仁平幸春さんの新工房に初潜入!

キッチンには染料や媒染剤、筆と並んで銀製のロケットのような大きな物体が存在感を放っています。これは染色後に色を定着させる「蒸し」の工程で使用する反物専用の蒸し器。個人の染色作家でも蒸し工程は外注する方がほとんどだそうですが、仕上がりへのこだわりから仁平さんは工房内で「蒸し」、またその後、生地に付着した余分な染料や糊などを落とすための「水元」作業も行っています。
「限られた空間を機能的に使いこなす知恵は、料理人時代に身につきました」
デザインから染め上がりまでのすべての工程(最後に反物を整える「湯のし」とロウを取る(脱ロウ)ための揮発洗い以外)に仁平さんの目が行き届いています。


料理人から染色家へ。ものづくりの視点は同じ
都立工芸高校のデザイン科を卒業後、小さな頃から好きだった料理の道へ進みイタリアンレストランで料理人として働く中で、「日本」を表現したいという思いが強くなり26歳で染色の世界へ。全くの異業界への思い切った転身と思ってしまいますが、ご本人にとってはとても自然な流れだったようです。素材からインスピレーションを得て自由に発想し、磨きあげた手技で形にする。扱う材料の特性以外に料理と染色は何も変わらないと仰います。
素材感、質感を求めて技法が生まれる
仁平さんと言えば、繊細な糸目友禅から陰影豊かなロウケツ染、大胆な染め分けまで手法もデザインも多岐にわたり、一人の中に何人の作家がいるのだろうと思わせる発想の豊かさに驚かされます。 常に新しい表現を模索される仁平さんの発想の源は「素材」。染色によって白生地のときよりもいっそう生地感、素材感が際立つような仕上がりを目指しているそうです。 例えば、染めのない生地場が生きる染め分けのデザインは、植物布などのざっくりとした素材の魅力をより引き立てます。また、ロウムラ染め(生地全体に薄くロウを塗ってから色を重ね、意図的に染めムラをつくりながら仕上げる手法)により、紬素材の生地の陰影が映え着姿をより美しくします。
その国の文化を理解して「和柄化」する
今回の催事では、大人の愛らしさが表現された更紗柄や花モチーフの作品をはじめ、ファンの間では「仁平のレース」として知られるヨーロッパのアンティークレース柄、新たにイスラム建築のタイル装飾をモチーフとした帯作品も登場。どの作品も魔法のベールがかかったかのように仁平さんの独特の世界観が貫かれています。その秘密の一つは仁平さんならではの「和柄化」にあるとのこと。
例えば更紗柄も、インドの文化風土が作るリズムを日本的なリズムへとデザインの波長を整える必要があり、そのためにモチーフの中の微妙な隙間やラインの太細など、繊細な調整を行っているのです。

図案で8割決まる。トルソーで着姿を確認

手染めでしか表現できないことを
着物人口が減り、生地プリント技術が進化を遂げていく中で、仁平さんは常に「手染めでしか表現できないこと」を追求し続けています。プリントの安価な着物によって着物を着る方が一人でも増えたら、それはそれで喜ばしいこと。手仕事の作り手としては、機械では表現できない奥深さを常に目指し、ひとりのお客様の心を満たす装いを求めて向上していかなければならない。ここでもキーワードとして出てくるのが「素材」です。 「日本ほど、素材を大切にしている国はないんです。着物を愛する、素材感を大切にする日本人に満足していただける作品を作る。それが手染めの価値ではないでしょうか」 日本には移り行く四季があるからこそ、素材の豊かさを愉しむ心が育まれ、その人々の心に応えるために染色家・仁平幸春さんは全霊を注いでいらっしゃいます。