染織作家・久保原由佳理さんのぎゃらりートークを開催しました

長野県松本市でものづくりをされている染織作家 久保原由香理さん。 2013年9月5日(木)-8日(日)念願の“初個展”を銀座もとじにて開催させていただきました。

久保原由佳理さん

9月7日(土)には、久保原由佳理さんを迎えてのぎゃらりートークを開催いたしました。

久保原由香理作 九寸帯

個展のお話をさせていただいたのは2年前。
今回は、銀座もとじで開催させていただく個展の中でも初めてとなる、“すべてプラチナボーイの絹糸を使っての作品制作”で取り組んでいただきました。年間生産数が限られている希少な純国産の特別な繭“プラチナボーイ”を一度に多数の作品分託した理由は、店主 泉二(もとじ)が久保原さんに、ものづくりへの確かな信頼を置いているからです。

出会いは久保原さんが30歳の頃、その実力と感性に魅力を感じ、それからずっと「出来上がったものは銀座もとじでいただきます」と伝え、久保原さんのものづくりを支持させていただきました。銀座もとじでも年間1反分の糸しか用意できない希少な野生の蚕“天蚕(てんさん)”は、その希少性だけではなく、野生種のため織りの扱いも大変難しい糸ですが、そのものづくりをお願いしてきたのも久保原さんでした。今回の初個展は、久保原さんにとってだけでなく、店主 泉二の念願でもあったのです。

2年かけて制作いただけたのは“10作品”。
丁寧にコツコツと、久保原さんらしいものづくりの中で生まれた作品は、松本の大自然に囲まれて 気持ちの良い呼吸から生み出されたような、ぬくもりあふれる本当に心地よい作品ばかりです。

久保原由香理さんが染織の世界に入るまでの道のり、店主 泉二との出会い、そして今、久保原さんを支えているご家族についてお話をお伺いしました。

実家の隣が染織作家 本郷孝文さんの工房、
という環境で育った久保原さん

久保原由香理さん

久保原由香理さんは長野県松本市で育ちました。染織との関わりは、小さい頃からとても身近にあったそう。実は、染織作家 本郷孝文さんの工房がご実家の隣にあったのです。
「小さい頃、本郷さんの手の爪が(草木染で)真っ青になっているのが格好いいなと思っていて、どんな仕事をしているんだろうととても興味がありました。

小学生の頃には奥さんに少し習ったりもしていたんです。」

ものづくりに興味を持ちつつも、大学は東京の人文学部へ。美大などへ進むことは選択しませんでした。

卒業後の進路を考える時、まわりの友人が将来を決めていく中で、自分は何がしたいのだろうと立ち止まったそう。「小さい頃から何かものづくりがしたいという思いはずっとあって。母が編み物が好きで、暇さえあればしているという人でした。本郷さんの仕事にもずっと興味がありました。私も何かコツコツ作っていける人生にできればいいなと思ったんです。」そして久保原さんは手仕事でじっくりとものを作っていける染織の道へ進むことを決意しました。

染織作家 柳悦博・崇さん親子の元での
3年間の修行生活

久保原由香理作 絵羽きもの

本郷孝文さんへ相談、その紹介で、東京の染織作家 柳悦博(よしひろ)さん、崇(そう)さん親子の元で3年間修行をすることになりました。「柳崇さんは、ご自分の仕事には厳しいけれど、弟子には厳しいことは言わない方でした。私が失敗したことを伝えても、そうかぁ、ではどうしようか、とそれを無駄にしない方法を一緒に考えてくださる方でした。」

修行生活について尋ねると、「工房へ行くのは9時半から18時まで。修行にしてはちょっと遅いと感じられるかもしれませんが、崇さんは朝、羽根木公園をジョギングしているのでそれくらいの時間でした。私は一緒に走ったことはありませんが(笑)。土日も休みで、夏休みも20日間くらいありました。崇さんは海が好きで、いつもご家族と海へ行かれていました。仕事も家族との時間もどちらも大切にされる方で、私もゆったりとした中で修行をさせていただきました。」

3年の修行後、松本に戻った久保原さんは独立も考えましたが、まだ早いと感じて、本郷孝文さんの元へ。さらに6年の修行の後、久保原さんは30歳で独立されました。

本郷孝文さんが作ってくれた、
銀座もとじ店主 泉二との出会い

独立後は、作品の売り先も決まっていない中、それでもコツコツとものづくりを進める日々。そんなある日、本郷孝文さんの工房へ、銀座もとじ店主 泉二が訪れることがありました。 (当時、店主 泉二は雑誌『ミセス』の連載「きもの紀行」の現地プロデュースを7年間していて、本郷さんの工房の取材へ参ったのです。)

久保原由香理作 九寸帯

「その時、本郷さんから、泉二さんを宮坂製糸所へ連れていってほしいと言われたんです。本郷さんの思惑としては、私を紹介してくださったでしょうね。製糸工場へ行く車の中で、泉二さんが『何か作品があれば見せてくれないかな? 』と仰ってくださって。製糸工場へも行かなくてはいけないし、時間もなかったけれど “今日を逃してはいけない! ”と思って、急いで工房へ作品を取り行って、、、 泉二さんとはそれからのお付き合いです。」

店主はその時の印象をこう語ります。
「久保原さんの作品を見た瞬間に“伸びる方だな”と思いました。まだお若かかったですが、 コツコツとものづくりをする真面目な性格と素直な心、確かな技術と色使いのセンスに魅力を感じたんです。 『出来上がったら必ず私が買います』と伝えて、それからずっと作品を作っていただきました。 “天蚕”という本当に希少な、年1反しかできない着尺づくりも、久保原さんにお願いしてきました。これからさらに伸びていかれる方だと感じています。」

ご主人である染織作家 大月俊幸さんと、
2人のお子さんの支え

久保原由香理さんのご家族、大月俊幸さんと2人のお子さん

現在、実は久保原さんは子育て真っ最中。4歳の美葉(みよう)ちゃんと2歳の智冬(ちとう)くんも会場に来てくれました。 個展の話をさせていただいた2年前、お子さんはまだ2歳と、10カ月、という小ささで、久保原さんは少し迷われたそう。
「こんなチャンスはない、と思う反面、こんな小さな子供がいる中でものづくりに集中していいのだろうか、迷いました。 時期をずらしてもさせていただけるのかもしれない。でも主人の『協力するよ! 』という言葉に励まされて、個展をさせていただくことに決めたんです。」

この2年間、子育てはご主人の大月俊幸さんが全面的に協力してくださったのだそう。
大月俊幸さんも染織作家、お二人はともに本郷孝文さんのお弟子さんで、それぞれが作家活動をされているご夫婦です。でもこの2年は大月俊幸さんはものづくりはちょっとお休みして、「家族みんなで由香理さんの個展を応援しました」。
久保原さんは「本当に家族に支えられて今回の個展をさせていただくことができました。息子もあと少しで保育園なので、そうしたらまた二人とももう少しものづくりの時間が取れそうです。」

家族の生活とともにものづくりをしていく。会場でご家族4人が集まられた時、その本当に温かで飾らないお人柄に、空気まで松本の優しい自然で包まれるようでした。“お人柄が作品に表われる”まさに久保原さんの作品は久保原さんそのものです。

 写真左から:大月俊幸さん、お二人のお子さん、久保原由佳理さん、店主 泉二

写真左から:大月俊幸さん、お二人のお子さん、久保原由佳理さん、店主 泉二