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着物は西洋の人々の部屋着だった!ジャポニスムにおいて着物が与えた影響とは?|知るを楽しむ

着物は西洋の人々の部屋着だった!
ジャポニスムにおいて着物が与えた影響とは?

黒船来航を皮きりに、開国から明治維新へと日本社会が大きく動いた19世紀後半。西洋の先進的な技術に衝撃を受け、我が国が列強各国に肩を並べるべく近代化に尽力していた一方、西洋もまた、長い鎖国によって未知のヴェールに包まれていた日本文化に触れて大きな衝撃を受け、ジャポニスムと呼ばれる日本ブームが起こりました。それは具体的にどんなものだったのか、着物に焦点を当ててご紹介していきます。

日本の"異質な美"に
魅せられたジャポニスム


(澳国博覧会場本館日本列品所入口内部之図『澳国博覧会参同記要』 / 国立国会図書館)

ジャポニスムとは、19世紀後半に世界各地で開催された万国博覧会への出展などをきっかけに、欧米諸国に広まった日本趣味のこと。1851年にロンドンで開催された最初の万博、いわゆる大博覧会では中国コーナーの一部として紹介されるに過ぎませんでしたが、1862年の第2回ロンドン万博では日本コーナーが設けられ、イギリスの駐日公使であったオールコックの収集品が展示されました。そして、1867年の第2回パリ万博には幕府と薩摩藩、佐賀藩が出展し、日本女性3人がキセルで一服する様子などが見られる茶店を開き、人気を博したそうです。

明治政府がはじめて正式に参加したのは1873年のウィーン万博から。日本を世界に強くアピールするため、駐日外国人のアドバイスを受けつつ、浮世絵、染織品、漆器、仏像、刀剣、甲冑、陶磁器、家具や農耕具、漁具といった生活用品まで幅広いジャンルの品物を選定し、展示しました。このような取り組みによって日本文化は欧米に広く認知されるとともに、その異質な美が人々の関心を呼び、ジャポニスムと呼ばれる日本ブームを誘うことになるのです。

『陶磁の国の姫君』ホイッスラー / フリーア美術館
(『陶磁の国の姫君』ホイッスラー / フリーア美術館)

中でも、より日本文化の影響を強く受けたと言えるのが、当時の先進的な芸術家たちでしょう。ゴッホやモネ、ホイッスラーといった画家や、ラリックなどガラス工芸家たちの作品にその片鱗を垣間見ることができます。彼らは日本のエッセンスを作品に取り込むことによって、ルネサンス期以降の写実主義の中で停滞気味だったアート界に新風を吹かせ、新たな造形原理を導き出したのです。

海を渡ってルームウェア
となった日本の着物

着物もジャポニスムを牽引したアイテムの一つでした。では、西洋において着物はどのように受け入れられていたのでしょうか。

西洋で最初の日本ブームが訪れたのは、ジャポニスムが起こる前の17世紀頃。当時、鎖国をしていた日本と主に交流を図っていたのはオランダでした。当時のヨーロッパ各国は、現在のインドから東南アジアにかけての地域で植民地化経営に乗り出していました。中でも大きな勢力を誇っていたのが、オランダの東インド会社(V・O・C)。江戸幕府は、国営商社とも言えるこの会社と交易を行っていたのです。

東インド会社から派遣されたオランダ人達は、当初は平戸、後に出島のみで居住が許され、年に1回、長崎から江戸への参府が必須とされていました。この参府で江戸に赴いた際、将軍から商館長への返礼品として贈られたのが着物だったのです。1691年と1692年の2度、商館付医員として参府に帯同したケンペルは、著書『日本誌』の中で、将軍から商館長に絹の着物30枚が贈られ、それらは"将軍のガウン"とも呼ばれていたことが記されています。

ヤポンセ・ロッケンを着ている男性『天文学者』フェルメール / ルーヴル美術館
(ヤポンセ・ロッケンを着ている男性『天文学者』フェルメール / ルーヴル美術館)

そして、それらの多くはオランダに送られ、西欧の人々の目に触れることになります。もともとシノワズリーの流れからくる異国趣味の流行があったことに加え、視覚的な美しさと希少性、そして軽くて暖かいという絹ならではの機能性が認められ、主に貴族男性の間に普及。ガウンのように羽織るルームウェアとして着用され、ヤポンセ・ロッケンという名で親しまれました。このトレンドはオランダだけでなく、イギリスやフランスにも広まりましたが、これだけ人気が高まるとオランダ商館を経由して送られてくる着物だけでは当然その需要に応えられなくなり、次第にインドや中国で類似品を生産するようになります。そして、次第に正規品・類似品の区別がなくなってその衣服ジャンルだけが残っていく形になり、名称もガウンを意味するヤポン(JAPON)へと転訛していったそうです。

余談ですが、ヤポンセ・ロッケンの中には表地が地味なものもありますが、代わりに裏地に派手な布をあわせることも流行ったのだそうです。偶然かもしれませんが、江戸の裏勝りに通じる感性が西洋にも見られる点は、非常に興味深く感じます。

ジャポニズムにおける着物

次に西欧諸国で着物が大きくフォーカスされるのは、ジャポニスムが起こった19世紀後半以降。キュレーター・服飾研究家の深井晃子氏は、ジャポニスムの中で着物が受容される展開を、次の4つのフェーズで説明しています。

①異国趣味としての需要
②モチーフとその技術の模倣
③着物の造形性の受容
④日本的美学が持つ概念への興味

先述した通り、西欧にはもともとシノワズリーをはじめとするオリエント趣味がありました。そのため、当初は"日本的"なものを特別視していた、というよりは、中国文化などもひっくるめた異国趣味として受け入れられていたと考えられます。これが第1段階である「異国趣味としての需要」です。トレンドの異国趣味の中でも、日本文化は最旬のものだったため、着物は芸術作品のモチーフや屋内の装飾品として取り入れられました。また、流行に敏感な女性たちの部屋着として着用されたり、生地をドレスに仕立てたりすることもあったそうです。

日本モチーフの絹製のドレッシングガウン。このようなガウンも当時横浜から欧米に多く輸出されていた。『ドレッシングダウン』メトロポリタン美術館
(日本モチーフの絹製のドレッシングガウン。このようなガウンも当時横浜から欧米に多く輸出されていた。『ドレッシングダウン』メトロポリタン美術館)

そして、次第に着物はファッションにおいて「モチーフとその技術の模倣」が行われていきます。19世紀後半、万国博覧会をきっかけに日本的なデザインがあしらわれた絹織物がフランス・リヨンで製作され、パリ・オートクチュールの最先端ファッションとしてデビュー。従来の西洋の服には存在しなかったアシンメトリーなデザインにも注目が集まりました。

また、着物は、全体的に肩を支点とするゆったりとした作りと、それに伴う美しいドレープ感が特徴の一つです。それは、今までウエストに支点を置いた、コルセットによって締め付ける洋服とは対極にあるものでした。そんな「着物の造形性」にヒントを得た開放性やゆるみの要素が、次第に西洋服に取り入れられるようになり、ファッションに新たな常識を生むきっかけのひとつにもなったのです。

以上の第1~第3フェーズまでは、日本の文化に触れて欧米の人々がアクションを起こす形でジャポニスムが展開されましたが、最後のフェーズである「日本的美学が持つ概念への興味」を先導したのは、日本人でした。1965年、森英恵は絹に日本の伝統的な花鳥風月の文様を施したドレスを発表し、日本人デザイナーとして初めて欧米の伝統的社会で認知されるドレスを作り出したのです。1970年代には高田賢三がパリで着物に着想を得た服を製作したり、自分の小さなブティックで、浴衣地や浅草で買った踊り用の衣装地などを使用した服で初のコレクションを開催しました。三宅一生は着物と同じ「一枚布」で製作したコレクションを発表。また、着物とは少し離れますが、川久保玲と山本耀司は色彩を黒と白に絞って装飾を排除したミニマルファッションを提案。これはいわゆる“引き算の美学”であり、“わび・さび”の系譜につながる日本の文化的な特質を示していると深井氏は述べています。

このように、着物は節目節目でファッション界に大きな変化を与えてきました。ただし、このような成果を生みだすことができたのは、"着物"そのものだけでなく、その存在を支えてきた日本の繊維産業の技術もあったのです。先述した日本の先駆的デザイナーたちが奇抜なファッションを発表した当時、そのアプローチには賛否があったものの、それらの素材は高く評価されていたといいます。形が単一な着物の差異化を表現するためには素材選びが必須で、それを支えたのが織りや染め、刺繍、絞りといった伝統的な技術だったのです。実際に現在でも、日本のテキスタイルの評価は高く、世界の名だたるブランドが日本で服地を生産していることも多々あります。

古来長く着継がれてきた着物は、決して過去の衣服ではなく、ジャポニスムを体現するひとつの文化であり、私たちがこれから新しいモノを創造していくための起爆剤となる可能性を大いに秘めています。そして、それを支える手仕事も日本の将来を担う大事な財産であり、未来へ受け継いでいくべきものなのです。

「知るを楽しむ」コラム一覧


【参考資料】
・【コラム】ウィーン万博とジャポニスム
・『ジャポニスムと近代の日本』東田雅博(山川出版社)
・『ジャポニスム イン ファッション 海を渡ったキモノ』深井晃子(平凡社)
・世界を魅了するKimono

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