
碓氷製糸工場のある群馬県安中市は、長野県と隣接しており、静かに佇む山々を遠景に見ながら穏やかな車道を進んでいくと、製糸工場の敷地が小さな谷間に広がっています。
繭から生糸を生産する器械製糸工場は、日本国内では、こちらの碓氷製糸場と山形県の松岡製糸場の2か所のみ。あとは長野県に、小規模の国用製糸といわれる製糸場が宮坂製糸所と松澤製糸所の2か所あるに留まります。全国の養蚕農家で飼育される約6割の繭が、ここ碓氷製糸工場に届きます。

「掃き立て(はきたて)」とは、ふ化したばかりの黒く長い毛におおわれた生まれたての蚕(蟻蚕 ぎさん/蟻のように小さくて黒い)を蚕座(さんざ)という新しい飼育の場に移して育て始める作業のことです。羽ぼうきで蟻蚕を掃き下ろしたことから「掃き立て」と言われます。
明治時代の始めまでは、年1回、春のみの掃き立てでしたが、乾繭や冷蔵保存といった技術や設備が整い、年4回、または秋にもう一度(晩々秋蚕)飼育する年5回行われるようになりました。
日本中から届く生繭が、どのようにして生糸となりどのような荷姿で出荷されていくのか、その製糸工場での工程を7つに分けてご紹介していきます。
(1)検査
全国各地から届いた袋詰めの生繭は、「荷受け場」に届き、そこで蚕品種ごとに品質管理のためのサンプリングを行い、選除繭(せんじょけん)といって汚れなどの欠点のある繭の割合を調べるなど、品質の確認を行います。
(2)乾繭

繭の中の蛹は、蛾になって繭をやぶって飛び立ちます。破れた繭は汚れて品質が低下するため生糸に適しません。そのために長時間かけてしっかりと乾燥させることで、繭が汚れるのを防ぎ、保管中にカビなどが発生しないようにします。

乾繭を終えた繭は、その後、倉庫へと移動し、品種、季節(何年、春、夏、秋など)、生産地域で分けて、保管されます。
乾繭によって、10キロの繭は6割減り、4キロほどになります。そこから生糸になるのは、2キロほどで、2キロの生糸からは、反物が2反できます。(※一反の絹織物のために必要な 生糸量は、約1kg。)
(3)選繭(せんけん)

(4)煮繭(しゃけん)

柔らかくなった繭を、小さなホウキのようなものなでながら、表面の糸を引き出していきます。引き出した糸を手繰って一本の糸口を見つけ出しますが、糸口が出てくるまで、200本〜300本の糸が繰り出されます。
糸口が出てくるまでの繭は、生糸として製糸はされず、くず糸として取り除きます。それらをまとめて乾燥させた物が、「生皮芋(きびそ)」(写真右側)または、生皮芋糸となって、生糸とは別の用途に使われます。現在それらは、パウダー状にして食品に入れたり、シルクプロテインとして化粧水に入れたりして利用されています。
糸を取り続けて繭層が極めて薄くなった内側のほうも、最後までは生糸としては使えず、くず糸となります。その繭層の内側のくず糸は、「比須(びす)」(写真左側)と呼ばれます。薄皮繭から蛹をとった部分です。内側のくず糸は、絹の靴下や、シルクニットなどに使われています。
(5)繰糸(そうし)

繭の糸口を見つけ、繭糸を引き出し、目的の太さ(繭ひとつから引き出される糸の太さは、約3デニール。21デニールの糸を製糸する場合、
7〜8つの繭からまとめて引き上げて、1本の糸にする)に応じて、1本の生糸を作り、巻き上げていきます。
ここで、繭から糸にしていく際に、先述の通り、繭はセリシンという膠状のタンパク質によって層状に固着されているため、糸口を見つけるためには、繭を柔らかく煮ほぐした状態のところに、稲穂でできた小さなホウキで繭の表面をなでながら、糸を引き出していき、その糸を手繰って一本の糸口を見つけ出していきます。この際、糸口が出てくるまで、200本〜300本の糸が繰り出され(生皮芋 きびそ)、また繭の内側のほうの糸も太さが極めて細くなるため生糸には適さず(比須 びす)、別の枠に巻き取られます。
糸口を見つけられた繭は、繰糸槽の周りをぐるりと周っていく小箱のようなコンベアーに移り、そこから均一な太さの生糸となって、上部にある小枠に巻き取られ、繰糸されていきますが、この繰糸器では、小箱のコンベアーから小枠に繰糸される際に、主な2つの装置を経て行きます。
もうひとつは、糸の太さをチェックし、汚れを取り除く「繊度感知器(せんどかんちき)」(写真下部、赤枠)。製糸に適さない糸は、繊度感知器についた2枚のガラス盤が摩擦力によってそれを感知します。

そして自動的に給繭器(小箱のコンベアー)からあらたな繭の糸が吸い上げられて、もとの糸に巻きつけられて、繰糸が続けられる仕組みとなっています。
この「繊度感知器」は、50年ほど前に開発され、実用化に至った当時、生産性が著しく向上し、機械製糸の急速な普及につながっていきました。現在にいたっても、自動製糸の要となる装置です。
(6)揚返し(あげかえし)
自動操糸機で繰糸された生糸は、上部にある小枠に巻き取られます。小枠に巻き取られた状態の生糸を、別の器械で大枠に巻き直す工程が「揚返し」です。この後、梱包する際に取り扱いやすいように一定の大きさと量の束にしますが、生糸は「綛(かせ)」という単位で扱われており、小枠から大枠に巻き取られたものが、一綛(ひとかせ)として束ねられます。
(7)仕上げ・出荷

※「チ−ズ巻」という出荷形態は、その後生糸業者が、撚糸や合糸に掛ける際は、揚返しをあらためてせず、チーズ巻のまま器械にかけられるというメリットがある。
絹糸の美しさ
上記のような工程で、製糸場では繭から生糸が作られます。自然の繭から、綛の状態になるまでの器械の仕事は、テンポよく見事ですが、合間合間にはしっかりと人間の目による確認や修正があり、丁寧に製糸されていきます。
綛の状態で段ボール箱に詰められた生糸は、繭が姿形を変えたものであり、器械の工程を経ても、やはり“自然”そのもの。光沢感、色艶は、唾を飲むような美しさであり、この後、精練や撚糸を経て、作家の元へ届けられ、染め、織られて、作品となって、銀座もとじに届きます。「一本の糸から」。わたしたちは、こだわりをもって、上質な本当に良いものだけをお客様のもとへお届けしたいと、常に真摯なものづくりを心がけています。