越後上布のふるさと、六日町へ行ってきました

越後上布のふるさと、六日町へ行ってきました

2008年3月6日。ときどき雪が舞うまだ寒い初春。
越後上布の里、新潟県六日町を訪ねました。

重要無形文化財 越後上布

越後上布の歴史は古く、1200年前から織られている日本最古の織物です。 「北越雪譜」には、「雪中に糸となし、雪中に織り、雪水に濯ぎ、雪上に晒す。」 と詠まれているほどで「雪の中から生まれる織物」とも言われています。 昭和30年5月、国の重要無形文化財、第一号の指定産地としても認定されました。

指定条件は、
・すべて手うみした苧麻糸であること
・絣模様は手括りであること
・地機で織ること
・しぼ取りは湯もみによること
・地白のものは雪晒しすること
越後上布

現在の年間の生産反数は20〜30反程。それも原料となる苧麻(ちょま)糸を績む(うむ)人が 激減しどんどん生産反数は減っていて、近い将来には「幻の布」になると言われています。

雪晒し

雪晒しの風景
特に越後上布の製法として特色のあるのが「雪晒し」です。 これは2月の下旬から4月上旬までの晴天の日に平らな雪の上に反物を広げて行われます。 雪が溶けて発生する水蒸気に強い紫外線が当たると光化学反応が起こりオゾンが発生し、 そのオゾン効果で布が白くなると言われています。

雪が溶け始めた朝の10時から、凍りつかない午後3時頃まで、これを1週間から10日繰り返すと、 生成りがかっていた地色が信じられないくらい真っ白になります。

これは新しいものだけではなく、着ていて少し汚れてしまったきものです、 雪の中に里帰りして織り上がりの布に混じって雪晒しされると、不思議なことに、 またみるみる白さがよみがえるり、新しい命が吹き込まれます。
雪晒しされた反物
越後上布の雪晒しを前に記念撮影
訪れた先は古藤(ことう)さんのお宅です。今、雪晒しをしているのはここだけなのだそう。 伝統的な家屋の前に広がる銀世界でおこなわれる雪晒し。 最盛期はひと冬で3000反も扱ったそうですが、現在は100反もないと言います。

自然の力で生み出される、想像を超える純白。 その恩恵を大切に受け継いでいきたいと、素直に感動が走ります。

糸うみ、地機

塩沢織物工業組合では、越後上布の糸うみや地機を見学しました。説明をしてくださったのは荒川セツ子さん。今、糸うみと地機の両方ができるのは荒川さんだけなのだそうです。
苧麻を手で裂き細い糸にして、それを本当に一本一本、撚り合わせて結ぶ。実際の作業を見るとまるで魔法の手。みるみるうちに二本の糸がひとつになり、結び目なんてまったくわかりません。どんどんおぼけ(桶のこと)にふっくらと細い糸が出来上がっていきます。
荒川セツ子さんの糸うみ

結城紬や越後上布に見られる「地機」は「高機」と違い、たて糸を、自分の腰にまわしたベルトで調節して織り進めていきます。上糸と下糸の移動も足先にかけたベルトをたぐりよせたり、遠ざけたりすることで行うという、全身を使って織る機。店主の泉二も挑戦してみましたが、「腰がつる!」といってすぐに断念。一日に織れるのはわずか1寸(約3.8cm)。一反の織物は12m以上ですから、本当に気が遠くなります。

この日織られていたのは、多様な伝統紋様を市松に重ね合わせた意匠。

この作品も最後には雪晒しされるのだそうです。地色が真っ白になって柄がくっきりと浮き立つことを想像すると 、「雪の中から生まれる織物」という言葉が本当にぴったりだと感じます。
機にかかった越後上布

林宗平工房

六日町で二代つづく林宗平(そうへい)工房へも伺いました。越後上布をはじめ、塩沢紬・本塩沢を作る工房です。

塩沢紬は、越後上布の技術をもとに織り上げられた絹織物で、昭和50年2月、伝統的工芸品に指定されました。 また本塩沢は、「塩沢お召」の名でも知られている、撚り糸を用いた“しぼ”のある絹の絣織物で、昭和51年12月  伝統的工芸品に指定されています。

糸の制作過程から、糸括りの現場まで。 本塩沢の独特のしぼは、撚りのない糸、右撚りの糸、左撚りの糸、の三種類の糸を織り込むことで作られます。 高機の横には、なるほど杼が三つ。これを交互に織りこみ、出来上がった生地を一度湯もみして縮めて、 それをまた反物の巾まで広げることでしぼが出来上がります。

たくさんの作品も見せていただきました。 きれいな無地の本塩沢や糸偏の漢字のみを集めた個性的な柄行きなど、創作力にあふれた作品ばかりです。 そして今、銀座もとじでは林宗平工房さんでオリジナル商品の制作をお願いしています。 ぜひご期待くださいませ。
林宗平工房の商品