「江戸小紋 藍田正雄展」〜ぎゃらりートーク〜

笑顔の藍田正雄さん
2008年11月7日(金)〜12日(水)まで、銀座もとじ【和染】【男のきもの】にて開催される 「江戸小紋 藍田正雄展」。 11月8日(土)には藍田さんを迎えての「ぎゃらりートーク」が催されました。
ぎゃらりートーク風景

藍田さんはご自身のご活躍もさることながら、後継者の育成にも努めています。 その貢献により、2008年10月、藍田さんは<第28回ポーラ賞 優秀賞>を受賞されました。

説明する藍田正雄さん
今回のぎゃらりートークにも、田中愛郎さん、菊池宏美さん、の二人のお弟子さんがいらしてくださいました。 「8歳から60年間。よくここまで来たなという感じです。伝統だけを大切にしていたら次はない。 弟子たちに自分の腹をすべて伝えて、また孫弟子も育てていってほしい。」
そう語る藍田さん。
藍田さんの人生はどのようなものだったのでしょう。

藍田さんの人生は決して平坦なものではありませんでした。 中学卒業後、小紋師である父と同じ道に入り、一度は実家に戻りましたが許されず、 「渡り職人」として数々の親方の元で修行を重ね、 職人から技を見て盗み、さまざまな技術と勘を磨いてきました。 地元の高崎に戻り、所帯を持ち自らの工房を構えましたが、時世は大量生産、大量消費、 オイルショックの時代。家族を養うため、小紋師とは別の「生きるための仕事」への覚悟を決めた時、 それでも最後まで手放せなかった一反の反物がありました。

「最後の夜、抱いて眠った反物は『板引き杢』でした。これは寝ていた時に母が簾を持ち上げて2枚が重なってできた モアレ状の模様を見て思いついた技法です。 一度縞を染め、生地の一部を横に引き、また縞を染める。 すると本当に美しい、まるで木目のようなモアレ模様が出来たんです。嬉しかった。
板引き杢

伝統を少し越えたと思えましたね。 お金にならない仕事で、もう限界と覚悟を決めた時、これだけはどうしても手放せなかった。 これを持って、東京へ最後の賭けに出たんです。」

そんな藍田さんに希望の光をもたらした『板引き杢』の反物。これが一軒の小紋屋に認められ、 藍田さんは仕事を続けることができたのです。その後、その店主が藍田さんに内緒で 作品を日本伝統工芸展へ出品し、見事入選。現在までに入選は31回にものぼります。 今では審査員をも務められる立場にいる藍田さんにとって 伝統工芸展とはどのような存在なのでしょうか。

「入選は嬉しいけれど、本当の審査員はお客様だと思っています。着物は身に付けたいと思われてこそ、 着物としての価値があるんです。また伝統工芸展は自分たちの伝統をつなげてくれる場。人々にその美しさを 広めてくれる。人々がそれを良いと思ってくれる。求められてこそその技術は続いていくんです。」

お弟子さんである田中愛郎さんも入選3回、菊池宏美さんも入選1回。4回入選すると日本工芸会正会員に なります。後継者がしっかりと実績を残しているところも、藍田さんが評価される所以です。

藍田さんは、伊勢型紙の人間国宝・児玉博さんとのつながりも深いことで知られています。

『当時、児玉さんは雲の上のような存在でした。でも児玉さんの縞がほしくて、たまらなくてね。 3年通ってやっと譲ってもらえた縞型が「七五三縞」。嬉しくて嬉しくて、1週間で染めて持っていったんです。 そうしたら児玉さんが驚いてね。それから児玉さんから頼まれたものを染めて、児玉さんが 売ってくれるようになった。亡くなったあともご家族が型を譲ってくださって。今の私の工房は 本当によい型紙に恵まれているんです。』
江戸小紋の道具

中には大変繊細で今では技術的に作ることが難しくなりつつある型もあるそう。 型紙は永久ではなく、いつかは破れてしまうもの。でも緻密な型を作れる職人がなかなかいない。 伊勢型の世界でも後継者問題があります。 「でもね、今、うちの菊池さんが型彫りに挑戦しているんです。なくなるのが心配なら自分たちで 始めればいい。良いと思っているものはなんとしてでも残さないといけません。」 藍田さんは伊勢型の育成保護を10年前から取り組んでいます。 守り育てなければという使命感を当たり前のように持っている、藍田さんは江戸小紋の世界で なくてはならない存在なのです。

藍田正雄さんの解説
藍田さんはまた、海外での実演活動にも意欲的に取り組んでいます。サンフランシスコ、 ニューヨーク、リヨンなどその実績は世界各国。 「リヨンでは『板引き杢』の実演をしたんだけど、某有名ブランドの部長さんに声をかけられて。 「特許は取っているのか?」と聞かれてね。でも私はそんなこと思ったことがなかった。 特許を取ったら伝統じゃない。私は弟子たちにすべてを見せて次へ渡してこそ伝統だと思っています。 じゃあその腕技がほしい、と言われたけど断ってきましたよ。」

さらに藍田さんは、天皇皇后両陛下にも『深山染め』を実演をされています。大正時代にパラソルに染められた 『深山染め』という技法。それを復活させたのも藍田さんです。

父の背中を見てこの道に進んだ藍田さん。今回、そのお父様が藍田さんに会いにきてくれたかのような 奇跡がありました。「藍田さん、お父様が会いに来てくれましたよ。」そういって店主:泉二が広げた 一枚の着物。見るとそこには「藍田春吉」の落款。「わ!父の江戸小紋です!」会場は驚きの渦に包まれました。
藍田正雄さんの落款

会場にいるスタッフもお客様も誰も知りませんでした。実は、お客様が今日の日のために お持ちくださっていたのです。それは爽やかに深い水色の万筋の江戸小紋でした。 「わぁ、なつかしいなぁ。本当になつかしいです。親父の手です。」 藍田さんの目頭が熱くなっていました。父と息子という関係だけではない、師匠と弟子という職人の世界。 その想いは私たちの想像以上のものでしょう。父の着物に手を触れ、じっと見つめる職人の姿に、 胸が熱くなりました。

笑顔の藍田正雄さん
江戸小紋に人生を懸けた、小紋師・藍田正雄。「いつか弟子たちとも一緒に作品展をやりたいねぇ。 みんな、がんばるんだぞ。」田中愛郎さん、菊池宏美さん、お二人の笑顔はとても力強いものです。 きっと師弟展ができる日も遠くないことでしょう。これからのご活躍も本当に楽しみです。