銀座もとじのものづくり

茨城県結城市 結城紬
2018年4月13日矢野まり子さんの新工房を訪問〜春夏秋冬の色の精・色の音〜

松江の宍道湖に近い山間で、生繭から座繰りで引いた糸を草木で染め、ものづくりをされている矢野まり子さんの工房を訪問してきました。

2011年9月に初個展を開催。この7年の間には、2015年の「銀座もとじ創業35周年展」、昨年の「男のきもの15周年記念展」と、素晴らしい作品をご紹介させていただく機会がございました。今回の催事では、プラチナボーイによる女性の絵羽、男性にも向く広巾の絵羽作品も制作いただきました。

新作作品の、美しい平織にほどこされた浮き織りは躍動感となり心に響きます。澄み渡る色彩の中でプラチナボーイの白さが命の輝きを放って際立ち、その対比の美しさは息をのむほどの崇高な美を奏でています。自然を尊ぶ心と熟練の手技があるからこそ、素材の魅力を最大限に引き出していただくことができるのでしょう。

矢野まり子さんと、染料となる植物を採取しに裏山へ

訪問したのは、まだ寒さの残る3月。宍道湖から車で10分ほどの山あいにある自宅兼工房で、矢野さんは生繭から糸をつくり、裏山から採取した植物で糸を染め、春夏秋冬の自然の営みとともにものづくりをされています。

糸染めは主に春から秋にかけて、梅・山櫻・ヤマモモ・冬青(ソヨゴ)・臭木(クサギ)・茜など、それぞれの植物が最も美しい色が出る時期に採集します。

伺った日はヤマモモの樹皮を採取する様子を見せていただきました。細い木の棒の先に輪になった刃がついた専用の道具を手にして裏山へ。ヤマモモは楊梅や渋木とも呼ばれ、夏には甘酸っぱい実をつける日本に馴染みのある植物。樹皮を煮出せば渋みのある黄色に染まります。

木肌を剥ぐ作業はけっこうな力作業ですが、矢野さんは手際よくすっすっと皮を剥ぎ採取していきます。
「季節によっては、幹に耳をつけると樹木が水を吸い上げる音が聴こえます」
剥いだばかりの木の肌は柔らかく、瑞々しくしっとりとしています。採取した草木は空気に触れると酸化していくので新鮮なうちに炊きだし、新鮮な色を染め重ねるのだそうです。

左はヤマモモの樹皮、右は出雲根紫(紫根)

左はヤマモモの樹皮、右は出雲根紫(紫根)

糸作りの座繰りは繭が届く7月に集中して行います。工房内には草木の色を吸った鮮やかな糸が所狭しとかかり、糸巻きに巻かれた糸はさらに輝きを増し、布に織りだされるのを今か今かと待っています。
矢野まり子さんの使われる織機は、なるべく糸に負担がかからないよう改良が加えられています。糸に優しい昔ながらの地機の良い所を取り入れて、機と一心同体になって織り上げていきます。この日は冬青(ソヨゴ)や矢車等で染められた鼠色を基調とした数種の色糸が機にかかっていました。

石垣島で9年間、生繭からの糸づくりを学ぶ

矢野まり子さんは幼少の頃からものづくりが好きで、アクセサリーデザイナーを目指して工芸デザイン科に進学。しかし在学中に金属アレルギー体質であることがわかり、卒業後は松江の実家へ戻ります。24歳の時、島根県の民芸運動家・出西窯の多々納弘光・桂子夫妻に出会い、桂子さんの作る藍染めの美しさに惹かれ染織の道へ。その後、民芸運動の創始者の一人である故・外村吉之介氏の研究所で木綿を中心に織りを習得し、さらに東京の故・柳悦博氏のもとで絹織物の基礎を学びます。1981年からの9年間は、蚕の上蔟(繭をつくること)が年間11回もある石垣島で、現在の矢野まり子さんの礎となる生繭繰糸、上州座繰りなど、養蚕から糸作り、精練、染め、織りまでの一連の技術を身に付けられました。

もともとデザイナーを目指されていた矢野さんは、石垣島でも最先端のファッション誌を購読し続けていたといいます。ある日一念発起し、世界を見たいと東京のテキスタイル会社へ転職。ファッション業界の第一線に身を置き、パリ、ミラノ、スペインであらゆる繊維に触れ仕事をする中で、石垣島で手がけてきた生繭から作る上質な絹の美しさへの思いが募り、再び染織の世界へ。退職後は山崎和樹さんの元へ通い草木染めを学びながら、2002年、島根県松江市に一つ目の工房を構えました。

素恵―素材から頂いた命への感謝の心を、染め、織る

銀座もとじとの出会いは今から9年前に遡ります。
店主・泉二が目にした一枚の絵羽の着物。遠目には白い無地のようにも見え、近づけばごく繊細に色糸が織り出されて光を反射し、まるで真珠のような清らかな美しさを湛えていたそうです。その美しさに心をうばわれ、その一年半後には銀座もとじでの初個展を開催させていただきました。

矢野まり子さんの作品には甲骨文字で書かれた「素恵(すえ)」という文字が記されています。「素直にありがたく感謝する」という意味で、素材から頂いた命に心から感謝するという、矢野さんのものづくりへの姿勢が表明されています。
絹という素材の魅力を最大限に引き出して草木の命の色を移し、自然から日々享受する感動が美しい布に表現さています。白があるからこそ映える色彩の対比。
移りゆく季節を重ね合わせたかのような一枚のきもの。この上ない幸せを感じていただける作品をぜひご覧ください。

「咲きみちて 染まりし山の さくらかな」作ったときの思いを俳句にして作品名に

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工房から車で10分。宍道湖に沈む夕日

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