四代目中村種太郎さん ぎゃらりートーク開催レポート

2011年8月14日(日)、四代目中村種太郎さんをお迎えしてぎゃらりートークを開催いたしました。中村種太郎さんは2011年9月、四代目中村歌昇を襲名、「秀山祭九月大歌舞伎」(新橋演舞場)にて襲名披露の口上をされます。
四代目中村種太郎 ぎゃらりートーク

この度は父である三代目中村歌昇さんも三代目中村又五郎を襲名、お二人同時での襲名披露公演となります。
銀座もとじではこの度、ご縁から、四代目中村種太郎さんをお迎えしてのぎゃらりートークの開催と、2011年9月の新橋演舞場での歌舞伎公演の鑑賞会をさせていただけることとなりました。

平成元年生まれ、22歳。若手のホープとしてとても人気の高い種太郎さん。ぎゃらりートークでは、初舞台を踏んだ幼少時代から、大学4年生となった現在まで、プライベートな素顔や芸に向かう熱い想いお伺いしました。

四代目中村種太郎さん プロフィール

2011年9月 四代目中村歌昇襲名
平成元年(1989年)5月6日、三代目中村歌昇の長男として東京に生まれる。
平成6年(1994年)六月歌舞伎座「四代目中村時蔵三十三回忌追善」の『道行旅路の嫁入』の 旅の若侍で四代目中村種太郎を名乗り初舞台。 子役時代から、『菅原伝授手習艦』寺子屋の菅秀才、『盛綱陣屋』の小四郎、 『奥州安達原』のお君など数多くの役を演じる。 近年は、『義経千本桜』川連法眼館の源九郎判官義経、『大石最後の一日』の細川長男内記利章、 『傾城反魂香』の土佐修理之助を演じるなど経験を積み重ね、若手立役の一人として活躍の場が増えている (松竹 秀山祭九月大歌舞伎 パンフレットより)

5歳の初舞から中学生、そして大学4年生の今

(左から)四代目中村種太郎さん、司会の服部綴工房社長 服部秀司さん
「初舞台は5歳。当時のことはよく覚えています。小さい頃は皆、いろいろと失敗をするのですが、 僕はというと、舞台で爆睡してしまったり。。。大きくなった今でも、ハプニングはたまにありますよ。足がしびれてしまったり、

虫がまとわりついて手で振り払っていたしぐさがDVDの映像として残ってしまったり。。。それはとっても怒られました。。。舞台ではいろんなドラマがあるんです(笑)。」一見近づきがたい凛々しい眼差しと立ち姿、でもお話をしてみるととっても気さくで、愛らしい。 芯を突き抜ける鋭さと女性ならきっとキュンとしてしまう柔らかな眼差し。不思議な魅力に惹きつけられる、種太郎さん。 歌舞伎役者さんをお迎えする、としてちょっと緊張していた私たちの気持ちもふわっとほぐしてくれました。

歌舞伎役者の家に生まれ、幼少の頃より舞台に立ってきた種太郎さん。まわりにも同じような環境で育つ役者仲間がいた中、種太郎さんはちょっと違った学生時代を過ごしたそう。

「役者の中学生時代は、身長も中途半端なので子役も大人役もやることができず、また声変わりもするため、 あまり舞台に立つことができません。だからその間、普通は日舞など、稽古に励むんです。でも僕は父に『中学3年間だけは好きなことをやらしてほしい』とお願いして、3年間バレーボールに打ち込ませてもらいました。この3年間の経験、役者以外に集中してのめりこんだものがあったという経験が、今の自分の糧になっていると感じています。」 役割はリベロ、全国大会まであと一歩というところまで行った、強豪チームだったそう。「その代わり、日舞の稽古は今となっては足りないのかもしれないけれど。。。」それでもずっと役者として生きていく人生の中で、「今しかない」と感じとり、役者以外の世界を真剣に見れたことは、今後の自分の人生にとっての価値観や視野への影響がきっとあり、 そしてそれを許してくれた父に対しても有難いと感じている点なのだそうです。

現在は大学4年生。学業との両立は大変な時期もあったそうですが、「いつでもどこでも、常に芝居モード。芝居と学業を切り替えてやっていくというよりは、 いつも芝居を中心に生活をしている、それが普通になっていますね。でもしっかり学生らしいことを経験することも大切にしています。 お稽古は夜8時には終わるので、それから大学の友人たちと飲みに行ったり。もちろん公演前にはお酒は控えめにしますが。。。 違う考え方、違う世界の人との出会いは今の自分の視野にとってとても大切です。」 「もちろんちゃんとお稽古もしています。先輩方の芝居も拝見して勉強もしています。」 “生粋の負けず嫌い”そうご自身について語る種太郎さん。 今できること、今しかできないことをしっかりと見極め、経験し、感じて生きる。 鋭さと柔らかさ。役者の家業を受け継ぎながらも“普通”の部分も持っている、それが種太郎さんの人間の幅、そして私たちが親しみやすさを感じる魅力なのかもしれません。

「四代目中村歌昇」襲名について

父、そして代々続いてきた「歌昇」という名を受け継ぐことに対しての想いはいかがでしょうか? 「2人で夕食を食べている時、父に急に言われたんですよ。しかも「襲名する? 」ってとても軽く言われたので、 その言い方にも驚いてしまって。でも翌日、改めて呼ばれて正式にお話をいただきました。やはり、嬉しかったですね。
店主 泉二弘明 四代目中村種太郎さん
(左から)店主 泉二弘明、四代目中村種太郎さん

父が「歌昇」を襲名したのが25歳、僕が22歳、年齢はあまり変わりません。 父「歌昇」は踊りが上手いことで定評をいただいています。その名を継ぐということ。 僕は台詞の覚えはいい方ですが、踊りの振りを覚えるのが苦手な方。父を越せる存在になれるように精進いたします。今は目下、「歌昇」のサインの練習中です(笑)。」

芯を突き抜ける鋭さの中に見せる柔らかな愛らしさ。 年月を経て、またぜひお話を伺ってみたい、そう思わせてくれる不思議な魅力がある種太郎さん。今後のご活躍を心よりご期待申し上げております。

(文/写真:伊崎智子)