草木染織作家・藤山千春さんのぎゃらりートークを開催しました

2012年1月19日(木)〜22日(日)まで、銀座もとじにて『藤山千春展』を開催させていただきました。銀座もとじでの初個展です。

藤山千春展

1月21日(土)には、藤山千春さんをお迎えして、ぎゃらりートークを開催させていただきました。

吉野間道との出会い

今年、織りを始められて50年の節目を迎えられる藤山千春さん。 吉野間道=藤山千春さんと言われるほど、吉野間道は藤山さんの代表的な技法。まずは出会いのきっかけについてお伺いしました。

藤山千春作 吉野間道 帯
藤山千春作 吉野間道 帯
東京都品川区大井町。藤山さんは東京のど真ん中で育ちました。 でもお母様は八丈島の隣の青ヶ島の出身。その兄弟が八丈島へ渡り、黄八丈の機織に従事していたことから、幼い頃よりそこで織りに触れていたといいます。

元々、いろいろなものづくりが好き。そして兄の友人が美術の先生をしていたきっかけもあり、高校は女子美術大学の付属校へ。そのまま大学へ進むにあたり、いよいよ学科を選ぶ時期に。何にしようかな? その時にふと心に浮かび離れなくなったのが機織だったのだそう。「幼い頃の八丈島での機織の出会いがなければ、織へは進まなかったと思います」そう仰る藤山さん。藤山さんは織り機のある女子美術大学の「工芸科」へ進みました。

ちょうどその頃、学部長をされていたのが、柳悦孝氏。柳宗悦氏の甥であり、吉野間道を復元した方です。

4年後、卒業と同時に藤山さんはこの柳悦孝氏の工房へ住み込みで2年間、修行することになります。ここで、ライフワークとなる「吉野間道」と運命の出会いを果たしました。

「当時は「吉野間道が好き」とかそういうことではなく、柳先生の下でその時、勉強できることが「吉野間道」だったということです。ひたすら「吉野間道」を学び、織り続けました。修行が終了した後も、仕事がない時代。でも柳先生の作品は新宿で必ず買い上げてくれるところがあって。それで私も必死に織って、引き取っていただき、生きていくことができたんです。」
藤山千春作 吉野間道 帯
藤山千春作 吉野間道 帯

※『吉野間道』とは、寛永の三大名妓、吉野太夫に京の豪商、灰屋紹益が贈ったと言われる、名物裂の一種、南蛮渡来の縞織物。平織の上に地厚な吉野格子を浮き縞として織り出したものです。かの名茶人、松平不昧も好んだ織物です。

生まれ育った品川区の自宅を工房に、草木に包まれたものづくり

それからずっと、一度も機を降りずに織り続けて、今年で50年。ご結婚され、お嬢様が二人お生まれになった後、育児中もずっと機に座ったままだったそう。そのわけは?「機におんぶ紐を引っかける方法を見つけてね。子供を背負ったまま機を織り続けることができたの。
綿テープに柄の目安を添えて織ります
綿テープに柄の目安を添えて織ります

もし寝かせながら織っていたら、泣き出す度に飛んでいかなければならないし、機の手が止まってしまう。だからこの方法がわかった時本当に嬉しかった。機織のリズムで、子供は心地良さそうに背中で寝ていました。とにかく機織が好きでした。」そのお嬢様二人も今は工房で一緒に機織りをされています。

その工房を訪れると、一番に驚くのは庭いっぱいに育てられたたくさんの植物たち。茜、臭木、矢車附子などをはじめ、そして藍甕も。「私が使っている草木染めの染料となる草や木を育てているんです。実際には、庭先程度では染料として使う量は育たないものもありますが、工房を訪れてくださった方にご説明ができるようにしています。」

藤山千春さんの工房は草木染めの材料となる植物がいっぱい
藤山千春さんの工房は草木染めの材料となる植物がいっぱい

藤山さんの作品はすべて草木染め100%。その染料は、乾燥できるものは染料店で購入していますが、藤山さんが大切にしているのは“生のものは生で抽出する”ということ。

八丈島から届いた「臭木」
八丈島から届いた「臭木」
「鬼胡桃」は9月に山梨県の山中湖周辺で採取するのが恒例に。「臭木」は八丈島の親戚一同が12月に、一番熟れた時期の実を、鳥が食べるのと競争しながら採取して送ってくれるのだそう。(「臭木(クサギ)」はこのような字を書きますが、9月にジャスミンのような青臭いけれどとてもきれいな香りがするそうです)
左カラムのコンテンツそして驚きは「藍甕」があること。これにはちょっとした秘話があります。35年前頃、藤山さんは自分で藍を建てたいと思いつきました。でも当時は藍甕が一つ10万円。資金がありません。柳先生へ相談したところ「ドカンで良い」と言われたそう。そこで藤山さんは近くの店でドカンを二つ購入。
自宅庭の「藍甕」
自宅庭の「藍甕」

そしてお金をかけないために、なんと自分で自宅の地面を掘りだしました。1mのドカンを埋めるために掘るのは1m20cmほど。親戚の子供をアルバイトで雇い、バケツで土を上げては掘っての繰り返し。二人で二つの穴を掘り、ドカンを埋め、まわりに砂利を入れ、コンクリートで固めました。「今ではドカンにしてよかったと思っています。甕だと陶器なので、撹拌する時に気遣いが必要。でもドカンだから割れる心配はないのでぐるぐるまわしちゃう。娘たちの時代までも十分に使える丈夫な藍甕です。」

大切な手紙

藤山千春作 吉野間道 帯
藤山千春作 吉野間道 帯
最後に、藤山さんはある大切な手紙を読んでくださいました。柳先生が、卒業する時に、生徒たち一人一人に渡したという手紙です。『ある時は己を堅く持ち、またある時は己を振り捨てて自由になりなさい。仕事においてはものにとらわれぬことが大切です。』「頂いた時はよくわからなくて、大切なもの入れにずっとしまっていたんです。でもその意味が数年前にすっとわかるようになって。今とても大切に思います。」

日々、草木と語らい染めに向かい、織りに向かっている藤山さん。「草木染めは思った色が出ないこともあるけど、思ってもみない色の取り合わせが生まれたりします。だからあんまり、これ、って決めつけ過ぎないように。自分の想いを通しすぎないようにしています。 それが新しいものとの出会いにつながると感じています。」

自分にとらわれすぎない、偶然から生まれるものを大切に楽しむ。
藤山さんのものづくりへの姿勢は緑いっぱいのあたたかな工房そのものです。

(文/写真:伊崎智子)