大正~昭和初期にかけて流行したモボ・モガ。
モダンボーイ・モダンガールの略称で、西洋文化の影響を受けた最先端スタイルを取り入れた若者を指す言葉です。今回はモボにフォーカスし、彼らがどのようなハイカラライフを楽しんでいたのかをご紹介します。
【ファッション】トレンドを追いながらも個性を究める
ハイカラーのシャツにネクタイをあわせてロイド眼鏡を掛け、細身のステッキを片手に、頭には中折れ帽(夏はパナマ帽)を被る。これが大正時代によく見られたモボのスタンダードファッションです。
ステッキは籐のものが一流で、それ以外の偽物を持つくらいならむしろ持たない方がよい、帽子は少し耳につけて斜めに被るのがカッコいいなど、その一つ一つにこだわりがあったようです。
サスペンダーもモボのオシャレアイテムの一つで、色に流行はなかったものの無地がトレンドだった様子。雑誌『新青年』の男性ファッションのページ「ヴォーガンヴォーグ」の昭和4年11月号ではブランドにも言及しており、「英国でエーガーとモオレエ、米国でカーディとピオニイなど有名ではありますが、おすすめしたいのは、佛蘭西のギュヨットです。ここのは、他に比して、金具がずっと少ないのが特徴です」と紹介しています。
そして、同じく「ヴォーガンヴォーグ」の昭和6年11月号には、コートに関する興味深い内容が書かれています。当時のコートの流行色はグレーやブラウン、ネイビーなどのベーシックカラーであり、表地が地味な分、通人が羽織の裏にこだわるように、裏地を思い切り派手な色にするのもオシャレだと説明。
見た目は洋風に装いながらも、さり気なくクラシカルなテイストを忍ばせるところは、洋装と和装が絶妙なバランスで共存していたこの時代ならではのセンスなのかもしれません。
【メイク】モボは肌や髪の清潔感も大事
『平尾賛平商店五十年史』国立国会図書館
近年、男性でもスキンケアやメイクをする人が増えていますが、これは今に始まった話ではありません。実はモボは美容男子でもあり、大正時代にはすでに男性向けの化粧品も販売されていました。 「資生堂」の日本初の男性用ヘアケア化粧品『フローリン』や、男女問わずジェンダーフリーで使うことができる「平尾賛平商店」のスキンケア化粧品『レート』などがあり、女性用化粧品を男性向けに販売する動きも見られたようです。 そして、モボといえば、かっちり決めたオールバックが定番のヘアスタイル。スタイリングには主にポマードを使っており、フランスやアメリカ、ドイツなど外国製の商品が好まれました。日本のメーカーからも、日本最古の化粧品メーカーと言われている「柳屋」の『柳屋ポマード』が1920年に、「マンダム」の『丹頂チック』が1933年に登場しており、現在に至るまで販売し続けられています。 このように、モボは肌や髪の身だしなみにも気を配っており、作家・評論家の三宅やす子氏は、「今の青年は身ぎれいである。無精に身だしなみをなくするのが男子英雄の倣いとされて居た風はもう跡形もない感じである。脂くさい汗じみた身なりで人をこまらせるような人は殆ど無い」と述べています。
【外出スポット】最先端の街・銀座をモボスタイルで闊歩
現在の若者の街といえば渋谷や原宿を思い浮かべますが、当時は銀座。西洋の最旬トレンドが至る所に散見される銀座の街は、新しい物好きのモボやモガの好奇心やオシャレ意欲を刺激していました。
モボは銀座に通いつめ、最新のファッションや雑貨が並ぶ店でウインドウショッピングをしたり、不二家や資生堂パーラー、カフェーで飲食したりして銀ブラを楽しんでいました。
カフェーは1911(明治44)年から「カフェー・プランタン」や「カフェー・ライオン」「カフェー・パウリスタ」などが相次いで開店。中でも「カフェー・プランタン」はもともとフランスのカフェに倣って美術家や文学者の社交の場として開業しており、黒田清輝、森鴎外、谷崎潤一郎など著名な文化人も多く通っていたそうです。
また、「丸善」もモボ御用達の店。万年筆や西洋剃刀、カフスボタン、スカーフ、洋傘など、モボ・モガ好みのハイカラな商品が豊富にそろっていたため、最先端アイテムを手に入れたい若者たちが多く集いました。
【嗜好品】タバコもライターも海外ブランドで最先端をアピール
当時、タバコの銘柄は日本製の『ゴールデン・バット』が主流でしたが、モボはイギリス製の『エアーシップ』や『チェリー』などを好んで嗜んでいたそうです。
そしてライターもセンスのよさをアピールできる重要なアイテム。イギリスの『ダンヒル』が断然人気で、そのあとにアメリカの『ダグラス』や『ロンソン』が続き、海外への憧れは嗜好品にも強く見られます。
令和に通じるモボ・モガのマインド
大正~昭和初期のトレンドセッターであったモボ・モガは、当時の若者のあこがれの存在であった一方で、しばしば世間からは非難の的にもなっていました。
奇抜な格好をしたモボとモガが連れ立って銀座の街を歩く姿は年長者から見ると異様で、従来の“男らしさ”や“女らしさ”とはかけ離れていたのでしょう。最近の若者は風俗が乱れている、軽薄でモラルに欠けているなど、冷ややかな目を向けられることも少なくなかったようです。
例えば、松竹キネマの女優・英百合子氏は、流行や新しいものに安易に飛びつくモボに対して以下のように述べています。
「洋服の仕立て方、帽子の形や選び方、何等自分という事を知らずにーどんなのが自分に似合うかー「これが今年の流行で御座います」と商人が云えば、一も二もなくこれを受け入れてしまう、只もう流行という二字に捕らわれて、自分に似合うか似合わぬかを考えず、それをおもとめになるではあるまいかと思われます」
『モダンガール コレクション・モダン都市文化16』に掲載されている秋月純美子氏のコラムでも「この頃の若い学生は大方髪をオールバックにして、ベタベタと油や香水をつけて、カフェーや何かではみっともないほどさわぐくせに如何にも善良な前途有望な青年ですよというようにすましているのが、本当におかしい」と持論を展開。
また、研劇協會の花柳はるみ氏は「私が一人前の男を捉えて『モダンボーイさん』と呼んだら、危く横つ面をはらわれる彼女になりそうになりました」と述べており、一部の人々からはあまりよく思われていなかった様子が窺えます。
一方で、肯定的な意見ももちろん見られます。
作家の池田小菊氏は、モボに対して軽薄だとは感じないとし、「話してみて、肩のこる様な、窮屈な青年のなくなったことを、それだけ人間が成長してきたのだと、私はよろこんでいます。考え方、感じ方が、自由になってきたからでしょう。こだわった思想からのがれて、自分を見つめる傾きが、それだけ強くなってきたのでしょう」と理解を示しており、また過去の伝統思想に対して誰しも強い反発心を持つことがあり、それは逆に伝統思想への深い理解に繋がるとも説いています。
また、モボやモガは単に流行を追っていただけでなく、個性も大事にしていたようで、小説家の片岡鉄平氏は、自著『モダンガアルの研究』の中でモガについて「モダン・ガアルは無意識に流行をおうほど、個性に盲目ではない。おのれに合う色彩やにおいをよく心得て居る」と説明。また「ヴォーガンヴォーグ」を執筆し、自身もモボであった中村進治郎氏も「何も全部がこの通りにしろって事はないんです。みんながお揃いの型に作られたらそれこそ流行じゃなくなってしまうでしょう」と個性の重視を唱えています。
当時は江戸幕府が終わってからまだ約半世紀。250年以上も続いた江戸への懐古の念を持ちつつ、激動の幕末から明治を生き抜いてきた年長者にとっては、得体のしれない異国の文化をむやみやたらに享受しているモボ・モガの考えは理解しがたく、伝統をないがしろにしているように映ったのかもしれません。それは、銀座の街に対しても同様で、最先端の街である銀座を“安っぽい”と揶揄する意見も見られます。
確かに一見すると、モボやモガは伝統を軽視し、“新しいもの”や“流行のもの”にミーハーに飛びつき、享楽に耽っているだけのように思えますが、彼ら・彼女らは海外からの洗練された文化を柔軟に取り入れながらも自分なりに解釈して個性を表現し、男はこうあるべき、女はこうあるべきという因習から解放された自由な考え方を体現しているのではないでしょうか。
このような、多様性を重視するモボ・モガのマインドは、令和の風潮と重なるものがあるように感じます。
片岡鉄平氏は次のようにも語っています。「何とか困難ばかりを四苦八苦に恨んで萎けている。不景気ばかりを呟いて後退りしている。此の沈殿した空気を浄化するオゾンを與えるのはモダーンである。銀座がいくら安っぽくても明るく活き活きとして生気のみちた顔が動いている。其の中を泳いで華やかな色彩を添えるモダーン・ガールやボーイは金魚のようなものだ。鮪や鰕のような大きな利益をもたらす魚では無いが、生気が溌溂として見た眼が気持ちよく快い美感を與える」
当時は関東大震災や世界恐慌が発生し、社会に不安が広がっていた時期でもあります。モボやモガはその奇抜さから揶揄嘲笑されながらも、一方では鬱屈とした社会に灯りをともす存在でもあったのでしょう。
その後、戦争によってモボ・モガのマインドは一時途絶えてしまいましたが、彼らの愛した流行は古き良き文化のひとつとなり、今なお銀座の街の中にその面影を残し続けています。
【参考】
・『an・an BRUTUS共同編集 モボ・モガの時代 東京1920年代』
・国立国会図書館 本の万華鏡「第2章 明治、大正、昭和の化粧」
・『モガ』『モボ』と『銀ぶら』
・『モダンガール コレクション・モダン都市文化16』垂水千恵・編(ゆまに書房)
・『讀書放浪』魯庵随筆
・『モダンガール図鑑 大正・昭和のおしゃれ女子』生田誠(河出書房新社)
・『モダンガールのスゝメ』淺井カヨ(原書房)
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