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"奄美(あまみ)"の起源と養蚕

~古代から奈良・平安時代~ "奄美(あまみ)"の起源と養蚕
日本に伝存する最古の歴史書である『日本書紀』(奈良時代)には、「海見嶋」「阿麻弥人」といった記録が残されているそうです。これらは、現代の読み方では、「あまみしま」「あまみびと」と読めるでしょうか。 これらが、現在の奄美大島のことを指すとしたら、南西諸島に浮かぶ奄美大島は、遠い昔の日本を知る歴史のある島であることがうかがえます。
奄美大島を代表する植物、アダンの木々。海岸近くに生え、パイナップル形の実をつける。 奄美大島を代表する植物、アダンの木々。海岸近くに生え、パイナップル形の実をつける。
平安時代(797年)に完成した歴史書の『続日本紀』には、明確に「奄美」と現在の地名と同様の確かな記録があるそうです。
養蚕跡地。奄美大島龍郷町秋名集落。 養蚕跡地。奄美大島龍郷町秋名集落。
古代の奄美の国創りの神話 によれば、本土から技術者が奄美に使いに出され、様々な技術が伝えられた中に「養蚕」、「機織」、「裁縫」などがありました。実際に糸に撚りをかける紡錘車や布目のある土器などの弥生時代(紀元前3世紀~紀元後3世紀)の出土品が奄美の笠利町や竜郷町の遺跡から発見されています。考古学的にもここ奄美の地に、紀元前より養蚕や機織の技術が存在していたことは確かなようです。
7~8世紀ごろには、遣唐使の船が寄港した島でもありました。 大陸文化の影響や物資が沖縄や奄美を中継点として、日本本土に伝わっていったのです。今でも、本土とは大きく異なって、大陸諸国、南方諸国の影響が色濃く見られる独特の伝統文化や民族性が魅力的な、観光地としても人気のある島々です。 日本最古の歴史書にその名を刻む、奄美大島という小さな島が、どのようにして、日本全国に広く知れ渡り、多くの日本人に愛されてきた着物"大島紬"を生み出してきたか、時代ごとの歴史を辿りながら、これから8回に渡って、「大島紬の歴史」をご紹介してまいります。

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