三好一彩さん|泉二の一口対談

第10回:三好 一彩 さん (染色家)

今回のお客様は、京都で独特の色彩と技術で幽玄な染の世界を作り出している三好一彩さんです。
三好先生は分業体制が主の染を一貫してすることに拘り、自分自身で染のプロ集団を率いて一彩工房を主宰しています。
一昨年、銀座1丁目にあった本店で催事をさせていただいて以来、お客様からご好評を頂き、2年ぶりに今回はぎゃらりー泉と和染合同で
10月1日(金)から7日(木)の7日間作品展を開催します。

<三好 一彩 プロフィール>

1949年堺生まれ、同志社大学哲学科中退。
京都で素描友禅を学びその後、絞り染めへと移行する。
一貫製作で隅々まで行き届いたオリジナリティーを出そうと、一彩の染め仕事に関わる仲間との連携は密にしている。
その結果、プロ技術がより一層高まり、一彩色の際立った作品が生み出されている。
「桶だし絞り」や「籠絞り染め」を復活させ現代の染めに活かし新境地を開いている。

「銀座もとじ」らしいものを

泉二:

こんにちは! 今回は新店舗の「ぎゃらりー泉」と「和染」を使っての展示会をお願いすることになりました。宜しくお願いします。

三好 一彩 さんと店主もとじ

三好:

こちらこそ、宜しくお願いします。前回は1丁目の本店でしたよね。4丁目のお店は広いのでどうやって作品を魅力的作り上げるか今色々と試行錯誤中です。

泉二:

先生の作品は割りと訪問着が多いのですよね。今回は敢えてお洒落着の染め着物をお願いしたいと思っています。カジュアル系に着こなせる着物ですね。

三好:

了解しました。

籠絞り染め

泉二:

先生が独自に作り上げていらっしゃる「籠絞染め」ですが、 これもなかなか難しい技法ですよね。

三好:

そうですね。大正時代に有った染め方なんですが、今はやっている方が居ませんからね。どうやって「独特の染ムラ感を活かしながら、無地感覚の染にしていくか」と言う 真反対の方向からの仕事を一緒にしている訳ですから、染の頃合って言うのが難しいですね。

泉二:

どこで染を止めるかなんですね。

三好:

そうです。そうです。京都では分業制が多いのですが、私が敢えて独自の総合的なチーム体制みたいな取り組みを取るのはこの一瞬を逃さないためなんですね。「ここだ! ! 」って思ったところで止められるのは、私の意図が製作に関わってくれる仲間たちに全部行き届いているからあって、これが無かったらなかなか良いものは出来ないんです。なので仲間たちとは駄目出しみたいなこともしますし、徹底的に話し合います。

泉二:

そのこだわりが良いものを作ることに繋がるんですね。籠絞り染めは、糸を一切使わないのですよね。

三好:

はい、そうです。80センチ×50センチの籠の中に一反の着物を詰めていきますから慣れるまではちょっと難しいでしょうね。私たちは30分もいただければきちんと詰め込めます。ただ凹凸を活かして染める方法なので同じ染は二度と出来ません。一反一反が手作りですからね。今の「オンリーワン」を大事にする時代には合っていると思います。

泉二:

そうですね。私も今紬と染と両方扱っていますが、お客様のニーズは「オンリーワン」ですね。三好先生の所は友禅染めもされますが他には?

三好:

私のところでは、「桶だし絞りの染」もします。近頃ではその桶を作る職人さんが居なくなってしまったのでとっても不自由していますね。「桶だし絞り」は反物を染めるために桶の淵に針打ちして反物を止めて行きますから、桶の淵は使うたびに減っていくんですよ。きちんと揃わなくなると染料がいらない所まで染込んでしまって、折角の染が全くだめになってしまいます。そうならないために淵を綺麗に削り直してまた使う。これを繰り返す訳で桶は消耗品になるんですね。と何時かは小さくなって使えなくなる。新しい桶が欲しくなるんですが、今きちんと揃った桶を作れる職人さんが居ないんですよ。

泉二:

染の技術だけでなく、その染に関わる材料を提供する技術も減りつつあるんですね。

三好:

そうですね。私の仕事仲間はみな50個は桶を揃えていますね。色によって桶を変えていきますから最低それくらい無いと仕事になりませんから。

なぜ染の世界に?

泉二:

先生はどういう経緯から染の世界に入られたのですか?

三好:

最初は高校生時代に油絵が好きだったんですね。で、当時はコンセプチュアルアートと言うのが流行っていた。「具象の時代は終わった」って言われ始めていたんですよ。で、「哲学的な発想で絵を描くべきだ! 」と考えましてね。同志社の哲学科へ進んだわけです。でも「絵」的な世界から離れる気は無かったので、夜にグラフィックデザインの専門学校に通っていました。

三好 一彩 さん対談

私達の時代は「学生運動」が華やかなりし時で、学校も行ったり行かなかったり(笑)。結局アルバイトでグラフィックデザインから素描友禅の世界に進んで、その後絞り染めへと進みました。

泉二:

自由に染の世界を闊歩した?

三好:

いや、闊歩したなんてかっこいいものじゃないです。私たちは、自分自身の腕で食べて行く世界ですし、自分で築き上げる世界でしたから、まだまだ何も無かった私には失うものは無かったですからね。何でもやれました。

泉二:

分かります。私も一代でこの店を作りましたからね。当時は怖いものなしで「やるだけやったるぞ! ! 」って言う考えでしたから、無謀なこともしましたよ。今は良い勉強をしたって思っていますが。先生のその自由な発想はどこからきたのですか?

三好:

う~ん。父親も母親も縛らない人ですからね。両親の影響も有ったとは思います。ただ中学の恩師(校長先生)の影響は強かったと思いますね。「自由都市、堺に生まれた意味を理解しなさい! 大事にしなさい! 」と何かあるたびに全校生徒に伝えていました。その意味をきちんと理解できたのは大人になってからですが、凄く重みのある教えだったと思っています。

泉二:

そういうのありますよね。私も高校時代の恩師が「反省しても後悔するな! 」って島を出るときに言ってくれましてね。これは今も心の底にありますよ。

染めの魅力

泉二:

先生にとって染の魅力ってどんなところですか?

三好:

う~ん。なかなか難しい質問ですね。まず素描友禅を学んだときは、染の決められた範囲で巧みに表現するその記号的な意味合いに興味がそそられました。友禅の柄は、リアルさは無いけれど記号的な意味があると思うんですね。あの松の描き方、桜の描き方。簡略化されていて、でも一瞬でその意味が分かるように、すでに今も認知されている。最初に考えた人は凄いと思いますよ。決められた範囲で一定の制約の中に簡略して表現していくものが友禅ですからね。凄いです。次に入った絞りの世界は独自性が凄く出る。私のように一貫してやると、余計にその加減が面白いのです。同じものは二度と出来ないだけにひとつひとつにドラマがあると言えるんじゃないでしょうか。

これからのチャレンジは?

泉二:

いつもなにか新しいことにチャレンジされている先生ですが、今後のなにか目標はありますか?

三好:

そうですね。今、思っているのは、「柄を使わないものづくりをしてみたい」って言うことでしょうか。着る人が綺麗に見えるものづくりをしていきたいと思っているんですよ。私自身近頃では「色のイメージ」が先に出るんですね。そこにいろんな色を組み合わせていく。そうなるとそれが柄に見えてくる。そんな世界を作ろうとしています。染は魅力がありますよ。

泉二:

そうですね。今の街並みに合う染物、たとえば織で今まで表現していた縞柄や格子柄を染で探しているお客様もいらっしゃる。また染の世界も広がっていくのではと思います。

三好:

着物の最先端で働いている泉二さんにそう言ってもらうと嬉しいし、心強いですね。私も自分でショールコートなども開発していますが、是非着物を着る人に綺麗になって欲しいと思います。それが自分が作ったものだったら余計に嬉しい。そういう感謝の気持ちで仕事をしています。

泉二:

ありがとうございます。展示会中は「ぎゃらりー泉」で午後7時から小さな「もとじ倶楽部」を開きますので是非先生宜しくお願いします。

三好:

はい。私で出来ることでしたら是非協力させてください。

泉二:

宜しくお願いします。本日はお忙しいところ工房にお邪魔して失礼いたしました。また10月に宜しくお願いします!

[対談日:2004/09/02 筆:荒井博子]

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