Vol.9 「地球印」と「旗印 」

奄美大島を知る
大島紬の証紙には、鹿児島産の「旗印」、奄美大島産の「地球印」、そして宮崎県の都城絹織物事業協同組合で生産される大島紬の「鶴印」があります。

証紙とは、産地ごとに設けられた規定の基準をクリアして、厳しい検査に合格した反物に与えられる「登録商標」で、産地を証明するとともに、確かな品質の証となります。

鹿児島産本場大島紬「旗印」
鹿児島産本場大島紬「旗印」

証紙に頼らずとも、自由な感性で確かな作品作りをしていらっしゃる作り手さんも多くいらっしゃいますが、証紙は作品の特長を表すひとつの印として、今回は大島紬の証紙について少し触れたいと思います。

“地球印”は、奄美大島が果たした
日本本土復帰のシンボル

反物の端に織り込まれる織口文字 「本場奄美大島」
反物の端に織り込まれる織口文字 「本場奄美大島」
太平洋戦争後の1946年から1953年まで米軍政権下にあった奄美大島。それまで大島紬に使われていた産地の登録商標の証紙のマークの「旗印」には日本国旗がデザインされているので、米軍政権下にあった奄美大島では、この証紙の使用が禁じられてしまいました。

そのため、織口文字(反物の端に織り込まれる産地や作り手を示す文字)を暫定的に白地に「本場大島紬」という文字を入れるのみでした。

1950年には、奄美大島で生産される反物の織口文字には、「本場大島紬」から「本場奄美大島紬」に改められ、また1953年12月25日、奄美大島が本土に復帰すると、さまざまに変遷を辿った紬組合の名称も、大島紬発祥の地「奄美」を印象づけるために「紬生産組合(略称)」から「本場奄美大島紬協同組合」と変更され、現在に至ります。

それまで、大島紬は、奄美大島でも鹿児島でも「旗印」の証紙が使われていましたが、1954年、日本本土復帰を迎え、「旗印」に代わる商標を公募しました。そして、現在の「地球印」が決定し、奄美大島の証紙として「地球印」が用いられるようになりました。
奄美大島本土復帰後、公募して決まった「地球印」
奄美大島本土復帰後、公募して決まった「地球印」

奄美大島の人々の粘り強い本土復帰への働きがあり、そして奄美大島の経済を支えるためにも大島紬の産業を復興再生していこうという強い熱意によって、その後、大島紬が全国的に普及し、幅広い人気を得るまでに至ったのです。”地球印”には、そんな大きな夢へと向かっていった奄美大島の人々の切なる思いと情熱が込められているようです。