井谷 伸次 さん / 泉二の一口対談


第7回:井谷 伸次 さん (斐伊川和紙の作り手)

今回のお客様は、出雲での和紙作り7代目の当主、井谷伸次さんです。
井谷さんは当社の新店舗の茶色壁紙~古い納屋の錆びた土壁の雰囲気で作られたもの~(これは桃皮をミョウバンで媒染して 染めた和紙)の素材を作ってくださった方です。今回は8月1日からの「一平と仲間たち展」で、日本一素晴らしい紙 「斐紙」~稲生一平氏曰く「ホワイトハウスで大統領が使う紙より上等」を作ってほしいと依頼したというもの~を 展示即売しています。

<斐伊川和紙 7代目 井谷 伸次 プロフィール>

昭和36年1月18日生まれ。島根県飯石郡三刀屋町に7代続く和紙職人。
創業は1770年ごろ、初代は江戸時代創業。

「ぎゃらりー泉」が「和文化」の発信基地に


泉二: 今日はお忙しい中、遠路、島根からお越しいただきありがとうございます。 「稲生一平さんと仲間たち展」は今日が初日ですが、出展してくださった方々がその道で素晴らしい成果を上げている方ばかり なので、もう初日から大盛況ですね。

井谷: 私も台風の影響でちょっと遅れてしまいまして先ほど着いたのですが、 本当に盛況ですね。私自身こういう形の展示会に出展させていただいて嬉しく思います。

泉二: 私も本来の「ぎゃらりー泉」の目的である和文化の発信基地という形で 二度目の展示会が出来ることを嬉しく思います。ちょっと見ると「着物屋」じゃないですよね。

井谷: そうですね。「和」の店という印象があります。 それに皆さん素晴らしい方々ばかりなので圧倒されますよ。よい刺激です。 こういう展覧会で色々な人と接すると次のものづくりに活かせていけるんですよね。

泉二: そうですか!そう言って頂けると嬉しいです。 私はモノの作り手を本当に大事にしていきたいんですね。 日本の良き文化を時代にあった形で残して行きたい。だから井谷さんのような方にそう言っていただくと嬉しいです

展示会が自分の刺激に

井谷: こう言った展示会に出していただくと自分自身、次のものづくりへの活力になるんですよ。 うちは、「大量生産にはなじまない」「商業ベースにはなじまない」和紙づくりをしています。 大変でも、きちんと手間を省かずに一つ一つの工程をしっかりやって一つのものをじっくり大切に作ってお届けしたい。 そう思って日々仕事をしています。 だから今回のように色々な分野で素晴らしい活動をしている作家さん達と知り合えるのは自分にとって素晴らしい刺激なんですよ。

泉二: ありがたいです。そういう目的も「ぎゃらりー泉」にはあるんですね。 作家さん達の思いを買い求めてくれる人に伝える、また一方で買い求める人が今求めているものを作り手に知ってもらう。 作り手さんたち同士の情報交換もしていただく。和文化がいつまでもいい形で残ってほしいからこういう空間を作ったんです。

斐伊川和紙とは

泉二: 3年くらい前になりますが、私も吉岡さん、稲生さんとご一緒にご自宅にお邪魔したことが あるんですよ。

井谷: ええ!そうなんですか?!存じ上げませんでした。

泉二: お父様にお目にかかっていましてね。色々と教えていただいて、勉強になりました。 その時、名刺を作っていただいたんですよ。今回お持ちいただいている「斐伊川和紙」の名刺です。 手の納まりも良くてとっても使い心地が良かったですよ。

井谷: そうですか。ありがとうございます。

泉二: 井谷さんは7代目ということですが、まだお若いですよね。

井谷: いやいや・・・ちょうど43歳になります。 紙漉きを本格的に始めたのが18歳の時ですから、かれこれ25年になりますか。

泉二: と言うと、四半世紀、紙漉きをし続けてきたということですね。

井谷: そうなりますね。初代が始めた頃は「出雲の和紙」は大盛況でした。 江戸時代には400軒の紙屋があったそうです。それが父の代に10軒になってしまった。 父は紙屋の名前と土地の名前を残したいと考えて家の屋号を「出雲の斐伊川和紙」と名づけたんです。

泉二: 跡継ぎになられて色々とご苦労もあったんじゃないですか。

井谷: 苦労というかそういうのは感じていないですね。自然と誰に強制された訳じゃなくて 紙漉きの仕事に入りました。最初は綺麗に漉けるのが嬉しくて嬉しくて作ることが楽しかったです。 今は与えられた課題というのかな、注文にいかに素晴らしい形で仕上げて納められるかというのが自分の課題になりました。 それが出来たときが本当に嬉しいです。


泉二: 店の壁紙もご苦労されたんじゃないですか

井谷: 手間ひまは掛けましたよ。でもこうやってきちんと貼られて素晴らしい形に仕上がっていると 本当に嬉しくてそれまでの苦労や手間なんて忘れちゃいますね。今回、私は「桃皮をミョウバンで媒染して染めた和紙をもみ加工した状態」 でお渡ししているのですが、それに墨染めをした職人さんがいて、その後、それを隙間なくきちんと貼ってくださった経師屋 さんがいる。みんなの力が結集されてこういう形で出来上がる。本当に嬉しいですね。

泉二: 出来上がった形はいつも見に行かれるのですか?

井谷: すべてではありません。というのも海外に出て行くものもありますから。 ただ日本国内でしたら出来る限り出来上がりを見に行きます。

泉二: 素晴らしい心がけですね。

井谷: いえいえ。自分自身、そうやって見に行って自分の作ったものがきちんと認められて いるのは嬉しいことですから。たまに「井谷さんに頼んでよかった」なんていう手紙が来るとすごく嬉しいですよね。

斐紙を作る


泉二: 今回特別に作っていただいた『正倉院文書の斐紙の再現』ですがどんな点に苦心されましたか?

井谷: 紙は最終的には「使いやすさ」が勝負だと思っています。書いてみて「書き味がよい」 「使い勝手がよい」そう言うものを作らないと意味がないんですね。 今回の「斐紙」は「雁皮(がんぴ)」と「楮(こうぞ)」で作ったのですが、割合でいくと「7:3」くらいでしょうか。 「雁皮」というのはすごく扱いにくいものでして、細かく言うのは省きますが、「紙漉き」から「乾燥」その他すべてに 他の和紙を作るときの倍以上の手間がかかるんですね。「ちりより」の回数で言ったら通常の3倍から4倍は有にかかります。 それだけ心を込めて神経を集中させて作らないと出来ないものなんです。 今回の「斐紙」は「音と光沢」「楮の柔らかさ」をぜひ感じていただきたいと思っています。

泉二: そうなんですか!桜製作所さんが作ってくださった文箱に収められていると 高価すぎて私のような字のあまり綺麗でない人間には勿体無くて使えない、触れてはいけないような気がします。(笑)

井谷: そんな、そんな。一枚取り上げて振ってみてくださいよ。良い紙は音が違うんですね。 高音で鳴るんです。なんとも言えない良い音色ですよ。

泉二: 後で一枚購入して振って見ますね。私じゃ力任せに振って破ってしまいそうだから(笑)。

何事も一生懸命に

泉二: 私も着物屋を四半世紀営んできました。大事なことは人との出会いと「心」だなと思っています。

井谷: 私も今思うのは「一生懸命」ということでしょうか。一生懸命取り組んでいれば良い物が出来る。 そしてそれは人の心も動かす。

泉二: 良いことおっしゃいますね。私も同感です。 今回の展示会が井谷さんにとってまた素晴らしい何かをつかむことになってくださったら嬉しいです。 今日はありがとうございました。

[対談日:2004/08/01 筆:荒井博子]