小紋師・藍田正雄さん(第二回)|泉二の一口対談

第24回:小紋師・藍田 正雄さん

<藍田 正雄さん プロフィール>

1940年茨城県生まれ。小紋師の父・藍田春吉の次男として生まれ、2代続いての 江戸小紋の小紋師となる。15歳から修行に歩き、その修行先は十数箇所に及ぶ。最後の「渡り職人」と言われている。16年以上に及ぶ修行の末、実家に帰り独立。幾多の苦難を乗り越えて今の技術を得る。1983年に日本工芸会の正会員になる。1999年群馬県指定の重要無形文化財保持者に認定される。

藍田正雄さん
藍田正雄さん

プラチナボーイに小紋師の血が騒ぐ

泉二:

ご無沙汰しております。今日はお忙しい中、取材にお邪魔して申し訳ありません。宜しくお願いします。

藍田:

こちらこそ遠方までお越しいただいてありがとうございます。宜しくお願いします。

泉二:

プラチナボーイの発表会にお越しいただいて以来ですから、もう3か月以上経つんですよね。歳月の経つのは早いですね。

藍田:

本当に。でもあの『オスの蚕の糸だけで作ったプラチナボーイの白生地』は見事でしたねえ。久しぶりに小紋師としての血が騒ぎました。板場に入ってプラチナボーイの白生地を板に載せ、地貼りしても殆ど伸び縮みが無いんですよ。その上染料はしっかりと染みこむ。でもにじまない。「こりゃ素晴らしい。私が今までやってみたいと考えていた染の挑戦が出来る白生地だ! 」って感動しました。工房の弟子たちも皆びっくりしていましたよ。

泉二:

ありがとうございます。先ほど工房を覗いた時もお弟子さんたちから「素晴らしい白生地でしたよ。今年は、プラチナボーイは来ないんですか? 」って尋ねられて嬉しかったです。

藍田:

本当に皆で感動しましたから。で、私はその上に3月に開かれたパーティに招待していただいてお邪魔して更にびっくり。大日本蚕糸会の蚕業技術研究所の錚々たる方々が居て、37年も遺伝学の研究をされた博士が居て、千葉の養蚕農家の人々の努力が有って。『人と人との力強い絆と協力』があって実現した糸だったんだなあって思ったら胸が熱くなりました。私たち江戸小紋も、伊勢型紙の和紙が有り、型紙彫る人が居て、私ら小紋師が居て、それで出来上がるんですけど、誰一人欠けても実現できないんですよね。プラチナボーイもそうでしょう。そうやって出来上がった糸から織られた白生地を、預かって染めさせて貰え、本当に嬉しかったです。今年、もし許してもらえるなら時間を掛けてでも、「極細の毛万筋」や独自の型紙を伊勢で彫ってもらって染めてみたいんですけどね。チャレンジしてみたいんですよ。

泉二:

願っても無いことです。藍田さんの江戸小紋はうちのお客様でもファンが多くてね。「新作! 」ってお伝えしたらもう大変じゃないかなぁ。

藍田:

パーティにいらしていたお客様は、皆さん本当にお着物を愛していらっしゃるんですね。大事に着てくださっている。あの姿、笑顔を見たときに「着物もまだまだ頑張れる! 」って思いましたよ。だってあの何倍も泉二さんのところにはお客様がいらっしゃるんだから。それだけ考えても楽しい。弟子達にも「未来はちゃんと有るぞ。だから良い仕事をしろ! 」って帰ってきて直ぐに伝えました。

泉二:

ありがとうございます。作り手の方々が元気になってくださることが、私にとって嬉しいことです。藍田さん、時間は掛かっても構いません。今年もプラチナボーイの白生地を持って参りますから、是非藍田さんの納得のいく作品を作ってください。待っていますよ。

技術を伝えていく貴重な資料

泉二:

藍田さんのところには「裃で80点、江戸時代の打掛も数点保管されている」って伺ったんですけど。

藍田:

はい。そうなんですよ。お恥ずかしい限りですが、実は借金して買い集めました。これらはね、今はもう残っていないものもが多いんですわ。でも小紋師にとっては将来に技術を残していくためにも貴重な資料なんです。先々代の「岡巳」の社長に私は凄い恩が有りましてね。その社長が蒐集家で大変素晴らしいものを沢山持っていらした。

武田菱の型紙
武田菱の型紙

「本物を見る目」をお持ちだったんでしょうね。なので「岡巳」が失くなる時に「是非お願いしたい」って交渉して譲ってもらったんです。有りがたかったですよ。どれ一つ見ても「これを型紙にして貰いたい」って思うものばかりなんです。私も創作意欲が掻き立てられましたね。

泉二:

あの・・・ちょっとお願いが・・・ 凄く図々しいお願いは百も承知なのですが、9月に弊社でさせていただく藍田さんの展示会の折に数点お持ち頂く事は可能でしょうか?

藍田:

そんな恐縮して仰らないでください。外へは殆ど持ち出さないんですけど、熱心なお客様のいらっしゃる泉二さんのお店なら構わないですよ。今日も社長さんとスタッフさんがこんなに熱心に取材に来てくださっているんだから。私も出来ることはしないとね。

泉二:

あ・・・嬉しいです。本当にありがとうございます。どうぞ宜しくお願いします。

藍田:

そうそうこれはもうボロボロになっているから持ち出せないですけど、縞の型紙を作っていた人間国宝の児玉博さんの型紙もあるんですよ。持ってきますね。

泉二:

え! 見せていただけるんですか?

長板に白生地を張り確認します
長板に白生地を張り確認します

藍田:

はい。えっと・・・ これですね。この箱の中です。もう切れ掛かっているものもありますから、本当に貴重で大切なんですけど。この方のところへも日参しましてね。何十回通ったか分かりませんわ。でも毎回、けんもほろろに帰されました。私もしつこいから粘りましてね。一日工房の片隅に邪魔にならないように正座して、彫っている児玉さんの姿をじ~っと見てました。そしたらある日急に「そんなに俺の型紙が欲しいか」って聞くんです。もちろん即座に「はい! 」って応えたら一枚ポンってくれて。

嬉しかったですね。直ぐに高崎に帰って白生地に染めましたわ。一週間後にはその反物を抱えて、また児玉さんの所へ行きまして「ありがとうございました。染め上がりました」って見せたんですわ。これには児玉さんもびっくりして、「もう染めたのか? ! 早いなあ」って。 で、染めた反物を見てくださって、「お前さんは腕がいいなあ。分かった! どんな型紙が欲しいのか。彫ってやる」って。もう、嬉しくて嬉しくて! ずっと憧れていた型紙をああでもないこうでもないと言いつつ伝えて、彫っていただいたんです。それ以来、児玉さんが亡くなるまでお付き合いさせていただきました。この型紙、縞が彫りかけに成っているでしょう。これは、児玉さんが倒れる直前まで彫っていたものなんですよ。凄く細い縞でしょう。今の職人の方々でここまでの縞はなかなか作れません。

泉二:

凄いですね。あれ? いつの間にか、うちのスタッフが隣に来て泣きながら見て居ますよ。ははあ・・・うん・・・見ていて涙が流れる気持ち分かりますね。迫力と言うか何かが伝わってきますね。

藍田:

そうでしょ。身内の方も最初はなかなか譲ってはくれなくてね。これもお願いしてお願いして実現しました。大切な家の宝ですよ。

後継者育成が日本の染織の道だと思う

泉二:

藍田さんのお弟子さんは今4人ですか? 皆さん凄く和気藹々としていらっしゃいますね。藍田さんとも凄く温かい空気で繋がっている感じがします。

藍田:

そうですか。ありがとうございます。皆、色々な職種から弟子入りして来たんですよ。母親と息子で弟子入りしている者も居りますよ。父親は会社員なんですけどね。

工房の近くで水洗いする藍田さんとお弟子さん
工房の近くで水洗いする藍田さんとお弟子さん

母親が藍染をしていて今から10数年前に弟子入りしたんですわ。したら息子が大学を卒業して弟子入りしたいと言って来た。「大学出たんだから職人じゃなくて」って話したんですけど、「一生掛けて物づくりをしたい」って熱心に言うんですわ。ご両親も賛成だったんで今は親子で毎日高崎から来ています。

泉二:

親子さんですかあ。お顔が似ている訳だ。二人とも楽しそうにしていますね。

藍田:

息子も筋が良いんですわ。将来が楽しみです。

泉二:

元ソニーに居たって言う女性もいらっしゃいましたね。

藍田:

そうなんです。彼女の場合は何度も断りましたわ。なんせ最先端の技術畑に居た人ですし、都会で仕事していた人ですからね。「絶対にこんな田舎で職人仕事は無理だ」って断ったんですわ。でも何度も通ってきて言うんです。「仰るとおり都会の真ん中で、時代の最先端技術の仕事をして来ました。でもこの世界は3か月ですべてモデルチェンジ、どんどん変わって行くんです。私は一生涯残るものを作りたいんです。」って。これにはじ~んと来てね。私も同じ思いだったから弟子入りを許しましたわ。彼女は勘もいいし仕事も早い。どんどん覚えて行きますわ。続いてくれたら将来が楽しみですね。

泉二:

お弟子さん一人ひとりがのびのび仕事していますよね。

藍田:

ありがたいことですよ。私が「あれをやろう」と思うとさっと動いて準備してくれている。痒いところに手が届く人ばかりです。だから仕事場に居るのは大好きです。

泉二:

それは藍田さんが、それだけお弟子さんにも心を込めて接しているからだと思いますよ。どちらか一方が心を掛けても応じる人が居なければ続かないことですから。藍田さんの所は、藍田さんもお弟子さんも「いつもお互いに思いやっている」って言う感じがしますね。「ありがとう」と言う感謝の言葉を大切にしている。なかなか出来ないですね。
沈む太陽に手を合わせる人に

藍田:

あまりお褒めに預かると困りますわ(笑)。 私は一つだけ心掛けていることがあるんです。「沈む太陽」に感謝する人間でありたいと。弟子達にもそう言う人間で有って欲しいと思っているんです。 私の人生、先ほど「和織物語」の取材の折にスタッフさんにお話したように「谷ばかりだ! 」って思う時期があったんですね。けれど、人との出会いで本当に助けられたんです。「岡巳の社長」「警官」「伊勢型紙の児玉さん」その他本当に沢山の人に出会って助けられて。人情って良いですよね。人って良いですよね。 自分に色々有ったからこそ「登る太陽」に手を合わせるだけではなく、「沈む太陽」に感謝の気持ちを込めて手を合わせる人になりたいんです。

泉二:

素晴らしいですね。本当に仰るとおりです。

藍田:

今回、泉二さんからプラチナボーイという新しい出会いとご縁を持たせてもらった。それで小紋師としての新しい課題も見つかったんですから、本当に感謝です。

藍田正雄氏の江戸小紋
藍田正雄氏の江戸小紋

泉二:

私も感謝ですよ。「プラチナボーイ」をうちの規模の小売屋が扱わせてもらうこと自体冒険だったんですよ。不安も沢山ありました。でも開発者の先生や蚕糸会の方々が本当に応援してくださって、養蚕農家に人達も頑張ってくれて。みんなの支えや協力があったからやって来られたんですね。そして私のチャレンジ精神を藍田さんが受けてくださった。だからこうして先生とも今まで以上にお付き合いをさせてもらえる。私も人との出会いで助けられここまでやってきたんです。

藍田:

嬉しいですね。泉二社長と同じ考えで物作りをしていける。同じ考えを持つもの同士が結びつくことは、凄く大きな力になると思うんです。だからこそ、弟子達にはもっとお客様の思いを感じて、未来を信じて頑張って欲しいと願いしますね。

泉二:

是非、9月の「もとじ倶楽部」にはお弟子さんと一緒にいらしてください。 お客様の着物を愛する心を直に見てもらったら、希望が沢山沸いてくると思うんです。また店舗にいらっしゃるお客様とお話しをしていただけたら、制作の参考になることが色々あると思うんです。是非皆さんでいらしてください。作り手が元気になってもらうことが私の一番の喜びですから。9月楽しみにしています。

藍田:

はい! 私も楽しみです。梅雨時に頑張って色々染めて、泉二さんのお客様に喜んでもらえるものを作っていきます。

泉二:

是非! 待っています。

[対談日:2007/06/06 筆:荒井博子]