陽明文庫・文庫長 名和修先生|泉二の一口対談

第3回:名和修先生 (陽明文庫・文庫長)

このたび陽明文庫の名和文庫長のご好意で、近衞家の至宝の数々を拝借することができ、新店舗「ぎゃらりー泉」のオープニングを飾っていただきました。

その展示会の最中に交わされた名和文庫長と泉二の「ちょっといい話」をご披露致します。

<名和 修氏プロフィール>

「陽明文庫」の初代文庫長
1956年より「陽明文庫」の業務に携わる
1967年より「陽明文庫」の主事としてすべての管理責任を負う立場となる
1992年より「主事」から「文庫長」と改名し、以後、「陽明文庫」の文庫長として活躍中

『陽明文庫』とは

旧公爵家で五摂家の一家、近衞家の至宝を保管している財団です。
現在では国宝8件、重要文化財57件など指定文化財を持ち、その上に歴代の当主が在職中に記した日記が「関白記」として残されています。 近衞家は大職冠藤原鎌足公以来、代々栄えて、平安時代中期には藤原道長によって代表される藤原北家の嫡流宗家の家柄でした。 代々が官職の最高地位にのぼり、「摂政関白太政大臣」と呼ばれ栄達を成し遂げ、常に朝廷の公事儀式を中心とした政治の場に関与していました。また、代々が必ず儀事典礼に関する記録をしたため、その一方で詩に文に物語に和歌に連歌にと勉学に励み作品を残して行きました。1938年11月、時の首相であった29代近衞文麿氏が「家宝は家門の占有を廃し、天下の公宝とし日本古文化の宝を永遠に保つために財団法人を組織し『陽明文庫』と名づけよと指示を出し、すべての典籍文書がこの文庫に集められました。 このように「陽明文庫」には膨大な量の資料郡が揃っています。

文庫長のお気に入りの茶杓をそっと教えて

泉二:

この度は色々とお世話になりありがとうございます。
名和先生のおかげで、私のような一呉服屋がこんなにも貴重な陽明文庫展を2度も開催させていただけたこと本当に嬉しくありがたく思っております。

名和:

いやいや。なかなか立派なぎゃらりーですから今回は展示のし甲斐がありましたよ。7年前の本店の展示の時とは広さも雰囲気も違う。

名和 修 文庫長
名和 修 文庫長

泉二:

そうですね(笑)。7年前の初回は、私もまだまだ若かったので、貴重なものをお借りしているという緊張から「何かあったら大変! 」と毎晩、本店に寝袋をもって泊りこんで警護して。無事にお返しするまでは緊張の連続でした。3日間お借りして、ダイエットもしていないのに体重が3、4キロ減ったという記憶がありますよ。

名和:

ははは……分かりますよ、その気持ち。

泉二:

今回も貴重な茶杓箪笥とともに31本の茶杓を持ってきていただいておりますが、どれも歴史のあるものばかりですね。

名和:

そうですよ……茶杓でこれだけ由緒正しいものが数多く集められた例は他に無いでしょうね。
今日も某カルチャーセンターの先生がいらしていたでしょう。また生徒さんを連れて来て下さるって言っておられましたよ。 余談だけれど、何年か前に東京のあるホテルであの茶杓箪笥を持ってきて茶杓を見せるという会をやりましたのですがね。その時にも例の先生も来られたらしいのですが、その参観料はあとでうかがうと1人5万円だったそうなんですよ。 5万円ですよ! それぐらい興味のある人には、得がたい機会なんですよ。それが泉二さんのところで今回は無料で見られる(笑)。喉から手が出るくらいの貴重なチャンスでしょうね。

泉二:

私はお恥ずかしい事に茶道の見識は殆どないんですけれど、素人の私でもひと目見ただけで茶杓のひとつひとつに異なった表情があることに気が付いて驚きました。同じものは一つもないんですね。
先生が一番お気に召している茶杓はどれですか? こっそり教えて下さい。

名和:

そうですね。やっぱり、なんと言っても後西天皇の勅作ですね。

泉二:

あの独特の艶やかさと品格の高さを醸し出している茶杓ですね。艶出しを塗っているわけでもないのにあの光沢のある質感と気品はただものじゃないと。

名和:

そうそう……なんと言っても「勅作」ですからね。

泉二:

私が気に入ったのは百庵作でしたっけ。あの一寸無骨な感じが好きです。

名和:

なかなかの目のつけ方ですね。あれは齢100歳の人が作った茶杓ですよ。

近衞家熈遺愛茶道具
近衞家熈遺愛茶道具

泉二:

えーっ!!! 100歳ですか。それにしては力強いですね。

名和:

あははは!! すごい100歳でしょう。

泉二:

本当に(笑)。私も100歳まで頑張れますかね?

名和:

ふふふ……大丈夫、大丈夫。(笑)

泉二:

(笑)
話はかわりますが、今回は掛け軸もいくつか拝借していますよね。で、家熈公画像の左脇に掛けていただいていた「藤原定家」の掛け軸なんですけれども、あの余白はなんとも表現のしがたい迫力がありますね。字は右側によっていてだからこそ何も無い左側の余白がばっと目に入る。

名和:

そうなんです。あれが余白の美なんですね。日本文化特有の美意識といったらいいのでしょうか。西洋の文化は何でも余白を埋め尽くす、足していくと言う文化でしょ。油絵にしても水彩画にしても塗って塗って重ねていく。それと反対に日本の文化は墨絵に代表されるように余白を大事にするんですね。

泉二:

そうですね。和の文化は「引き算の文化」ですよね。

名和:

そうそう……
着物にも余白の美意識があると思うんですよ。だからこの掛け軸を見る方には着物文化の重みも感じてほしいんです。藤原定家の時代よりもっと以前から余白は大事にされていた。着物にはこの日本の美意識が今もしっかり息づいている事を感じて貰えたら嬉しいですね。

陽明文庫の初代文庫長

泉二:

名和先生が陽明文庫の文庫長になられたのはいつごろのことですか?

名和:

文庫長という名前が付いたのは、多分10年ぐらい前からだったでしょう。ただ、私が責任者になって全てを任されたのは昭和42年からですね。当時は主事と呼ばれていました。

近衞家熈遺愛香道具
近衞家熈遺愛香道具

泉二:

それでは、もう40年近くになるわけですね。

名和:

そうですね。 で、ずーっと主事だったんですけどね。ある年、陽明文庫の評議員にもなりまして。そしたら「評議員が主事ではおかしいんじゃないか? 」ということになってね。名刺にも文庫長と書くようになったんですよ。 それが10年程前のことだったんじゃないでしょうか。
結果的に、陽明文庫の歴史上、私が初代文庫長になるんですね(笑)。陽明文庫に勤め始めたのは、1956年のことですから、ずいぶん昔ですよねえ。自分自身そんなに長く勤めているとは思いませんがね(笑)。

泉二:

これだけ貴重なお品の管理を全部任されているのは大変ですよね。今回の展示会の前日もディスプレイは、すべて名和先生お一人で誰の手も借りずになさっていたじゃないですか。
勿論、梱包もご自身でなさったそうですし、その紐を解くのもすべてお1人だったですしね。全部の包みを本当に丁寧に開けて、細心の注意を払って展示もひとつひとつ丁寧に並べられましたよね。 賀茂人形の中には米粒みたいに小さいのもあって、私から見たら定規も無くてよく均等にお人形の前後を間違えずに展示できるな~って本当に感心してしまいました。きっとこの展示会が終わると、また、お1人で誰の手も借りずにひとつひとつ梱包して、京都に持って帰られるわけですよね。

名和:

そうですね。いろいろ自分ながらに工夫しましてね。いわゆる我流ですがね。 でも、時には梱包の専門の美術運送に私が指図したりすることもあるんですよ。

何故銀座もとじで

陽明文庫展会場風景
陽明文庫展会場風景

泉二:

陽明文庫展が海外で開催されたことはあるんですか?

名和:

一度だけ、パリでありましたね。
ただ、陽明文庫展としてではなく、京都とパリが姉妹都市ということもあって、京都市から頼まれて陽明文庫の収蔵品をお貸し出ししたのですよ。展示したのは今回、銀座もとじさんのぎゃらりーに貸し出して室内の左側に展示している加茂人形、御所人形、銀細工などですね。

泉二:

そうなんですか! パリでは何が一番評判になりましたか?

名和:

やっぱり銀細工ですね。

泉二:

あの銀細工は本当に精巧ですからね。その時も、名和先生が梱包を全てなさったんですか?

名和:

いやいや、その時は、航空貨物だから美術品運搬の専門家がやりましたよ。

泉二:

となると陽明文庫からあまり出ることのない貴重な品々を、今回、こんなに沢山お借りして、銀座もとじの新店舗で展示させていただけたことは本当に光栄なことですね。改めて御礼申し上げます。

名和:

いやいや。

泉二:

実は、昨日、見に来てくれた呉服問屋の社長に、「泉二さん、これで商売になるの? 」って聞かれちゃったんですけどね。 私としては「商売」よりもやっと昭和通りを越えて出せた4丁目の新店舗を「もとじ」を育ててくださったお客様に、感謝の気持ちを込めてゆっくり見ていただきながら、貴重なものに触れていただく機会を作りたかった。
で、何が一番良いのかと考えて、名和先生とのご縁を思い出して、この贅沢な展示会を考えたんです。貴重な品を無料で見ていただくことで「どれだけお客様に喜んでいただけるか」それが大事だと思ったんです。

名和:

そうですね。お客様に感謝しなくちゃね。

泉二:

本当にそう思います。そして今回、全面的にご尽力頂いた名和先生にも感謝ですよ。

新店舗「ぎゃらりー泉」での開催は?

名和:

それにしても今回の会場は7年前に比べれば雲泥の差で、本当に素晴らしい空間ですよね。

泉二:

ありがとうございます。本物に触れられる名和先生に褒めていただくと「やった! 」との思いが湧いてきますよ。

オープニング・テープカット
オープニング・テープカット

名和:

ははは……(笑)。
ご専門の泉二さんに申し上げることではありませんが、着物っていうのは、和の美なんですよ。泉二さんの店の「和織」や「和染」の「和」というのは、大和(やまと)つまり「大和ごころ」そのものなんですよ。そうお考えになるでしょう?
だから泉二さんのお店は、単なる呉服屋さんではなく、和の文化を追求しておられるお店なんです。特に今回の「ぎゃらりー泉」は文化の発信基地と謳ってられる。その姿勢が立派だと思うんですよ。そういう泉二さんのお店だから、こう言った文化財を展示できるんですよ。

泉二:

いやぁー、ありがとうございます。

名和:

泉二さんに対する私からのアツーイ エールなんですよ。

泉二:

はい……本当にありがとうございます。
実は、7年前に本店でこの収蔵品を展示させていただいた後、「容れる器が小さすぎた」とずーっと恐縮していたんですね。なので、今回、やっと展示品に相応しい舞台を作ることが出来たので、これは是非ともオープニングにもう一度陽明文庫展をと無理を承知でお願いに上がりました。聞いていただいて本当に感謝です。
その上、テープカットには、近衞家の皆様、近衞通隆さん、夫人の節子さん、そして近衞(旧姓 三笠宮)甯子さんに出席していただいて本当に名誉なことだと感激しています。
名和先生、今回のお客様の反応はいかがでしたか?

名和:

熱心な方々がたくさんいらっしゃいましたよ。今日も、そろそろ終わりだなと思った矢先に、お客様から次から次へと色々と質問されて。なかなかお店からお客様が帰られないその上、私も話し出すと止まらないたちだから、質問されればどんどん長くなる(笑)。で、お店を閉める時間がどんどん遅れる(笑)。でも日本の良き文化に間近で触れてもらえるのは嬉しい事ですよね。

泉二:

本当にそう思います。

「ぎゃらりー泉」は「大和文化」を大切に

泉二:

最後に、今後の「ぎゃらりー泉」に対するアドバイスを何か頂けませんでしょうか。

名和:

さっきも申しましたけれど、ご商売も大事だけれど、「大和文化」をお客様に楽しんでいただくという気持を泉二さんがずっと持ち続けて行ければ大丈夫でしょう。
今回だって実際は、採算度外視して陽明文庫展をやってられるんだし。私は泉二さんのそういう心意気を7年前から知っているから、今回も展示会をお引き受けしたんですよ。

泉二:

本当にありがとうございました。

名和:

昭和通りを越えて、とうとう目標の銀座4丁目へ進出。すごいねぇ。あと2歩、3歩したら中央通りに出られますよ。
って……そこまでけしかけたらいけませんかな。(笑)

泉二:

あははは!!! 「出来ない」と言う言葉は心情に合わないので、頑張ってみますね。この度はありがとうございました。
7年前に、陽明文庫展をさせて頂いてすごくお客様の信用を得ることが出来たんですよ。「なんで銀座もとじはこんなに貴重なものを持って来れるんだ」ってね。事実、昨日も今日もお客様に「なんでなんだ? 」聞かれましたよ(笑)。そのたびに「奄美の海賊はこういう商売をするんですよ」って笑って答えているんですけど、本当は人と人との出会いが成せる力なんですね。
名和先生とご縁が持てたことは本当に感謝です。
今日は長時間お付き合いいただき本当にありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

[対談日:2004/04/15 筆:瀧]