んできたように思います。」 「クリスマスになると紫と赤オレンジ、黄色と藍の塊になります。波長の短い赤外線、 波長の長い紫外線、これは人間に反射します。
僕の信念は「色は教えられません」ということです。色はぜひ自分で選んでください。それが自分の求めている色です。 「染めは私はやらなくて、暈しは面倒なんです(笑)。」 ただ面倒なことを面倒と思わないで執念深くやったことが私の今の生活に役立っているように思います。 皆さんお洒落は面倒がったら絶対にダメですよ。自分がお化粧をなさったり、着付けをするときでも、毎度同じ鏡で、同じ所で見ているとダメです。少し視点を変えて、光線を変えて、できればカーテンの前がいいですね。カーテンの色がその色を助けてくれる。難しがらずに、面倒くさがらず物事をスムーズに進めていくということが、着物の世界にはたくさんあります。自分がお洒落なさって、誰が着ていたかわからないと言われるのはつまらんですから。着物を着た自分を(誰かが)見てくれるというのがお洒落の基本ですから。」 女性を美しく見せるための作品を作り続けている先生ならではの納得のいく言葉にお客様だけでなく、女性スタッフも頷きます。 司会「刺繍はもちろんなんですが小さな、暈しというのは本当に美しいものですよね。衣桁にもかけさせていただいていますがこちらは、暈しに箔を施しています。淡いお色味なのに深みを感じるっていうか、染を繰り返し、繰り返し行うのでしょうか?」 福田先生「そうですね。繰り返すことで中まで浸透し、深みが出ていくわけです。 皆さん、草木染はそのまま染まっていると思われますか? 媒染をして草木染の色を留めるために酢酸などで煮るんです。これは科学と化学の力です。つまり色がみんな化けていくわけです。 私の場合は液か植物で媒染するわけで熱媒染です。120℃くらいの温度で20分か30分蒸し器にかけると色が吸着して中まで色が留まるわけです。20年も30年も前の色も変わっていません。これはそういうことを考えながらやったからかなと思っているんですけど、しばらくしたら色が飛び、色が褪せます。だから今現在は最高の色ではありません。ちょっとお召しになっていると、その色は落ち着いてくるわけです。皆さんも結婚したての時からしばらくすると馴染んでくる。馴染んでくると今度はケンカになる。そうすると今まで大事にしてきた物を雑に扱うようになる。これはご注意いただきたいと思います。」 先生らしいわかりやすい例えに会場はしばし笑いの渦に。 司会「先生は面倒くさいことを、面倒がらずにやる、その積み重ねなんですよと昨日もお話をしてくださったんですが、先ほどの色ということに関してなんですが先生の工房には大きな天窓があって、光の光線を常に気にされながらその中で仕事をされていらっしゃいます。先生の暈しには光のプリズムと言いますか、広角ですとか、すべてが光につながっていくと思うんですが。そのあたりの話をお聞かせ願えますか?」 福田先生「これは(光の)反射でどう見えるのか?カットしているダイアモンド、ロウソクの光、星の光、行燈の光…。そういう見えたものから、たくさんの物が生まれているわけです。日本の人は特に見えた光を大切にしようというのがございますから、光の中で色彩を識別します。うるさいですね日本の人は。自分の感情が色を示していて、昨日見た色が違うことがあります。昨日見た色は自分の感情が見ているわけですから。」
女の人が綺麗に見えるのは平和のしるし。
今回は先生の刺繍がより映えるようにということで、白生地から開発させていただきま したその白生地を見ていただきながら、こんなお話もしてくださいました。 福田先生「蚕は1分に20センチくらい糸を吐くわけです。ぐるぐる回って外側に回っていきます。
訪問着「扇車」
あの蛾は外に出たらそのままくたばってしまう。そういうありがたいものを日本は国業として始めたんです。僕も蚕をいろいろ飼ったんですけど大体23℃くらいが一番動きやすくて10℃以下になると動かない。蚕はかつて紡績の神様扱いでした。紡績という言葉をご存知ですよね?紡績の紡は紡ぐと書きます。木綿や毛は酸性です。酸性繊維とアルカリ繊維は染め方も違います。僕は刺繍というのは、女の人が心を鎮めるためにそういう図柄を形にして、あの人のためにこの紋様がある、という信念でモノ作りをしています。イメージが膨らむということは、身体の調子も良くなるんです。」 司会「前回、『着物は情緒、帯は理性』という本当にその通りだなという先生のお言葉をお聞きしました。先生はまっ白い生地のここに帯が来るんだろうと計算して作られているのでしょうか?。」 福田先生「計算なんてなにもしていないんです。何となくです。計算すればするほど答えは出にくい。素数というのがありますが、これは割り切れない数字なんです。『着物は情緒、帯は理性』と言いましたけれども帯は何もかもを結び、締めることで着物の上気を抑え込んでいる、控え目に大和撫子の心を内に秘めている。着物にはそんな美しさが存在するわけなんです。女の人が綺麗に見えるということは平和であることの象徴ですから。」 色は感じるもの。面倒がらずに、自分の美しさを続けて欲しい。 司会「以前のトーク会の時、根性と集中力しかないですねという話をしてくださいました が、作業台でのお仕事上、膝と肘はいかがでしょう?」 福田先生「膝とか肘というのは(仕事に)必ず必要なんです。皆さんもずっと同じ格好をされていると膝が痛い、腰が痛いということになります。年を取ると動かないから動かさなくなる。でも動かすと治ることがよくあります。だから治すためにはストップできません。最初からとやりすぎるとかえって悪くなったりしますから。体中ガタガタといったらおかしいですけど、もうちょっと生きられるかなと思っています。皆さんもいやがらずに、面倒がらずに、マメに、こまめに、自分の美しさを続けてください。それが僕の願いのひとつです。」 先生の経験と深い愛情が込められた言葉は、女性ならずとも心に染み入りました。 さらに「もとじさんほどお客様を大切になさる呉服屋さんを、僕はあまり知りません」 という、もったいないほどのお言葉も賜りました。 福田先生「挨拶は手軽な心の架け橋ですということを忘れないようにしてください。そうすると色もいろいろ感じてきます。色は見るものではなく感じるものだと覚えておいてください。色は真実と関係があります。素直というのは一番真実に言う近い言葉かもしれません。」 司会「先生に染めていただいた色を拝見しますと、日本人の隠れていた美意識が呼び起されるような気持ちになります。あちらに「緑」のものをたてかけさせていただいてますが、「緑」は非常に難しい色だと思うのですが…。」 福田先生「緑というのはグリーンです。青信号といいますが、あれは緑信号かもしれません。「緑」は明治になってから入ってきました。それまではああいう色を「青」と言ったんです。今は「青」というと皆さんの頭の中ではブルーです。日本では「緑」は100年くらい前からの新しい色で、染料を合わせることでできる色なんです。 「緑」は新しい色であり、落ち着くカラーです。慌てふためくというのは赤い色です。売り出しの色は赤です。皆さん回転寿司でもまぐろとか、赤いところばかり選ぶ。緑のものが並んでも誰も食べないんです。不思議な色なんですよ。緑は難しい色だということを知っておいてください。緑の色の着物の時には帯はどんな色が似合うのか?迷ったら金や銀と合わせてはどうでしょう。」 司会「魅力的な色ですよね。」 福田先生「染める方にとって「緑」は困るんですよ。やる時は先に黄色に染めておいて媒染をかけます。それからブルーをかけるわけです。緑の染料はないのでやる方は大変です。」 「色というのは自分の精神の中にその色が映っているわけです。それが(自分にとっての)一番の色なんです。美とは真理の輝きです。精神的な真理が輝いていることで美しさが出るわけですから。皆さんそれを知ってください。そして色を見て自分の頭を使ってみてください。」 さて、トークも佳境に入りお客様から興味深いご質問がありました。 「染めの色合いと絵柄がどれもマッチしていて、テーマごとに色合いが決まっているように見えますが、染めのテーマを先に決められて、染めが先でその後に絵柄の色なんでしょうか?」 福田先生「普通、染物は白地に下図を描きまして、糊で防染しそこへ色をかけます。これが昔からあった方法です。昔は何もない生地に刺繍をそのまましたわけです。色を付けることは染まった絹糸の刺繍にしかできないみたいな…。これは昔の平安時代のことですが。私の場合は逆に地色を先に染めます。図柄は面、線、点がありますが、図柄の方が面積的には少ないわけですが、地色というのはグランドですから。」 楽しい時間はまたたく間に過ぎてしまい、今回も福田先生ならではのマイペースなお話しぶりで、多方面からのお話をお聞きすることができたトーク会。最後には、偶然にもこの日が誕生日であった店主の泉二よりご来場の皆さまへの挨拶があり、福田先生にも感謝の意を述べさせていただきました。 先生からは、「女性が身に纏った時に、いかに美しくするかが大事だ」と日ごろから教えていただいています。この日、福田先生はトーク会の後も15時頃まで銀座もとじ居てくださり、お客様やスタッフがお傍近くで交流を持たせていただき、大変貴重な機会ともなりました。
店主 泉二弘明(左)、福田喜重先生(右)
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