染織作家・吉田美保子さんの工房を訪ねました

染織作家・吉田美保子さんの工房を訪ねました

2010年9月、染織作家 吉田美保子さんの工房を訪ねました。

神奈川県大和市。庭先に花と緑があふれるあたたかな住宅街。 その一角に吉田美保子さんの工房兼住居”である“マンション”がありました。 そう、吉田さんはこの“マンション”の一室で、ほぼすべてのsomeori(染め織り)の仕事をしているのです。 「驚いちゃうでしょ。普通のマンションで。でもね、ものすごく探し歩いてやっと見つけた場所なんですよ。 だって、6mの反物が張れるまっすぐなスペースがある一人暮らし用のマンションなんてなかなかないでしょ (高級マンションなら別だけど)。しかもここは、窓にバーもあって(きっと洗濯物をかける用だけど) 布張りのための紐を結ぶのにちょうどいいし。
吉田美保子さんの工房

さらにはちょっとなら改造してもいいって許可まで取り付けたの。 なかなかないんですよ、こんなところ!」 見渡してみると、天井にはフック付きのクギが何十個も一列に並んでいたり(糸整経のために)など、 さまざまな工夫と創作の成果がいっぱい。機があるのはもちろんのこと、 染めをするための鍋やコンロ、さらには布に染料を定着させるための蒸し器まで。 これだけの機材、普通なら足の踏み場もなくなるはず。 でも、3DKの室内はとてもきれいに整理整頓されて、 センスのいい民芸品がさりげなくおいてある、そんな素敵な工房です。

吉田美保子さんの工房内観

吉田美保子さんのきもの
染織の世界へ入ったきっかけは何だったのでしょうか。「“ものを作ることを仕事にしたい”という想いははじめからありました。 いろいろ試している時、染織に触れる機会がありやってみたんです。 その時“糸を染め、糸と糸が組み合わさって布になる”ということがおもしろいと感じて。」

その中でも「着物の染織」に入った理由は? 「“布が立体的になって、人がまとい、自分が作った造形物が街を歩く” これが絶妙におもしろいと思って。

自分が作ったものが閉じこもらず、時に世界中を旅行していたりする。銀座の街を歩く。 別の人もそれを見てあこがれる。私自身は主役にはなれないけれど、 その手助けができることにロマンを感じたんです。」

独特の世界観と発想力豊かな織技法。 その想像力はどこからきているのでしょうか。

「私は20代の頃、イギリスを拠点にヨーロッパを2年に渡り旅をしながら絵を描いていました。 そこで見た景色や空気、質感に対する感動は20年以上たった今でも刺激となって、作品づくりの源になっています。 25歳から日本で染織の仕事を始めてからは、同時に工芸店でも働いていました (染織だけではまだ食べれなかったから)。
吉田美保子さんの作品

手描き更紗を主に扱う店で、そこでアジアの布に触れることができたのも今の力になっているかも。 アジアの布って、夢に出てきたものを織ったりと、決まりきったものがないんですよね。 その自由な発想が、染織を始めたばかりの私の気を楽にしてくれました。 自分が美しいと思うものを織っていいんだと思えるようになったんです。 着物だからって日本テイストで織らなくてもいいんだって。だから、今もかなり自由に楽しいなと思うものを織っているんです。」

吉田美保子さんのきもの
国内外のさまざまな文化や発想に刺激され、そこで受けた感覚を大切にされている吉田さんは、特に師事をした方はおらず、いろんなところに顔を題して染織の技術を学んできました。その柔軟性(自由さ)はデザイン性のみだけでなく、独特の織技法や制作方法にも見られます。

吉田さんの最大の特徴は「刷り込み絣」。これは糸を機に張ってから、経糸に染料を刷毛で刷り込んで染めつけするという技法です。

織りながら染めていくのでその色の位置決めがとても難しいのですが、独特のやわらかな溶け込みが表現できるとともに、自分の思い通りのところに(普通では入れられないような部分に)色挿しができるという魅力があります。また、さらに「縫い取り」という驚きの織技法も。それは「経糸が緯糸になったりする」というもの。「布は糸と糸が組み合わさっていればいいのだから、糸が同じ方向だけじゃなくて、途中で90度曲がってもいいんじゃないかと思って。ちょっと太めの糸とかを使って、面を囲い込むような織柄を作ったりしています。」 吉田さんはこの「刷り込み絣」と「縫い取り」をいかに併用して表現していくかということが、一番の研究対象、興味のあるところなのだそうです。

「刷り込み絣」と「縫い取り」

今回の企画展は銀座もとじでの第2回目となる個展です。「中世の秋」に込められた想いとは?「秋にやる、と聞いて思い出されたのがホイジンガ著の書籍「中世の秋」だったんです。 20代の始め、この書籍を読みながらボヘミア地方を旅していました。プラハのモルダウ川。人々が落ち着いて暮らしている空気が自分にとてもなじんだのをよく覚えています。中世はルネサンスの前で落ち着いている時代でありながら、ルネサンスに向けての息吹も感じられる。そんな二つのイメージから今回「中世の秋」と題して作品をつくってみました。モルダウ川の源流から水滴が生まれて、川となり、プラハの街を横切り、いつしか海に流れていく。田舎の暮らし、貴族の暮らし。水面に輝く光。。。
機に座る吉田美保子さん

私自身のイメージはもちろんありますが、なによりも着る方自身にストーリーを作ってもらえたらと思います。」 吉田さんの作品にはすべてに独特のキャプションがほどこされているのも魅力。そのひとつひとつは、口に出してみると心が楽しくなるものばかりです。この創造力あふれる世界観とともに、着物をまとい、それを箪笥に閉じ込めることなく、さまざまな街並みの中で着物に旅をさせてあげたい。 吉田美保子さんの作品はそんな気分にさせる織物です。